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第二部:伯爵と魔獣の森

革袋でおやすみ

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「それにしてもパルミュナは、どうして俺の状況がピンチだって気がついたんだ?」

「んー、箱の中に引っ張り込まれた後でさー、お兄ちゃんに革袋を渡したって聞いたから、アタシがそこに潜り込めるようにしてって、アスワンにお願いしたのねー」
「おう、そうだったか」
「あんまり驚かないねー?」
「まあ、俺も大精霊のやらかすことには大分慣れてきた」
「やらかすってなにさー!」
「違うと言い張るか?」

「...でもー、革袋の中の空間は独立した存在で、べつに精霊の世界と繋がってるモノじゃ無いから、一時的に繋ぐ空間魔法を仕込んで貰ったんだけど、それに結構な時間かかっちゃってー」
「じゃあギリで間に合ったって感じか?」
「まーねー。革袋と繋がった途端に、お兄ちゃんが闘ってる気配が伝わってきたから慌てて潜り込んだのー」

本当にギリギリだったんだな。
なんにしても助かった。

広場の上空に戻って周囲を確認すると、三匹のグリフォンの身体からは猛烈な勢いで魔力が噴き出し始めていた。
いまはパルミュナと触れ合っているから俺にも鮮明に見えているが、始めてガルシリス城を見た時のミニチュア版のようだ。

撹乱役のブラディウルフたちは、ほとんどダンガたち三人が片付けてくれたな・・・
まだ息のある奴は、騎士たちがとどめを刺して回っているようだ。
グリフォンに噛みついたまま飛び上がったスパインボアは、空の上で振り落とされるか、グリフォンと一緒に落下して動けなくなってるから問題ないだろう。

それにしても偶然というか怪我の功名というか、スパインボアがあの柵に戻されていることも、外から魔石を大量に補充されて囲い込みの結界を維持されていたこともエルスカイン側にとっては計算外だったんだな。
普通なら転移魔法陣を起動したときにスパインボアたちは弾き飛ばされていただろう。
転移が双方向で起動されていたせいと、奴らが柵に強力な結界を張っておいたが故に、連中自身が足下を掬われたってわけで、少しだけ溜飲が下がる。

おかげで飛び出そうとしたグリフォンたちは、七十匹のスパインボアにたかられて出てくるのに手間取った。
あれが無かったらグリフォンは即座に森の上空に飛び上がって、三匹とも一気に姫様の馬車に襲いかかっていたことだろうし、そうなっていたら、せっかくのパルミュナの救援も間に合ってくれていたかどうか・・・

エルスカインは姫様が生きていようが死んでいようが、その肉体さえ転移門に放り込んで手に入れれば目的達成だったはずだからな。

もはや事故に見せかける必要は無いし、グリフォン三匹で姫様の『肉体』を確保したら転移門に戻らせる計画だったのだろう。
後は、陽動に送り込んだブラディウルフが姫様以外も皆殺しに出来るなら良し、返り討ちに遭ったとしても時間稼ぎの捨て駒になれば良しってところか。

「お兄ちゃん疲れた。そろそろげんかーい...」
腕の中のパルミュナがヘタレた声を上げた。
「おおっ、そうか」

地上に降り立ち、パルミュナを抱き上げたまま右手を折り曲げて、銀色の髪に包まれている小さな頭をぽんぽんと撫でた。

「お疲れさん。本当にありがとうな...向こうに戻る力は俺の魔力を吸い取ってなんとかできそうか?」
「それはだいじょーぶ。革袋の中で休んでれば回復すると思うから」
「へっ?」
「だから、革袋にアタシを入れてー。もう自分で動くのきつーい」
「え? 精霊界に戻るんだろ?」
「ううん、魔力が回復するまで、革袋の中で寝てるー」

「いや、あの中って、なんだか時間が止まってる? とか、すべての動きが止まるとか、そういう感じだってアスワンに言われたぞ?」
「あー、いまはアスワンに繋いで貰ってるから魔力が補給できるのー」
「そんなことできんのかよ!」
「まかせてー」
「それで大丈夫ならいいけどさ」
「じゃ、革袋に戻るね、っていうか魔力ないからお兄ちゃんが入れて」
「おおう..」

パルミュナを抱きかかえたまま身体を捻って、革袋の中に入れるイメージを浮かべると、パルミュナは本当に革袋に収納された。

マジだったか・・・・

なんとなく不安になったので、左手の人差し指、中指、薬指の三本を握りしめ、親指と小指を両側に突き出して、その先端を耳と口元に当てた。
教えて貰ってから一度も使ってない緊急通信の魔法だ。
結局、ずっとパルミュナと一緒にいたからな。

指通信を起動してパルミュナに呼びかけてみると、無事、脳内にパルミュナの声が響いた。

< おい、パルミュナ、大丈夫か? >
< あー、お兄ちゃん心配してくれるんだー >
< 当たり前だろっ! まるで食材みたいにお前を革袋に収納しておいて、心配にならない方がおかしいぞ? >
< へっへー、まー心配してくれるのは嬉しいけど大丈夫。ここでしばらく休んで、回復したらまた出るね >
< 了解だ。でも無理すんなよ? >
< うん、じゃあちょっとの間お休みなさーい >
< ああ、お休みパルミュナ、本当にありがとうな! >
< うん >
< ゆっくり休めよ? >
< はーい >

まあ、大精霊が問題ないって言ってるんだから問題ないんだろう。
例え、ソーセージやフェンネルやパースニップと一緒くたになって革袋に入っているとしても。

通信が切れると、指先の光が消えて静寂が戻る。
ふいに、周囲もヤケに静かになっていると言うことに気がついて目を上げると、騎士たちや伯爵の家臣たちが俺の方を見ていた。

「ぁ...」

まったく周りを見ていなかったけど、なんか微妙な空気だよね?
あきらかにヤバイ人を遠巻きに見てる感じ?
こんな場所にぼーっと立ちすくんで、革袋の口を見ながら脳内でパルミュナと喋ってた姿なんて、端から見たら戦いもせずに『下を向いてブツブツ独り言を喋ってる変人』だな・・・

言い訳! 
言い訳を考えるのだ、俺!
頑張れ俺!

とか思ってる間に、人垣の中から姫様がすっと歩み出てきた。
初っぱなから姫様かー!
失礼だけど、この中で一番、言い訳するのが面倒そうな相手だ。

だが、姫様は数歩進み出ただけで、俺の近くまで来ることはなく立ち止まった。

えっと、そこまで警戒されてるの?・・・

俺がどうしていいか分からずに固まっていると、あろうことか姫様は突然その場で俺に向かってひざまづいた。
姫様に続いて周囲の人々も一斉に跪き、ザザッという大きな音が広場に響く。

「勇者様、どうかこれまでの御無礼をお許し下さいませ」

そりゃバレるよね。
グリフォンが三匹揃って爆死してるし、俺も空に浮いてたし。

++++++++++

人垣の高さが下がったので、遠くで心配そうにこちらを見ているダンガたちやケネスさんたちも目に入った。

それにしても、これってマズい状況だよなあ・・・
アスワンの危惧していた状況そのものじゃん。

ただ・・・この姫様というか伯爵様は、誤魔化していい相手ではないように思える・・・色々な意味で。
誤魔化せるかどうかは関係なく、色々な意味で。

「ええっと、その...無礼なことをされた記憶など一つも無いのですが...それよりも姫様はどうして俺が勇者だと思われたので?」

「空に浮かび、瞬く間に三頭のグリフォンを仕留めたそのお力。伝説に聞く勇者様以外の、いったい誰に成し得ましょう?」

まー、普通の破邪には無理だよね。
俺だって昔だったら絶対に不可能なことだって思うもの。

でも、勇者って言っても俺だけの力じゃないけどね?
って言うかむしろ、実際ほとんどパルミュナの力で、俺は彼女を抱っこして石つぶてをプチプチ打ち出してただけなんだけどね?

それを説明しても仕方が無いか・・・

「あの、姫様...とりあえずお立ち下さい。それと、俺に対してそんな丁寧に接して下さる必要は無いですよ? さっきまでと同じ態度でお願いします」
「わたくしのような下賎の者に、もったいなきお言葉でございます」
「あー、やめましょう、そう言うの?」

「...しかしながら、勇者様と気づかずに無礼の数々、お詫びのしようもございません」
「俺が勝手に隠していただけです」
「すでに知った以上、勇者様にご無礼を働くわけには参りません」
「勇者と言っても、人としての俺自身は普通の平民ですよ? 貴族様にかしづかれるわけにはいかないでしょう?」

「いえ、勇者様はすべての人々を導くお方、傅くことになんの不思議がございましょう?」

「えーっと、じゃあさっきの姫様の真似をさせて頂きます。以降、敬語は禁止です。あと、俺をあがめめたり傅いたりするのも禁止ですよ?」
「それは、あまりにも無理が...」
「さっきの俺と同じですよ? 流れ者の平民の破邪が伯爵家の姫様とため口で話せるわけ無いじゃないですか?」
「そ、それは...」
「だからまあ、お互い気楽にやれませんか?」

「...承知いたしました。勇者様の仰せのままに」

姫様は、ようやく諦めたのか、跪くのをやめて立ち上がってくれた。
まだ敬語だけど。
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