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第二部:伯爵と魔獣の森

南の森で安全確保

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ヴァーニル隊長が戻ってくるまでは俺たちも手持ち無沙汰なので、近くにいた騎士の一人に声を掛け、ちょっと馬車の影に入ってダンガたちに元の姿に戻って貰った。
もちろん俺はレミンちゃんが変身を解く時には背中を向け、ダンガとアサムにも外から見えにくいようにカバーして貰う。

そんなこんなしていると、ヴァーニル隊長が姫様の馬車から降りてきたが、なんだか憔悴している感じだ。
あれは悩んでる顔、なのかな?

「後ろの馬車の修理は終わったかっ?!」
「は! 応急修理は完了して荷物も移し終わりました!」
「よし、出立準備する。馬たちを起こせ!」

ヴァーニル隊長の指示を聞いて、騎士と御者たちが蹲っている馬たちの周りで何かすると、馬たちは何事も無かったかのように次々に立ち上がり始めた。

「ケネス殿、クライス殿、相談したいことがあるのだが宜しいですかな?」
「もちろんです」
「姫様とも相談したのだが、まずは隊列全員の安全を優先すべきと仰いまして、居城までの移動において最も安全な方策は何か、と」

「ええ、ごもっともな判断です」

「ケネス殿が危惧されるように、この先に二波目、三波目の襲撃が用意されていないとも限らない。また、此度の襲撃と同じ規模で魔獣に襲いかかられた場合、クライス殿がたの助力なしで撃退することは厳しいということも事実」

「どっちもその通りですな」
ケネスさん、そういうことは軽く言わないで下さい。

「ならば...いっそルートを変えて、この隊列全体で南の森を移動するのが安全では無いかと姫様も仰っておりまして...」
「は? いやしかし...遠回り過ぎるでしょう? 確実に途中の村で一泊することになりますよ?」
「無論、承知の上です。近くのポリノー村で一泊し、翌朝こちらの街道に戻るか、そのまま南の森を進むかを判断するのがよいのでは無いかという話になりましてなあ...」

あの血の匂いでむせ返りそうな村に姫様をお泊めするのか?
そのことも伝えておかないと。

「私は先ほどまでポリノー村にいましたが、とても姫様をお泊めできるような状態では無いかと思います。村人を救出する時に、今回の犯人一味が放ったスパインボアを三十匹ばかり、その場で屠りました。いまは村人たちが片付けを行っていますが、正直、村中に血の匂いが充満している状態ですよ?」

「三十匹?!」
ケネスさんが、そっちに反応している。

「俺たちもまとめて殺され掛けましたよ。まあ、あの村の連中は人質を取られて言いなりになってただけなんで恨みは無いです」
「そうかあ...よっぽどな裏がありそうだな」

「南の森の道のことは騎士団もよく知っているし、自分も通ったことがあります。途中の森では、ポリノー村とラスカ村の間に川沿いの広い草地もあるので、あの辺りで野営することも視野に入れようかと。道は少々厳しいが馬車が通れることは分かっております」

「姫様を野営ですか?...」
「安全には代えられませんのでな。姫様は非常に賢明な方でして、そういった臨機応変な対応への理解は深いのです」
「ライノ、むしろ俺もこの状況では、デュソートに向かうことが危険だと思う。姫様の予定は向こうも熟知してるだろう」

それもそうか。
とは言え・・・大丈夫かな?

「なあライノ、ポリノー村から逃げた連中ってのは今回の襲撃の実行犯と考えていいのか?」
「そいつらはスパインボアを育てさせてる村を見張ってただけの下っ端でしょうね。行商人のジーターも金で雇われただけのゴロツキのように思います」

「うーん...ぶっちゃけ、噂でも、ただの推測でも、いや、空想でもいい。裏にいる真犯人に思い当たる節はあるか?」

さっきの転移魔法陣を見た以上、背後にいるのが相当な大物だと言うことは見当が付いたはずだし、ケネスさんは、そもそも俺が調査を請け負ったこと自体に理由があると睨んでいるんだろうな。
まあ当たってるし、勇者云々は抜きにして、そこは『推測』として話しても問題ないか・・・

「ケネスさんは、『魔獣使いのエルスカイン』という名前に聞き覚えはありますか?」
「いや、ないな」

だが、ヴァーニル隊長の顔がピクッと動いたのを俺は見逃さなかった。

「ただの噂ですけど、王族や貴族の暗殺みたいな不穏な事件があると、関わりがあるのではと破邪の間で囁かれる名前なんです。調教不可能な獰猛な魔獣を従えていたとか、どこぞの王宮に毒蛇を送り込んで暗殺に加担したとか、そういう不気味な噂の持ち主ですよ」

「おい、そんな凄い奴がいるのか?」

「いえ、どれも出所がハッキリしない噂ですね。実際に会ったことのある奴もいないし、エルスカインというのが個人の名前なのか、一族や団体の名前なのかも知られていません。そもそも、実在するって証拠すらない相手ですから」

「なるほど...しかし、ここに倒れてるブラディウルフとさっきの魔法陣か? あれを見れば、そのエルスカインとやらが実在してもおかしくないと思えるな」

「ですね。それにスパインボアはともかく、ブラディウルフなんて普通は調教できる魔獣じゃ無いです。しかも、群れを作って動くこと自体が無い魔獣ですよ」

「だろうなあ...」

「エルスカインという名前は破邪の間で知られていますが、実態はなにも分かりません。ただ、そいつに関係あろうとなかろうと、今日の襲撃の状況を見るに用心するに越したことは無い相手だとは思います。少なくとも、ただ者じゃあ無いですからね」

「まったくだ。ヴァーニル隊長、いまのライノの話も踏まえた上で、自分としてもコースを変えて南の森へ向かうことをお勧めする。姫様にはご不便をおかけするが、確かに身の安全には代えられん」

「うむ。そうさせて貰いましょう。クライス殿がとどめている七十匹のスパインボアも、そのまま連れて移動できますかな?」

「それは大丈夫だと思います」

「ならば結構。まずはスパインボアを連れてポリノー村に行き、村の安全を確保した後で、村に泊まるか野営地を整えるか考えましょう。まずは騎士を何名か先行させて途上の安全を確認させます」

ヴァーニル隊長は、そう言って準備に取りかかった。

++++++++++

結局、俺はこれまでの状況を説明するために、ケネスさん、ヴァーニル隊長と一緒に先頭の馬車に籠もることになった。
本来、この馬車に乗っていた従者の人たちは、可哀想に別の馬車にぎゅうぎゅうに押し込められているに違いない。

ダンガたちは馬に乗れると言うことで、ケネスさんが乗ってきた魔馬をダンガが借りてレミンちゃんを後ろに乗せ、アサムはデンスさんの後ろに乗せて貰うことになった。

実は俺もちょっと軍用魔馬に乗ってみたかったんだが・・・
まあ仕方ないか。

俺は馬車の中で、ポリノー村で起きた一部始終と、スパインボアを育てていた柵の結界を発見してからの展開を二人に話して聞かせた。

「なるほどな。困ったところを助けられ、加えて儲け話を断れずに欲に目が眩んで、か...まあ、元は善人だった奴が転落する時にはありがちなパターンだ」

ケネスさんがポリノー村の流れを的確に評する。

ファーマ村長や村人たちが具体的に『違法行為』をしていた証拠はないが、知らずにとは言え自分たちの姫様の暗殺計画に一枚噛んでいたんだから、なにもお咎めなしという訳にはいかないだろうな。

「魔獣の畜産ですか...確かにありそうな儲け話ですなあ」
ヴァーニル隊長にとっても、さほど驚くほどのネタではないらしい。
「上手くいった前例もありますからね。ケネスさんたちが乗ってきた魔馬だって元はそうですし、探索に魔犬を使役する破邪だっています」

「では、その村に魔獣の仔を持ち込んだ行商人のジーターという輩や、魔獣育成の専門家という触れ込みで送り込まれたゴロツキどもは、最初からポリノー村に罪を被せる計画で動いていた、という訳ですな?」

「段取りの良さから言ってそうとしか思えないですね。むしろ昨年の不作ということ自体から仕組まれてたんじゃ無いかって気がしますよ」
「ふーむ、あり得ない話じゃ無いですな。なにか土地を悪くするような魔法でも使ったか...」
「そんなところでしょうかね。こっそり危機を作り出しておいて、タイミング良く助けに行く、と」
「許しがたく卑劣な輩ですな!」

「なあライノ、さっき言ってたエルスカインだったか? 仮にそいつが実在する黒幕だったとしてだ。なんで伯爵様って言うか、姫様を狙うんだと思う?」

むしろ、俺がそれを知りたいんですけどね?
単に旧街道に、伯爵家の手を出させないことが目的なのかどうか・・・

まあ、ここは単なる想像だという扱いで、旧街道とガルシリス辺境伯のことを少し話さないと駄目かな?
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