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第二部:伯爵と魔獣の森
兵舎と出前料理
しおりを挟む飯屋の親父さんは材料が無いとブツブツ言っていたが、俺たちとしてはそれなりに満足感の高い食事を終えて飯屋を出た。
「今日はこの村に泊まることになるが、そいつも詰め所に行って場所を確認しようか」
ケネスさんの主導で、またしても八人一緒にぞろぞろと大通りを歩いて詰め所に向かう。
詰め所では、さっきのベルゴーという年配の衛士が対応してくれた。
「今日は全員で村に泊まっていきたいが、宿泊所は使えるか?」
「はい。他に臨時の派遣もありませんし、兵舎は空いております」
「そうか。じゃあ使わせて貰おう」
「おい、騎士位殿を兵舎にお連れしろ!」
ベルゴー氏が後ろを振り返ってそう怒鳴ると、またまた先ほどの大男が出てきた。
「では、ご案内しますので、こちらへ」
「兵舎ですか?」
普通に宿屋の場所でも尋ねるのかと思っていたら、ちょっと意外だったので、ケネスさんに聞いてみる。
「ああ、これくらいの規模の村って言うか街になると、詰め所に常駐している衛士以外に、色々な任務でまとまった人数が国軍から派遣されることが良くある。俺たち以外にも、治安部隊の巡回兵みたいなのもいるしな...そういう時に宿屋を押さえるのも手間が掛かるし、装備を調えて野営地を作るってほどのことも少ないから、まとめて泊まれる兵舎を用意してるんだ」
「ああ、なるほど。」
「俺たちも、そういう場所を使う方が余分な経費が掛からんからな。もちろんあんたらも無料だ。それに...」
ニヤッと笑って言う。
「ここで浮いた宿代は『銀の梟亭』で使わんとな!」
俺は思わず吹き出した。
うん、あの食堂には確かにその価値があるね。
「ただし兵舎ってのは簡易宿泊所のようなものだ。普通の宿屋みたいに個室なんか無いから、みんな雑魚寝だぞ? ああ、レミンちゃんは士官用の部屋に一人で泊まって貰えばいいから問題ないし、鍵も掛かるから大丈夫だ」
「士官専用の部屋なんてあるんですか?」
「まあ普通ならある。なんだかんだ言っても指揮官は、兵卒たちには聞かせにくい相談事をしたり報告書を書いたりと色々あるからな」
「そりゃそうですね...」
「あの、わたしも皆さんと一緒でいいです」
レミンちゃんがおずおずと口にする。
朝から散々マスコット扱いされているものの、やっぱり特別扱いされることに気が引けるのだろう。
そもそも、みんなでここまで来たこと自体が自分の為だっていう思いもあるだろうからね。
「いや、そういう訳にもいかんよ、うら若い女性なんだからな」
「平気ですよ?」
「むしろ俺たちの方が緊張してよく眠れなくなるからダメだな」
そう言ってケネスさんは豪快に笑った。
兵舎というので、なんとなく軍の練兵場にあるような殺伐とした建物を思い浮かべていたけど、行ってみるとごく普通の平屋の建物だった。
ただ、普通の民家や商店よりは大きいし、敷地の中に全く同じ造りの建物が二棟並んで建っている。
先に大男が鍵を開けてドアを押さえ、全員が中に入るのを直立不動で待った。どうやら専任の管理者などは住んでいないらしい。
まあ兵舎の造りや備品なんてどこも同じで、特殊なことなどそうそう無いのだろう。
「井戸は中庭ですが、炊飯所には毎朝、当番のものが水を汲みおいてあります。毛布も定期的に日干ししてありますので清潔かと思います」
「ほう、使わない時でも毎日水汲みして手入れしているのか?」
「はっ、いついかなる時でも即座に使えるようにしておけとのベルゴー主任の指示であります!」
「感心だ。ベルゴーにも俺が褒めていたと伝えてくれ」
「はっ、承知いたしました!」
「うん、案内ご苦労だった。ありがとう」
「では、騎士位殿。自分はここで失礼いたします。なにかご用がありましたら、詰め所の方におりますのでお申し付けください!」
凄い、この大男はバッチリ期待を裏切らないな!
建物の内部はいくつかの部屋に分かれていた。
とりあえず、その一つに入ってみると、真ん中部分が真っ直ぐ奥まで通路のようになっていて、その両脇に一段高くなった板張りのスペースが広がっていた。
部屋の四隅には、沢山の毛布が綺麗に畳んで積み上げられている。
なるほど、真ん中で靴を脱いで板張りの上に毛布を敷いて寝るって構造か・・・これなら人数が色々でも調整しやすいだろう。
「思ったより広いな。これなら、レミンちゃんも一人で士官室を使ってもいいし、寂しければ兄妹三人で、そっちの一部屋を使って貰ってもいいぞ。好きな方でいい」
レミンちゃんが寂しがるかどうかはともかく病み上がりだし、ダンガとアサムはその方が安心かな?
「まあ、慌てずに部屋を見てみよう。レミンちゃんはこっちだな」
ケネスさんに連れられて、レミンちゃんは一人で奥へと向かった。
さて・・・俺のわがまま?で中途半端な時間に食事をしてしまったので、どのタイミングで夕食にするかは微妙な所だ。
って言うか、さっき食べたばっかりだし。
とは言え、この街の飯屋が、大体いつ頃まで店を開いているのかにもよるが、あまり遅くなってしまうと昼食時のように『材料が品切れ』ってことになりかねない。
フォーフェンやパストのように人々の交流が盛んな大きな街と違って、街道の様子からしてもそれほど外部の人が大勢通り抜ける訳では無さそうだし、食材の仕入れも必要最小限で回しているだろう。
ここで適当に時間を潰して、あまり遅くならないうちに、またあの飯屋にでも押し掛ける感じかな?
美味かったし・・・って、色々と安心したせいか食べ物のことばかり考えてるな、俺。
「はーい、失礼しますよー!」
大声がしたので何事かと思って入り口の方を診ると、さっきの飯屋で配膳してくれていた中年女性が、そこそこ大きな荷物を背負って兵舎に入ってくる所だった。
ちょうど、レミンちゃんを士官室に案内して戻ってきたケネスさんが訝しげに尋ねる。
「ん? あんたはさっきの飯屋にいた女将さんだよな? なにか、俺たちに用でも?」
「ああ、聞いてないんですかい? この兵舎に人が泊まる時は、うちの人間が飯炊きを手伝うことになってるんですわ」
「お、そうなのか?」
「まあ大人数の時はよそにも応援頼みますけどね。さっき詰め所のベルゴーさんから、ここに八人泊まるからよろしく頼むって言付けされてね。八人って言うから、きっとうちの店に食事に来てくれた人たちだろうって思ったら、大当たりですわ!」
「そうだったか、そいつは有り難い。ただ、それこそさっきアンタの店でたらふく食ったばかりだから、まだしばらくは腹に収まらんかなあ」
「そりゃ分かってますわ! きっと時間に余裕があるだろうと思ったんでね、手間を掛けられる材料を持ってきましたわ。さっきは、あんまりちゃんとしたもの出せませんでしたからねえ。その代わりってことで」
「いやなんだか悪いなあ。じゃあ世話にならせて貰うよ」
「ハイハイ。ま、ちょいと時間が掛かりますんで、のんびり待っててくださいな」
「おう、じゃあよろしく頼んだ」
食堂のおばさんは、よっこらしょっといいながら、炊飯所に消えていった。今日初めてここに来た俺たちよりも、向こうの方が手慣れているので手を出す必要も無さそうだ。
うーん、毎朝炊飯所に新しい水を溜めて、いつでもすぐに使えるようにしてあるって言うのは、俺たちみたいな急な利用者が来た時にもスマートだよなあ。
一応、炊飯所の場所を見つけ、顔を出しておばさんに声を掛けてみる。
「なんか、手伝いましょうか?」
どうせ暇だし。
「いやいや気にしないでくださいな。いつもやってることですわ」
「分かりました。じゃあ、なんか手伝うことがあれば遠慮せずに声を掛けてください」
「ハイハイ。まあ、ゆっくりしてて下さいな」
炊飯所に突っ込んでいた首を引っ込めて部屋に戻ろうと向き直ると、ちょうど士官室から出てきたレミンちゃんが、廊下でダンガとアサムに話している所だった。
「あ、ライノさん。私たち、やっぱり三人で一緒に一部屋を借りようかと思います。兄が心配してるんで」
「うん、病み上がりだし、用心した方がいいと思うよ。ケネスさんにはそう言っておこう」
俺は、遊撃班の四人と一緒の部屋に寝るつもりで荷物を降ろしていたから、とりあえず最初の部屋に戻る。
「ケネスさん、やっぱりダンガたちは三人で一緒にいたいそうです」
「おお、分かった! じゃあ、ライノが士官室を使えよ。一人でゆっくり眠れるぞ?」
「え? さすがにそれは気が引けますよ」
「気にしなくていいさ。どうせ俺たちも、この四人で今後の方針とか行動予定を話し合ったりするんでな。夜中にくっちゃべってライノが眠るのを邪魔しても悪いし、一人でゆっくり寛いでくれたほうがいい」
そうか、軍の治安維持活動なんだから、部外者に聞かせられないことも色々あるだろうな・・・むしろ、俺が一緒じゃない方が遠慮無く話し合えるのか。
「今後の行動予定ですか? まず銀の梟亭ではホップっていうハーブで苦みを付けたエールが飲めるんですが、コイツには腸詰めと塩を振った葉野菜がぴったりです。それと、葉野菜を注文すると付いてくる塩は料金に含まれているので遠慮はいりません」
俺がそう言うと、ケネスさんは一拍おいて吹き出した。
「はっはっは! そいつは重要な情報だな! よし、フォーフェンに付いたら初手の作戦行動はそれで行こう」
「じゃあ、お言葉に甘えて俺は士官室を使わせて貰います!」
「おう! また後でな」
俺はとりあえず自分の荷物を抱えて、さっきレミンちゃんが出てきた士官室に向かった。
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