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第二部:伯爵と魔獣の森

言い訳と後始末

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とりあえず姫様と周囲の人には、事情を簡単に説明しておく。

「自分が同じ立場を知ってるので、やりづらいだろうというのは分かります。ただ、大精霊からも、出来るだけ人に知られないようにしてくれって言われてましてね...周囲の人にあまり持ち上げられる存在になるわけには行かないんです」

「そうなのでございますか?」

「俺に勇者の力を分け与えてくれた大精霊の過去の経験として、あまり人々の注目を集める存在になってしまうと、人の世に悪い影響を生み出してしまうことがあるようです」

「よもや、勇者様が悪心の核になるなどとは到底思えませんが...」

「それは俺にも分かりません。ひょっとしたら分かった時には手遅れかもしれない。だから、いまは大精霊の意見に従っておきたいと思います」

「承知いたしました。では、わたくしどもは勇者様に対して、どのように接すればよろしいでしょうか?」

「出来るだけ気さくに、と言うのが本音です。それに、勇者であることを出来るだけ人に知られたくないんですよ。過分に丁寧に扱われると、見る人の心に疑念も招くでしょう?」

「確かに勇者様の仰ることは分かる気もいたします...そうしますと、本当に通りすがりの破邪のお方として接するのが良いと?」

「ええ、ぜひそれでお願いします」

「かしこまりました。それが勇者様のお望みであれば。ただ、わたくしや家臣たちをお救い下さったことは事実。勇者様としてでは無く、大恩ある破邪の方として扱わせて頂くことお許し下さい」

「あー、まあ、なんというか、俺が姫様のご一行と一緒にいることが不自然で無いようにするという感じで...そのぐらいでどうですかね?」
「問題ないかと存じます」
「ではそんな感じでお願いします。それと姫様」
「はい」
「襲撃の不安が完全に消えたわけではありません。俺は、このままダンガたちと一緒に姫様の屋敷まで同行したいと思います」

「まことにございますか! 勇者様の温かな御心に涙が溢れる思いです」
「あ、いや、そういう大袈裟なのは出来るだけナシで...あくまでも、通りすがりの破邪の行いと言うことでお願いしますね?」
「失礼いたしました」
「いえいえ。それと、ここにいる方々にも、出来るだけ俺の正体は秘密にするようにお願いできないでしょうか?」

「もちろんでございます。当家の家臣は皆、宣誓魔法によって秘密を守る誓いを立てております。わたくしがリンスワルド家の秘密であると宣言したことに関しては、それを知る家臣たち同士の間ですら話題にすることは出来なくなります」

「では、すみませんが、それで一つ」
「承知いたしました」

そう言うと姫様はくるりと後ろを振り返って居並ぶ家臣たちに宣言した。

「我らの命をお救い下さいました大恩人、ライノ・クライス様が大精霊の力を承けた『勇者様』であると言うことは、今後リンスワルド家最高の極秘事項といたします!」

「承知いたしました、姫様!」

凄い、家臣団全員が綺麗にハモった。
これも宣誓魔法の力なんだろうけど、ちょっと怖いくらいだな。

俺としては大声で『はい解散っー!』っと叫びたい気分だ。

「ありがとうございます。では姫様、皆さんには明朝の出発に向けて備えて頂きましょう。それと、姫様とは少々お話を」
「もちろんでございますとも、勇、んっ、クライス様!」

まあ不幸中の幸いというか、姫様の『年齢秘匿と影武者』の件があるおかげで、伯爵家の関係者全員が強めの宣誓魔法を受けていたというのは幸運だった。

「少し後で馬車の方に伺いたいのですが、よろしいですか?」
「はい、ゆ、クライス様」
「話の内容はお察しだと思いますので、姫様の方で同席させた方が良いと思う方がいらっしゃればご自由に。では後ほど」

夜が明けるまではまだまだ時間がある。
この際、睡眠時間が減るというのは我慢して頂こう。

俺は、ゾロゾロと各自の持ち場へと戻っていく家臣たちを見送ってから、狼姿のダンガたちの元へと向かった。
ケネスさんたち遊撃班の四人もそこに一緒にまとまっている。

「ダンガ、レミンちゃん、アサム、ありがとう。君たちがいなかったら、一行を守り切れなかったと思う。本当に助かったよ」
「ライノ、俺たちこそ役に立てて嬉しいのさ」
「そうだよ! ライノさんの役に立てれば本望だよ!」
「ライノさんが私たちを信じて下さって、本当に嬉しいんです。ありがとうございます」
「これじゃ、お礼の言い合いになるね! でも、お互いに感謝し合えるのはいいことだから、今後もよろしくね!」

「ああ!」
「はい!!!」
「もちろんだよ!」
三人ともブンブンに尻尾が振られているのが凄く可愛い!
口にしないけど・・・

会話の糸口が掴めない感じで固まっているケネスさんたちの方を向く。

「ケネスさん、ハースさん、アンディーさん、ロベルさん、黙っていてすみません。さっき聞いていて貰ったと思いますけど、俺が勇者だって事、あんまり多くの人に知られたくなかったんで...ごめんなさい」

俺がペコリと頭を下げると、ケネスさんが慌てて手を振った。

「あ、いや! とんでもない! あー、えっと、つまり勇者様って呼ばない方が良かったりですとか?」
「ぜひ、ライノ呼びのままでお願いします!」
「そ、そうなのでしょうか、な?」
「敬称略の呼び捨てでお願いしますね?」
「わ、わかり、分かった。うん、分かった! 腹をくくったぞ俺は! ライノ、これからもよろしくな!」

さすがケネスさんは、経験豊富というか適応力が高いというかなんというか・・・いや、懐が深いな!

「いやあ、助かりますよ。敬語を使われるとか、これまでの人生で経験が無いんで、かえって緊張しちゃうと言うか、話しづらくなっちゃうと言うか...」
「そんなもんか?」
「そんなもんですよ。それに俺は勇者って言っても、まだ成り立てホヤホヤのヘタレですからね。自分が凄いもんだなんて、これっぽっちも思えないです」
「まあでもライノだからなあ...大した奴だとは思ってたけど、まさか勇者だとは、想像の範疇外だぞ」
「そりゃ、予想されても困りますよ」
「はっ、違いないな!」

ハースさんやアンディーさんもケネスさんの後ろで『まさかの勇者ってのは、ズルいよなー?』とか『勝てるわけ無いよなー』とか、小声でブツブツ言ってる。
まあ、受け入れて貰えて良かった。

「ところで俺たちにも宣誓魔法を掛けるか? 拒否はせんぞ?」
「いや必要ないです。ただ出来るだけ秘密にして貰えると助かります」
「おう、それは俺たちを信用してくれるって事だな?」
「当たり前じゃ無いですか?」
「うん、信頼には応えるさ。この襲撃に関しては、とりあえず騎士団と居合わせた破邪たちが協力して撃退したってことかな? 後でヴァーニル隊長と話を合わせておこう」

「助かります。ところで、俺はさっき言ったように姫様について屋敷まで行こうと思ってます。ダンガたちも一緒のつもりですが、ケネスさんたちはどうされますか?」

「そうだなあ...ライノも今夜の襲撃がピークだった気はするよな?」
「ですね。まあグリフォンを三匹出してきたし、仮にアレ以上を持ってたのなら出し惜しみはしてないと思いますよ」

双方向の転移魔法陣と、恐らくは向こう側にある拠点自体も破壊・破棄してるのだから、次はエルスカインも完全に仕切り直してくるだろう。

「正直言ってグリフォンどころか、走り込んできたブラディウルフの群れだけでも、ダンガたちがいなかったらヤバかった。こう言っちゃなんだが、ライノが姫様と一緒に行ってくれるんなら安心だし、俺たちがついていく必要も無いと思う」
「そうですか?」
「ああ、やりかけの仕事も待ってるしな、あっちもそう長くは放っておけないんだ。フォーフェンで魔馬を返してとっとと向かうとするよ」

「分かりました。ではとりあえずここでお別れと言うことですか」

「そうだな。また会うことがあるかもしれん。そん時もよろしくな」
そう言って出してきた手を握り返した。
遊撃班の四人全員と握手を交わし、お休みを言って別れる。
朝になったら、伯爵の隊列の出発を待たずにフォーフェンに戻るそうだ。

「ダンガたち三人は村長さんの家に戻ってゆっくり休んでくれ。さすがに今夜の追撃は無いと思うけど、明日からはまた一緒に行動して欲しい」
「わかった!」
「俺はちょっと姫様と話してくるよ。今回の襲撃の件で、確かめておかなきゃいけないことがある感じなんだ」
「そうなんですか?」

「大したことじゃ無いけどね。敵の狙いが見えてきた感じがするんで、その読みが合っているかどうか姫様の意見を聞きたい」

「分かりました。じゃあ、私たちは先に村長さんの家に入ってます」
「うん、じゃあゆっくり休んでね?」
「ライノさん、お茶やお食事を用意しておきましょうか?」
「大丈夫だよ。いざとなったら革袋の中に色々入ってるから」
「あ、そうでしたね!」

さてと・・・

エルスカインがホムンクルス作成を狙っているのだろうと言う姫様の読みは、どうやら当たっていたらしい。
殺されて自分の身代わりを作られそうだなんて、本人にとってはウンザリする話題だろうけどな。

それに、どうもエルスカインの企みは、魔力の強いリンスワルド領を云々って話だけに収まりそうにない気がしてきているんだよね・・・
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