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第三部:王都への道

橋と城跡の共通点

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リンスワルド邸で過ごす二日目、明け方頃に、かすかな薄ら寒さで目が覚めると、またしてもパルミュナが俺のベッドに入り込んでいたことに気が付いた。

とは言っても、これまでの人生で一度も寝たことがない、いや、見たことがないほど大きなベッドだ。
二人並んで寝ていても、一人が寝返り打ったくらいでは邪魔にならないというか、それに気が付かないでいられるほどの幅がある。
三人ぐらいなら平然と安眠できそう・・・

パルミュナに羽布団をむしり取られていなければ、の話だけどね?

俺も昨夜は相当疲れていたらしく、いつのまにかパルミュナが潜り込んで来ていたことにも全く気づかずに熟睡していたよ。
たっぷり食べたし、ワインもしこたま飲んだし、こういう感覚はホントにラスティユ村での宴会以来だな。

「くしゅっ」
顔を持ち上げると、なぜかクシャミが出た。
この程度の肌寒さ、勇者の体で風邪を引くとも思えないけど、条件反射みたいなモノなのかな?
布団を被っていないということを意識してしまったからかもしれない。
それに、二人とも晩餐の後にメイドさんが届けてくれた恐ろしく上等な寝間着に着替えているので、それもあって少し肌寒い感じがするのかも。

この絹の寝間着が届けられた時は、離れの談話室で『あらゆる調度品から一番離れた場所』の床に座り込んでいたダンガたちの気持ちが、ちょっと分かったよ。
『本当に俺がこれ着てもいいの?』って一瞬躊躇するレベル。
絹の寝間着ってのも人生で初体験だな。

それはともかく・・・
自分でも面白いことに、こうしてパルミュナの寝顔を見ていると、まるで幼い頃からずっと一緒に過ごしてきたような気持ちになったりするんだよね。
不思議だなあ・・・

「んんっ...」
クシャミの音で気が付いたのか、パルミュナがわずかに動いた。

「あ、ごめんねお兄ちゃん、布団を取っちゃってたー」
「起こしちゃったか、すまんな」
「へいきー、っていうか布団取っちゃたから寒かったんでしょー?」
「なりたてとは言え勇者だぞ?」
「でも体が丈夫なのと、感覚があるのは別じゃない?」
「仰るとおりです。ちょっと肌寒かったです!」

「はい、どーぞ!」

パルミュナが羽布団の端をめくって一緒に入れと言ってくれるが、そもそも俺の掛け布団だよね?
まあ、そんな無粋なツッコみはしないけど、なんとなく目が覚めてしまった感じだな。
空も白んできているし、寝直すと言うほどでも無い。

「ありがと。でもなんとなく目が覚めちゃったから、このまま起きるよ。お前はもうちょっと寝てな」
「そーなの?」
「昨夜は考え事の途中で面倒になって寝ちゃったしな。その続きだ」
「わかったー」
パルミュナは眠そうに言って、再び柔らかな羽布団にくるまった。

俺はベッドから滑り降りると、窓脇に置いてあるテーブルの椅子に座って、どんどん白んでくる外の景色をぼんやりと眺めながら考え事に耽った。
お茶を入れるのは面倒なので、水差しに入っていた水を空のティーカップに注ぎ、自分の熱魔法で温めて白湯にする。
少し冷えていた体に流れ込んでくる温かいお湯が心地いい。

昨日の晩餐で気になった話、それは橋の事件とガルシリス城での出来事の共通点というか・・・

伯爵の馬車に乗っていた御者と、ガルシリス城で『操られていた』ハートリー村の村長さんが妙に重なるんだ。
あの村長さんは操られていた間の記憶がなかったみたいだけど、それも浄化が上手くいったからこそで、あのままだったら本人がどうなっていたのか分からない。

御者ってのは厩や車庫をウロウロしていても当然な人間の筆頭だし、魔道士たちの乗る馬車に罠を仕掛ける役には最適だろう。
それに魔法薬くらいなら自分自身が持って乗ってればいいんだから、馬車に仕掛ける必要すら無い。
橋に近づいたら魔法薬の封を切って、そのまま御者席の足下にでも垂らせば終わりだ。
そんなモノ、随伴している騎士にも気づかれることはないだろうし、仮に気づいてもなんだか分からないだろうからな。

もしも俺の思いつきが合っていたら、御者さんが完全にエルスカインの手中にあったって言う事になるから昨日は言い出しにくかったんだけど、改めて最初から考え直しても、そこに辿り着く。

自分の手綱さばきが悪かったせいで馬が暴れたと御者が騒いでたらしいけど、それもなんとなく腑に落ちない。
だってスズメバチの大群が押し寄せてきてたのに、手綱さばきもへったくれもないだろうって思うんだよな・・・暴れてる馬、四頭を押さえ込めないだろう普通。

それで責任を感じて首を吊ろうとしたっていうけど、そう言うものなんだろうか?
むしろ、あの橋で馬車と一緒に川に落ちて死ぬはずだった御者が、偶然命拾いしてしまったから、『証拠隠滅』のために無理矢理自殺させられそうになったんじゃ無いかって言う感じさえする。

もしも、あのモヤのような魔物?を通して宣誓魔法の掛かってる相手でさえも操れたんだとすれば、かなり大きな問題だろう。

それに、ガルシリス城の地下室で閉じ込められた時、あの部屋の中では人族の魔法が使えないようになっていた。
橋の事件で随行していた魔道士たちが一人も魔力の気配に気づかなかったということも、パルミュナが以前言っていたように、なにか似たような仕掛けがあったのだろうと思える。

魔道士さえ封じておけば、あとは馬車を橋から叩き落とす方法は色々とあるだろう。

アスワンも、連中は自分の痕跡を消すことに長けていると言ってたし、魔道士たちが『魔法を使えないし検知もできない』罠を仕掛けた馬車の箱の中に押し込められていたとすれば、『事故』で押し通せそうだよな?

++++++++++

しばらくして、空が完全に青みを帯びてきたところでパルミュナが目を覚ました。

パルミュナが起きて腕を伸ばしながら欠伸あくびをする姿はとうに見慣れているけれど、それが野宿でも安宿でもなく、三人以上も寝れそうな超豪華なベッドの上だと言うことが非現実的な感じだ。

まるで、おとぎ話の世界に迷い込んだみたいだぞ?
実際に、中身はおとぎ話に出てきそうな大精霊なんだけどな・・・

この後、普通の宿なら中庭にでて井戸を使うか、桶に水か湯を貰ってきて顔を洗うって処だろうけど、ここは伯爵様のお屋敷だからね。
なにしろ続き部屋には浴室まで付いているし、魔石の保温機能付きバスタブがあるから、俺やパルミュナが手を突っ込んでお湯を温める必要すら無いという、見たこともない豪華仕様だ。

それにさっきから廊下を人が行き来している気配が濃厚で、どうも気になってしまう。
遠慮しすぎると使用人の方々の仕事が無くなるというか、かえって心理的に負荷を掛けてしまいそうなので、郷に入っては郷に従えで、素直に諸々のお世話になることにしよう。

ベッド脇の呼び鈴を鳴らすと、即座にドアがノックされた。

「お目覚めでございましょうか、クライス様?」
「ええ、起きてます」
「では、失礼いたします」

その声と同時にドアが開き、室内に数人のメイドさんが入ってきた。
皆さん、銀色の大きなお盆を抱えていて、そこにタオルやらリネンやらティーセットやらが載っている。
いつでもセッティングできるように全部揃えて、ずっと廊下で待ち構えていたのか・・・すみません。

窓際のテーブルに戻った俺と、まだベッドの上でグズグズしていたパルミュナの前に芳醇な香りをたてているティーカップが置かれる。
パルミュナに至っては、ちゃんとベッドの上に足つきトレイでサーブされるという至れり尽くせりさだ。

俺もパルミュナもこんな贅沢に慣れると、次の旅が辛そう・・・

「クライス様、すぐに朝食をお持ちしてもよろしいでしょうか?」

パルミュナの方を見ると頷いているので、もうお腹に入るらしい。
取り込んだ食事の魔力変換が早いな。
俺の消化能力じゃ太刀打ちできそうにない。

「ええ、そうですね。お願いします」
「かしこまりました。用意致しますので少々お待ちくださいませ」

・・・全然、待ちませんでした。

メイドさんが階下に降りて、またそのまま上がってきたのかってぐらい素早く、出来たての温かい食事が運ばれてきましたよ。
このお屋敷の厨房と配膳って、一体どうなってんだろう?

昨夜は満腹状態で眠ったし、『朝はそんなに食べられないかな?』なんて思ってたんだけど、いざ朝食が供されてみると俺も夢中で食べていた。

クリームのソースがたっぷりかかった焼きたての分厚いハム、柔らかく茹でた卵と温野菜、それになにかの肉で造ってあるパテもある。
パルミュナも朝からバターとジャムたっぷりの温かいパンにありつけてゴキゲンだ。
しかも添えられているジャムが三種類!

もうね、今後が怖いよ・・・

数日前までは想像も出来なかったような、ただ豪華というよりも上質な朝食を頂いたあと、借りていた絹の寝間着からいつもの服に着替えて、二人でダンガたちの部屋に向かった。

昨夜は部屋で食事をしてゆっくり休めたと思うし、家僕の人を通じて事前に訪問を伝えてあるので、慌てさせることにはならないはずだ。
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