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第二部:伯爵と魔獣の森
消えた村人
しおりを挟む俺の方は、斬っても斬っても押し寄せてくるスパインボアを捌いていく。
いや本当に、『いなす』という意味で捌くのと、『解体する』って意味で捌くのと、両方同時にやってる状態!
不可解なのは、突っ込んでくる端から俺に斬り倒されているのに、その後ろに続くスパインボアたちが躊躇する様子も、警戒する様子もまったく見せてないって事だ。
どうしてこうなった?
いくらスパインボアがイノシシ系の魔物で、一旦キレると見境無く突っかかっていく性質だとは言っても、魔獣だって獣の端くれだ。
怒りや恐怖と言った感情もあるし、普通の獣より知能も高かったりするくらいなのに、ここにいるスパインボアたちは、そういった内面の心の働きをすべて失ってしまっているかのように突っ込んできている。
これは・・・あきらかに何かで操られているな。
暴走状態で荒れ狂うスパインボアたちを片っ端から斬り倒し続け、最後の一匹が上下二分割になったときには、村の広場は数十匹分のスパインボアの血と肉で酷い有様になっていた。
いつぞやの城跡と違って明るい陽の下だし、村の長閑な風景とのギャップが激しいので、余計に眼に来る。
これはもう、死屍累々なんて生やさしいものじゃないな。
言葉にするのも嫌・・・
用心して結界は消さずに、返り血を浴びまくっている自分自身とガオケルムに浄化を掛けつつ、固まっている三人の様子を見る。
さすがにレミンちゃんにも怖がられたかな?
自分でも、さっきまでの俺ってほとんど狂戦士みたいだったかなーって思うもの・・・
多分、ガルシリス城で石の床を刀で滅多打ちにしていた時と較べても、どっこいどっこいのアブナイ人の姿だろう。
「みんな大丈夫だよね?」
返事がない。
まるで彫像のようだ。
「みんなのところまで血飛沫とか届いてないと思うけど、もし掛かってたら、俺が浄化するから教えてくれよな?」
返事がない。
まるで蝋人形のようだ。
とりあえず、精神を集中して周囲の様子を窺う。
もうこちらに向かってくる魔獣の気配はない。
悪意を持った存在が村内に潜んでいる様子もないようだ。
ガオケルムに異常が無いのを確認して鞘に戻し、結界を消して三人に向き直った。
「あー、みんなにもせつめ...」
「ライノっ! アンタ、凄すぎるよ!!!」
「ライノさん!ライノさん! もう本当に凄かったです。滅茶苦茶カッコ良かったです。さすがライノさんです!!!」
「もう、ライノさんの動きが速すぎて全然見えなかったよ! まるで旋風が吹いて魔獣たちが倒されていくみたいだった!」
おっと、結界が消えて三人が我を取り戻すと同時に絶賛の嵐。
これは、恐怖に凍り付いてたんじゃなくて、単にびっくりしすぎて固まってたって奴か? 褒められすぎるのはこそばゆいけど、なんであれ、怖がられたり嫌われたりしてないようなら一安心だ。
でも君たちさ、襲撃されてる最中の方が冷静じゃなかったかな?
ともかく・・・だ。
さて、次はどう来るかな?
スパインボアの死体の山に囲まれているこの状況・・・俺が勇者じゃ無くてただの破邪だったら四人とも死んでいた可能性は高い。
ここまで仕掛けたからには、もう言い逃れも懐柔も不可能だし、向こうもそれは分かっているだろう。
「この魔獣が、俺たちを皆殺しにしてまで守ろうとした秘密なのか?」
アサムは憤懣やるかたない、と言う表情だ。
「これだけの数だからな。全部ここで育ててたのか、どこかから運んできたのかは分からないけど、出元も含めて絶対に外に知られたくなかったんだろうさ」
そのアサムとダンガの会話にレミンちゃんが首をかしげる。
「でも、それって普通の村人がやりそうなことじゃないですよね?」
「だよなあ...」
そのとおりだな。
魔獣を飼うってのもそうだけど、そもそも人を殺す度胸のある農民なんて少ないだろう。
しかも野盗に襲われて反撃するとかならともかく、秘密を守るために無関係な人間をアッサリ殺そうとするなんて、まったくもって田舎の村人らしくない。
「それに、いくら獰猛な魔獣とは言っても、こいつらの行動は獣らしくなかった」
「でもライノさん、こいつら凄く獰猛だった感じだったよね?」
「獰猛なのはその通りなんだけどな、普通どんな獣だって自分の身を守ろうとするもんだろ? こいつらは後先考えずにって言うか、恐怖とか全くなしに自分から刀の前に突っ込んできたぜ?」
「つまり普通じゃ無かったって事か」
「そうだ。どんな手段かは分からないけど、こいつらは誰かに操られてたと思う」
そう言いつつも、もちろん俺の頭をよぎるのは、ガルシリス城で召喚されてきた魔獣たちだ。
あいつらも、恐れや躊躇なんか、ひとかけらも無い状態で飛びかかってきていた。
「それに、この魔獣たちって、もしライノさんがいなかったら私たちを殺した後にどうなってたんでしょう? そのまま森に散らばって行ったんでしょうか?...」
「もしそれでいいんだったら、あえて俺たちにけしかける必要もなかったはずだよね」
「うん、俺たちを殺した後に魔獣をそのまま逃がしてしまうだけなら、お茶を出して世間話でもして、のらくら足止めしてる間に森にでも放ってしまえば証拠隠滅出来ただろうからな」
いくらアンスロープが匂いを嗅ぎつけても、目に見える証拠がなければ人間やエルフの役人は動けないからね。
周辺の村や領主からは『迷惑行為』として激しく糾弾されるかも知れないけど、スパインボアを飼うこと自体が犯罪って訳でもないだろうし・・・だったら、わざわざ人を殺さなくても、という感じだ。
「じゃあ、それをしないってことは、もっとエグいものが奥にあるってことじゃないか?」
「行ってみるかい?」
「そうだな...あの案内役の男の匂いを追えるか?」
「たぶん大丈夫だ。まかせてくれ」
「あ、ちょっと待ってくれ」
そのまま村の奥へと進み始めようとしたダンガを呼び止めた。
「一応の用心だけど、みんなに個別の防護結界を被せておきたいんだ」
「え、そんなことも出来るのか。凄いな!」
「まあな。レミンちゃん、ちょっと手伝って貰えるか?」
「あ、はい」
「そのまま俺がいいって言うまでじっとしててくれ」
顔に疑問形を浮かべたレミンちゃんの頭を両手で挟んで真っ直ぐにこちらを向かせ、腰をかがめて自分の顔を近づけていく。
レミンちゃんが目を見開いて固まるのが分かるが、仕方ないんだ。
仕方ないんだよ! これは・・・
まあ、最初にダンガでもアサムでも無く、レミンちゃんを選んだのは完全に俺の我が儘だけどね!
「目を瞑って」
「っらららライノさん....はぁわわわわわわゎ...」
なんか変な音声を出し始めたレミンちゃんの頭をガッシリと抑えたまま、自分のおでこをレミンちゃんのおでこにくっつけた。
ものすごい緊張している感があるな・・・ゴメンよ。
目を瞑って頭の中に防護結界の魔法陣を思い浮かべ、それをレミンちゃんの頭に写し取るようなイメージで、動かしていく。
「レミンちゃん、見えてる?」
「ぁ、ははははい。魔法陣が見えてます!」
「うん、陣に描かれている内容は分からなくてもいいからね。『それが自分の中に存在してる』ってことをしっかり覚えていて」
「は、はい...」
そこでレミンちゃんにくっつけていたおでこを一旦離し、彼女の身体に少し魔力を流し込んでみる。
レミンちゃんは、その気配を感じとったのか、わずかにぶるっと身体を震わせた。
「じゃあ、さっき俺が『渡した』魔法陣が自分の中にあることを思い浮かべてみて?」
レミンちゃんの中に写し取られた魔法陣が、俺から長い込まれた魔力をエネルギーに、レミンちゃんのイメージで起動した。
彼女自身にはまだ見えていないかも知れないが、身体全体をふんわりと防護結界が包み込んでいることが分かる。
成功だ!
「俺の近くにいる時しか使えない術なんだけどね。自分の身を守りたい時は、さっきの魔法陣があることを思い出してくれ。それで簡単な防護結界が起動する。もういらないと思えば、それで消える。試してみて?」
「はい、やってみます!」
レミンちゃんが目を瞑って、防護結界を張ったり消したりする。
しばらく見守ったが制御に問題ないようだ。
「自分で防護結界を生み出した時と消した時の境目を感じ取れてる?」
「大丈夫だと思います」
「よし、じゃあダンガとアサムにもやって貰おう」
男同士はちょっと気恥ずかしいが、そんなことを言っている場合でもないので、急いでダンガとアサムにもレミンちゃんと同じ手順を繰り返して、防護結界を『会得』して貰った。
「これはさっきの結界の簡易版みたいな感じで、物質でも魔法でも、なにか攻撃的なモノが飛び込んできたら同じ力で跳ね返す。逆にこちらから外へは攻撃できるから慌てずに対応してくれ」
「ああ、わかった」
「さっきは、あの大きなイノシシが跳ね飛ばされるのを見たときは、本当にびっくりしちゃいました!」
「俺も慌ててナイフを抜いたけど、あれ相手じゃ意味なかったよな」
「ただし、防護結界を維持するための魔力は俺が送り込んでる状態だ。つまり、俺の姿が見えないほど遠く離れると防護が効かなくなるかもしれないから注意してくれ」
「了解だ」
ダンガとアサムが先頭に立ち、匂いを追ってくれる。
一応、背後からの不意打ちも考えて俺が殿だが、三人各々に被せてある防護結界は、あのスパインボアが数匹突っ込んできたくらいなら問題ない。
俺の魔力量だと高火力で撃ち込まれたらヤバいかも知れないけど、そのリスクは離ればなれになっていても同じだし、みんなが常に視界に入っている方が俺としては安心だ。
用心しながら村の中を奥へと進んでみるが、広場で読み取った気配通り、村の家々には誰一人いなかった。
遠目で見たときには何軒かの家から調理の煙が上がっていたのだから、俺たちが来てから慌てて避難したという感じだろうね。
段々と村ぐるみの犯罪という雰囲気が強くなってきて嫌な気分だ。
ケネスさんから話を聞いたときは、人気の無い森の奥でエルスカインの一味が何か企んでるのかも知れない、ぐらいの感覚だったのになあ・・・
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