上 下
144 / 912
第二部:伯爵と魔獣の森

ホムンクルス対策

しおりを挟む
姫様のお召し馬車を訪れると、護衛の騎士が一斉に槍を捧げて敬意を示してくれた。だから大袈裟にしないでとあれほど・・・
とは言っても、この程度は仕方ないか。

あまりぶつくさ言うのも、かえって礼儀知らずだよな?

そして、まだ騎士たちの列を通り抜けさえもしないうちに馬車の扉が開き、中へと招かれた。
姫様からエマーニュと呼ばれていた侍女の人が、昇降口のステップをタタッと降りてきて開いた扉を支えてくれる。

「ありがとうございます」
「とととんでもごらいませんクライス様」
ちょっと噛んだな。
これほどの襲撃を受けた後なんだから、テンションが高いのは無理も無い。

広い馬車の中に身を乗り入れると、立ったままで俺を待っていたらしい姫様が跪こうと腰を落としかけたところで、ハッとした表情をして固まり、不自然な姿勢になった。

二人の両脇にはジットレイン筆頭魔道士とヴァーニル隊長が控えていたが、真ん中の主が不自然な体勢で固まってしまったので、どうしていいか分からずにいる感じだ。
今回は、侍女のエマーニュさんも同席するらしく馬車の中に戻ってきた。

「夜分にすみません、そんなに時間のかかる話ではありませんが、忘れないうちに済ませておきたいと思ったので」

「滅相もございません、クライス様。それと此度の襲撃に関することであれば、わたくしにとって身近であるこの三人にも聞いておいて貰った方が良いだろうと思いました。お言葉に甘えて同席させて頂ければ幸いにございます」

「もちろんです。ヴァーニル隊長とジットレイン殿も、俺に対しての敬語はナシでおねがいしますね。もちろんエマーニュさんもです」

「はっ!」
「仰せのままに」
「か、かしこまりました...」

それは敬語では無いのかな? とか思いつつも無粋な突っ込みはやめておく。

「では、お掛け下さいクライス様」

五人で、というかポジション的には四対一でという感じだが、用意されていた肘掛け椅子に座る。
あれ?
これ、前回は姫様自身が座っていた方の椅子じゃないか?
座る向きになにか違和感があると思ったら、姫様一同が馬車の進行方向に背中を向けた、いわゆる『下座』側に並んで、俺が一人で上座に座らされている。
これも変にコメントしたら礼儀知らずか。

ともかく、五人で座っていてもさほど窮屈ではないのだから、驚くほど広がる馬車だな。
普通に小さな部屋だ。
これなら今回みたいに天幕を張る余裕がなくても、姫様が快適に過ごせるだろう。

肘掛け椅子の上でそんな事を思い浮かべていると、さっそく姫様が気になって仕方が無い、と言う様子で話しかけてきた。

「もしお伺いしても差し支えなければ...先ほど、グリフォンと戦われている最中に少女を抱きかかえておられたようですが、あの方は?」

「俺の妹ですよ」
「えっ、妹様?」
「血の繋がりは無いので、心の中で兄妹ってだけです。まあ本当を言っちゃうと、大精霊ですけどね」
「だ、大精霊様ですとっ!」

ヴァーニル隊長が珍しく慌てた声を上げ、他の皆さんもさっと顔色を変えた。

「俺に勇者となる力を渡してくれた二人の大精霊がいるんですけど、その片方です」

「そ、それはなんとも ...今夜はもう色々と想像を超える出来事の連続でして...きちんと理解できているか自信がありませんが、とにかくあの少女のお姿は大精霊様だったのですね...」

「ただ、本人は敬われたり、崇められたりするのが大嫌いなので、面と向かって様付けなんかでは呼ばない方がいいですよ」
「なるほど。では普通に...と申し上げると変ですが、あくまでクライス様の妹君として接するべきだと?」
「それがいいと思います。パルミュナと名前で呼んであげて下さい」

「ではお目にかかれたときには、大精霊様ではなくパルミュナ様とお呼びしましょう」

「彼女も俺と同じで『様』づけもいらないです。実際に聞くと笑っちゃかもしれませんけど、彼女も俺のことを『お兄ちゃん』って呼んでる感じですので」
「はあ...『お兄ちゃん』でございますか?」
「最初は名前で呼ばれてたんですけど、ここんとこずっとそうですね。おかげでこっちもすっかり彼女のことを妹のように思っています」
「それはまた随分と人族に親しいと申しますか、慈愛に満ちた大精霊さまですね...」

「会えば分かります。さっきのグリフォン討伐でかなり力を使ったので今は休んでますが、いずれ機会があればご紹介しますよ」

「ありがとうございます。空から舞い降りてきた時には抱きかかえていらっしゃったのに、そのあと忽然と姿が消えたので、幻惑魔法かなにかだったのかとも思っていました」

「むしろ、あのグリフォン討伐はほとんど彼女の力を借りた感じです。俺一人だったらヤバかったと思いますね」
「まさか!」
「本当ですよ。まだ勇者になりたてホヤホヤのヘタレですから」
「ご謙遜を...ところでその...大精霊の妹君は、どちらでお休みに? 必要でしたら馬車を一つ空けさせますが?」

うーん、どうするか・・・
ダンガたちにだって教えてるし、対エルスカインという目線で今後の活動を考えると、姫様とは共闘することになりそうな気がする。
そうなると、この四人相手に隠してても意味は無いよな。

「ここです」
そう言って、腰の革袋を軽く叩いた。

「はい?」

「いまパルミュナはここに入って寝ています。冗談では無く、彼女は大精霊ですから、現世うつしよと精霊の世界を行き来できるんですよ。この革袋は、ちょっとだけ精霊界に足を突っ込んでる収納魔法みたいなものです」

「こちらからお伺いしておきながら申し訳ありません。わたくし、すでに理解力と申しますか、思考力がいっぱいいっぱいという感じでございます」

「まあ、それに関しては追々...じゃあ本題の方に入りましょう」
「はい」
「実は、村人たちがスパインボアを飼育していた柵の地下に転移魔法陣が隠されていました。グリフォンはそこから出てきたわけですが、この転移門は双方向でした」
「双方向というのは、こちらからも入れると?」
「そうです」

ヴァーニル隊長が目を見開いた。
「では、エルスカイン一味をそこから追うことも?」

「いえ、すでに転移門は奴らの手で完全に破壊されています。周到な奴らですから、絶対に跡を追跡されないようにでしょう。」
「うーむ」
「問題は、なんのために双方向にしてあったかということです。姫様は理由がおわかりだと思いますが?」

「...わたくし。いえ...わたくしの『身体』ですね?」

「そうだと思います。エルスカインは姫様を殺した後にその身体を手に入れてホムンクルスを作り上げ、それを本物に仕立て上げてリンスワルド領を乗っ取るつもりでしょう」

「うーむ、姫様のお体を...なんと不敬な...しかしクライス様、仮に、あの街道での襲撃にクライス様方が駆けつけて下されなかったら、それこそ我ら騎士団ともども皆殺しにされていたでしょう。どうやって、その姫様のニセモノと入れ替えるつもりだったのでしょうなあ」

「ホムンクルスを制作するのに、どの程度の時間がかかるか知らないのですが、後からひょっこり、という演出は出来たのでは無いですか?」

「姫様一人が偶然生き延びられたという話にするわけですか?」

「そこは、たまたま通りかかった旅の剣士にでも助けられて、その場から逃げ出した。安全のためにしばらくかくまわれて身を潜めていたが、大丈夫そうなので、その剣士に送られて城に戻ってきた、という話でもあれば、ヴァーニル隊長はどう思われますか? 仮に怪しいと思っても、姫様を拒否できないでしょう?」

「おお、そ、それは確かにそうですなあ...」

「わたくしも、ホムンクルスの身体そのものは、元になった人物と寸分違わないと聞いています。目の前にわたくしにしか見えない人物がいたら、皆、そう扱ってしまうかと」

「ですね。仮に合い言葉とか秘密の情報とかを決めてあったとしても、襲われた衝撃で記憶喪失になっているとでも言われたら、確かめようがありませんよ」

「なるほど...うぬぬ」

姫様の安全を預かる護衛隊長としては複雑な心境だろうな。
最も大切に扱わなければならない対象が、もっとも危険な存在にすり替わっている可能性が出てくるのだから。

「こういたしましょう...シンシア、わたくしに無期限の宣誓魔法を」
「えっ!?」
「姫様、一体何をなさるおつもりで?」
姫様の思わぬ発言にジットレイン魔道士とヴァーニル隊長が慌てる。

「仮にエルスカインが、ホムンクルスに私の記憶を移し替えるような未知の技を持っていたとしても、私の魂そのものも移していない限り、体を模造しただけのホムンクルスに宣誓魔法が力を発揮することはありません」

「それはそうですが、つまり?」

「わたくしは、宣誓魔法の元でクライス様に生涯の恭順をお誓いしましょう。もし、ある日わたくしがクライス様のご意向に逆らう言動を始めたとしたら、それはニセモノです。間違いようがありません」

「しかし...」

「仮に生身の私を捕らえて洗脳したり、魂をホムンクルスに移し替えたとしても、意志に関係なくクライス様のご意向に逆らえない手駒など、エルスカインにとっても無価値なはずです」

いやいやいや姫様、さすがにそれは俺の心理負担が大きいです。
盗賊に悪さをさせないためって言うのとはワケが違う。

「姫様、さすがにそれは大袈裟では?」
「そうは思いません」
「しかし、私も所詮は人です。私がある日狂ったりしたらどうされるおつもりですか」
「なんであれ勇者様の進まれる道を、どこまでもご一緒いたします」

おおぅ、これは、どうすればいいんだ?
助けてパルミュナ!
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

この世界で唯一『スキル合成』の能力を持っていた件

なかの
ファンタジー
異世界に転生した僕。 そこで与えられたのは、この世界ただ一人だけが持つ、ユニークスキル『スキル合成 - シンセサイズ』だった。 このユニークスキルを武器にこの世界を無双していく。 【web累計100万PV突破!】 著/イラスト なかの

バイトで冒険者始めたら最強だったっていう話

紅赤
ファンタジー
ここは、地球とはまた別の世界―― 田舎町の実家で働きもせずニートをしていたタロー。 暢気に暮らしていたタローであったが、ある日両親から家を追い出されてしまう。 仕方なく。本当に仕方なく、当てもなく歩を進めて辿り着いたのは冒険者の集う街<タイタン> 「冒険者って何の仕事だ?」とよくわからないまま、彼はバイトで冒険者を始めることに。 最初は田舎者だと他の冒険者にバカにされるが、気にせずテキトーに依頼を受けるタロー。 しかし、その依頼は難度Aの高ランククエストであることが判明。 ギルドマスターのドラムスは急いで救出チームを編成し、タローを助けに向かおうと―― ――する前に、タローは何事もなく帰ってくるのであった。 しかもその姿は、 血まみれ。 右手には討伐したモンスターの首。 左手にはモンスターのドロップアイテム。 そしてスルメをかじりながら、背中にお爺さんを担いでいた。 「いや、情報量多すぎだろぉがあ゛ぁ!!」 ドラムスの叫びが響く中で、タローの意外な才能が発揮された瞬間だった。 タローの冒険者としての摩訶不思議な人生はこうして幕を開けたのである。 ――これは、バイトで冒険者を始めたら最強だった。という話――

僕の兄上マジチート ~いや、お前のが凄いよ~

SHIN
ファンタジー
それは、ある少年の物語。 ある日、前世の記憶を取り戻した少年が大切な人と再会したり周りのチートぷりに感嘆したりするけど、実は少年の方が凄かった話し。 『僕の兄上はチート過ぎて人なのに魔王です。』 『そういうお前は、愛され過ぎてチートだよな。』 そんな感じ。 『悪役令嬢はもらい受けます』の彼らが織り成すファンタジー作品です。良かったら見ていってね。 隔週日曜日に更新予定。

辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します

潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる! トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。 領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。 アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。 だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう 完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。 果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!? これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。

【祝・追放100回記念】自分を追放した奴らのスキルを全部使えるようになりました!

高見南純平
ファンタジー
最弱ヒーラーのララクは、ついに冒険者パーティーを100回も追放されてしまう。しかし、そこで条件を満たしたことによって新スキルが覚醒!そのスキル内容は【今まで追放してきた冒険者のスキルを使えるようになる】というとんでもスキルだった! ララクは、他人のスキルを組み合わせて超万能最強冒険者へと成り上がっていく!

異世界転移したら、死んだはずの妹が敵国の将軍に転生していた件

有沢天水
ファンタジー
立花烈はある日、不思議な鏡と出会う。鏡の中には死んだはずの妹によく似た少女が写っていた。烈が鏡に手を触れると、閃光に包まれ、気を失ってしまう。烈が目を覚ますと、そこは自分の知らない世界であった。困惑する烈が辺りを散策すると、多数の屈強な男に囲まれる一人の少女と出会う。烈は助けようとするが、その少女は瞬く間に屈強な男たちを倒してしまった。唖然とする烈に少女はにやっと笑う。彼の目に真っ赤に燃える赤髪と、金色に光る瞳を灼き付けて。王国の存亡を左右する少年と少女の物語はここから始まった!

父上が死んだらしい~魔王復刻記~

浅羽信幸
ファンタジー
父上が死んだらしい。 その一報は、彼の忠臣からもたらされた。 魔族を統べる魔王が君臨して、人間が若者を送り出し、魔王を討って勇者になる。 その討たれた魔王の息子が、新たな魔王となり魔族を統べるべく動き出す物語。 いわば、勇者の物語のその後。新たな統治者が統べるまでの物語。 魔王の息子が忠臣と軽い男と重い女と、いわば変な……特徴的な配下を従えるお話。 R-15をつけたのは、後々から問題になることを避けたいだけで、そこまで残酷な描写があるわけではないと思います。 小説家になろう、カクヨムにも同じものを投稿しております。

愛するオトコと愛されないオンナ~面食いだってイイじゃない!?

ルカ(聖夜月ルカ)
恋愛
並外れた面食いの芹香に舞い込んだ訳ありの見合い話… 女性に興味がないなんて、そんな人絶対無理!と思ったけれど、その相手は超イケメンで…

処理中です...