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第二部:伯爵と魔獣の森

種族の壁

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ダンガがアンスロープの事情を教えてくれた。

「アンスロープの仔はアンスロープだな。人間族やエルフ族との間でも子供は作れると言うけれど、生まれる子供はアンスロープだって。ハーフって言うのか? 人間ぽくなったりはしないらしいよ」

なるほど・・・
そうなると、ますます自然に同族で固まることになるだろうね。
ただ、あくまで伝聞だって事は故郷の村に実例は無いのかな?

「いや、そもそも人間族以外の種族の間では、純粋な人間の血って広まりにくいそうだぞ」
「え、そうなんだ?」
「ああ。でも人間族は寿命が短い代わりに子供が生まれやすいから、種族としては増えるスピードが速い。だから純粋な人間族の方が、どんどん増えていく」

「なるほどなあ...でも違いが気になるってのはそれよりもさ、最初に会った時に姉さんがうっかり毛布の匂いのことをライノさんに言っただろ? ああいうことだよ」

「あー、能力の違い的な?」

「だなあ...匂い、音、それに眼もかな。俺たちには当たり前だったことを口にするとビックリされるんだ。気味悪がられるから控えろって言うオババ様の忠告の意味がわかったよ」

そういえばパルミュナが言ってたな、『人間は自分より優れてるものには近づきたくない』って・・・

「アサム、誰だって、自分に出来ないと思ってたことを目の前で簡単にやられちゃうと驚くだろ? 俺の場合は血縁関係を匂いで感じ取れるってのがビックリだったけど、アサムたちだって俺の魔法でびっくりしてたじゃないか? それが種族単位だろうと、個人の力だろうと、あんまり変わらないんじゃないかって思うよ」

「そう言われてみると、そうかな...アンスロープ族が特別扱いされるって言うよりも、ただ、出来ることと出来ないことが違うってだけなのか...」

「そんなもんだろ。種族の違いとか言い出したらキリがないよ。あと、あえて言うなら俺だってハーフエルフだ」

「えっ?」
「ええぇっー!!!!」

あら。
アサムよりも横で聞いてたレミンちゃんの驚き方が激しいな。

「意外だったか? そう言えば、ちゃんと教えてなかったもんな」
「そそそそそそおっだったんですかっ! ライノさんんんっ!」
「落ち着けレミンちゃん。そんな珍しいことじゃないぞ?」

「いやでもでもらららライノさん...みみみみ耳も尖ってないし!」
「そういう家系らしいんだよ。地域によっては純エルフでも耳の尖ってない一族は結構多いそうだ」
「そそそ、そうだったんですね...」

なんかレミンちゃんが歌っているみたいだ。

「俺も、耳先じゃ見分けられないって話は聞いたことがあったと思います。でも、これまで身近にエルフの人っていなかったからピンときたことがなかったかな...」

「わ、私はエルフの人で耳先が丸い方に会うのって初めてですよ?」

「それはどうかな? 耳先が丸いから人間族だと思い込んでて気づかなかっただけかもしれないしね...でもエルフ族の血を見分けるのは、耳じゃあ無くて眼なんだよ」
「えっ? 眼、なんですか?」
「ああ、眼の奥をじっと見ると分かる」

俺がそう言うと、レミンちゃんは俺と一瞬だけ目を合わせてから、ぱっと目を伏せた。

「いや、そんな一瞬じゃ分からないよ。俺の目をちゃんと覗き込んでごらんって。瞳の奥に二重のリングが見えると思うから」

隣に座っていたレミンちゃんが膝を乗り出して、おずおずと俺の目を覗き込んだ。
じーっと見つめられていると少し気恥ずかしいな。
これはあれだ・・・最初にパルミュナが『もし恋人が出来てたら分かってた』と言っていた理由に納得だ。

とは言え、こっちが慌てて身を引くのも失礼な気がして、じっとそのままの姿勢を維持する俺・・・

「どう、見えた?」
「あ、ええええぇっっと...みみみみ...見えました。ききき金色のリングが二重に!」
まだ歌うか。

「うん、それがエルフ系の血が入ってる印なんだってさ。コリガン族でもエルセリア族でも、エルフ系の種族はみんなそうだって聞いてる。だから、ハーフエルフでも同じ」

「そうなんだ、初めて知ったよ。でも、他人の目を覗き込む機会なんてそうそう無いから、自分から言われないとわからないよね」

そう言いつつ、ダンガもアサムも俺の目をチラ見している。
ひょっとすると、知識として知ってさえいれば、アンスロープの視力ならこの距離でも見分けられるかもしれないな・・・

「だな。まあぱっと見じゃ分からないことも多いって話だ。あと、俺が信用してるフォーフェンのレビリスって男な? そいつもハーフエルフだけど、やっぱり耳先は丸いよ。顔立ちも人間族っぽいから、言われないと分からないだろうな」

「そうだったんですか」
「ああ、レビリスは俺と違って顔はハンサムだけどな」
「ライノさんもカッコいいですっ!!!」
急にレミンちゃんが大きな声を上げたので、アサムがぎょっとした顔をして目をやった。

「あ、その...ライノさんって、とっても渋くてカッコいいかなって思って...」
言いながらも力なくうつむくレミンちゃん。
今日はなんだかレミンちゃんのテンションのアップダウンが激しい。

「ありがと! まあ、俺やレビリスの耳先が丸いのはハーフエルフだってのもあるかもだけどな」

「そうだったんだ...じゃあ亡くなられたご両親のどちらかがエルフだったんだね?」
「あー、そこはちょっとややこしくてな...訳あって、ここから先の話は内緒にしてくれ」

ダンガとアサムは、俺にそう言われてちょっと驚いた顔をしたが、なにも聞かずに頷いた。
レミンちゃんも、はっと顔を上げて俺の方を見る。

「昨夜話した、ブラディウルフに殺された俺の両親ってのは、実は育ての親なんだ。で、二人とも純エルフ。だけど耳先は丸くて、エドヴァルの人間族の村で人間のように暮らしてた」

「えっ、そうだったのかい?!」
「ああ。血が繋がってる産みの親は、母親がエルフで父親が人間だけど、俺はどちらにも会ったことは無いんだよ。俺はずっと人間族として育てられてたんだ」
「ライノさんって、そんなことが...」

「自分がハーフエルフだって知らされたときは結構驚いたけどね。ただ、それでなにが変わるのかって言うと、自分のやることは何一つ変わらないし、日々が変わるわけじゃない。そんなもんさ」

「あ、うん。そうかもね...」

「破邪としての修行中だって、純粋な人間族よりも色々な能力が勝っていたのかも知れないけど、それも自分にとっては特別なことじゃなかったしな。アンスロープが狩人として自分の能力を使っても、それを人間族とどう違うか、どう有利かなんていちいち考えないのと同じだよ」

「うーん、村にいるときは、周りがみんな自分と同じだったもんな...兄貴とか、他の村の狩人とか見て凄いなって思っても、それってさっきライノさんが言っていた個人の力の差だったわけだし」

「で、俺は今回、そのアンスロープ特有の能力に助けて貰ってるって訳だ。お互いに頼れるところは頼り合えばいいのさ」

なんだか、さっきからアサム口ごもってるような感じがするな。
言いたいことを言えないのか、言いにくい事でも抱えているのか・・・
しばらく沈黙した後、ぽつりとアサムが口にした。

「ライノさんが知ってるかどうか分からないけど...アンスロープには変身能力があるんだ」

アサムが抑揚の無い声でそう言うと、レミンちゃんがはっとした顔になってアサムを見つめた。
ひょっとしてレミンちゃんは、これを話題にしたくなかったのかな?
言いにくいのはそれでか?

「知ってるよ?」
「えっ、知ってたの!?」
「ああ、実際に見たことはないけどな」
「じゃあ...どういう風に変身するかも知ってるの?」

なんだか、俺の横顔をじっと見つめているレミンちゃんの視線が真剣すぎてちょっと怖い。

なにこのプレッシャー。
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