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第二部:伯爵と魔獣の森
アンスロープ族の兄妹
しおりを挟むアンスロープの男二人が薪を集めてくれたので、その間に俺は適当な石を組んでかまどを作っておいた。
焚き火に着火するのは精霊の熱魔法では無く、使い慣れた破邪の火魔法で十分だ。
しばらく威勢の良い火を上げたあと、熾火ができてきた所で鍋を出して夕食を作ることにした。
今日は色々あったせいで、結局昼も食べないままだったのだ。
それに、火があるなら手で鍋を温める必要は無い。
「あんたたち食料は持ってるかい? 無ければ俺のを融通しても構わないけど?」
「ありがとう、一応は持ってるよ。堅パンと干し肉だけだけど」
「俺も同じようなものだな。まあ、スープでも作るからそいつは一緒に飲んでくれ」
「おお、すまないなあ」
銅鍋の大きい方に精霊の水を入れて焚き火に掛ける。
どうせ破傷風の女性にも飲んで貰うなら、精霊の水の浄化力がある方がいいだろうからね。
スープの内容はフォーフェンの市場で買い込んだドライソーセージと刻んで干したセルリーだ。
レビリスに聞いたところ、フォーフェン辺りの破邪は、エドヴァルのように『干し板ミンチ』はあまり使っていないらしく、結局、市場でも売っている店を見つけられなかった。
ここでケチケチしても仕方無いので、具として食べ応えがあるように、ドライソーセージもたっぷり切って鍋に落とし込む。
乾燥セルリーを入れ、ドライソーセージから少し味が染み出すまで煮込んでから塩で味を調えておしまい・・・なんだけど、スープを味見するときに初めて気がついた。
精霊の水って不味くない!
というか美味しい!
いままで、自分で精霊の水を味見したことなんかなかったから気がつかなかったよ・・・
アンスロープの三人も各自のカップは持っていたので、それにスープをよそって渡す。
破傷風らしき女性も、すでに自分でカップを持てるほどに回復していた。
「ありがとうございます。いただきます」
「ありがとう。同じことばかり言ってるようだけど、本当に何から何まで助かったよ」
「ああ、あのままだったら、本当にどうなっていたかと思うと」
「俺は破邪だからね。格好を付ける訳じゃ無いけど、困ってる人が目に入れば、自分に無理の無い範囲でなら手助けもするさ」
この『自分に無理の無い範囲で』っていうのは破邪の鉄則だ。
最近は勇者になったので基準が少しズレ気味ではあるけれど。
「美味いな、このスープ!」
「ホントだね! 具だくさんで塩もしっかり効いてて美味しいよ」
「お肉たっぷりで贅沢で美味しいですね!...今日、こんなものが口にできるようになるなんて...思いもしなかったです」
褒めて貰えるのは嬉しいが、フォーフェンの宿で食べた食事に較べるとシンプル極まりないご飯だ・・・でも、ついこの前まで、これが俺にとっても標準的な旅空の飯だったんだよなあ。
「それはちょっと大袈裟?」
「いいえ! 本当に助かりました。私、さっきまで自分がこのまま死ぬんだと思っていたんですよ?」
「う...なんにしろ回復できて良かったよ。明日にでも治癒士のいる集落が見つかればいいんだけどね」
「とにかく、あんたは妹の命の恩人だ。本当にありがとう」
「おや、兄妹だったのか?」
「ああ、俺たち三人兄妹だ。...いかん! 慌て過ぎててちゃんと自己紹介もしてなかったな」
「全くだ。俺もオロオロしちゃって名乗るのさえ忘れてたよ。すまない」
「まあ、それは俺も同じかな?」
「で、俺が長兄でルマント村の『ダンガ』という。妹が『レミン』、末の弟が『アサム』。見ての通りのアンスロープ族だ。よろしく頼む」
最初に立ち上がって返事をした男が長兄で、無口な男が末弟だったか。
そして、破傷風?で倒れていた女性が真ん中と。
「俺は『ライノ・クライス』、エドヴァルから来た旅の破邪だ。今は王都へ向けて旅している最中さ。よろしくな」
手を差し出して三人と握手する。
レミンさんも、もう俺の手をしっかり握れるほどになっていたので一安心だな。
「それで、クライスさん、お礼の件なんだが...」
「さん付けはいらないし、ライノでいいよ。それと、お礼の件だが不要だ。気にしないでくれ」
「えっ、いや、いくら何でもそれは...」
「いや、本当にいいんだ。できることをしただけだし、すでに持ってたものを出しただけだ」
ラスティユの村で村長さんやラキエルと交わした問答を思い出すな・・・案の定、ダンガと名乗ったアンスロープ族の長兄も少し粘ったが、俺は堅く固辞し続けた。
「そうか、そうまで言って貰えるなら、本当に感謝して従わせて貰うよ。ありがとう。まあ、正直に言うと手元が心細いから、三人の手持ちを合わせても払える金額はわずかだったんだけどね」
「旅人なんて、それが普通だよ」
「違いない。故郷を出て長旅をしたのは始めただけど、思ったよりも金が掛かるものだと分かったよ。本当はもっと気軽かと思ってたんだけどね...」
「俺は破邪だから、大抵の場所で大手を振って自給自足ができるけど、普通の旅人はそうも行かないしな」
「そうなんだよ。実は、もう少し自由にできるかと思ってた」
「まあ、危ない橋はできるだけ渡らない方がいいな。変なトラブルに巻き込まれたら旅を続けるどころじゃなくなる」
「たしかにね...」
「そう言えば、ルマント村ってどこにあるんだ?」
「ああ、ミルバルナ王国だ。実際には『南部大森林』って言った方が正確な地域だけどね」
「ああ、あの辺りか。ミルバルナの南部大森林は、俺も遍歴修行の最中に通ったことがあるよ」
「そうか! そいつはなんだか嬉しいね。俺たちはミルバルナからまっすぐ北上してミルシュラントに入った」
「これからどっちへ向かうんだ?」
「西だよ。このまま西へ進むと、フォーフェンって言う大きな街があるって聞いてる」
「うん、俺もそこを通ってきたよ」
「そうなんだ! ライノは西から歩いてきたもんな」
逆側から来たってことは、シーベル子爵領を抜けて、俺が今目指してるリンスワルド城の脇を通ってきたってことかな。
「ここの山の上には岩塩の採掘場があってな。西へ向かうと、一日歩いた所に、塩の輸送に使ってる中継所がある。上手く交渉すれば、街へ向かう馬車に乗せて貰うこともできるかもしれない。ダメでも、そこから数刻ほど西に歩けば少し大きな集落がある。そこに治癒士がいるとは限らないけど、人の出入りは多いから情報は聞けるだろう」
「そうか。うん、ありがとう。早速明日、向かってみるよ」
「とりあえずは今夜一晩レミンさんの容態を見てからだな。明日になってまだ痛みが残っているようなら無理をさせない方がいい。その時は俺も一緒についていくから大丈夫だ」
「えっ、でもライノは逆方向なんだよね?」
「急ぐ旅じゃ無いし二日や三日伸びた所でどうってものでも無いからね、心配無用だ」
「いやでも...」
「同じ会話を繰り返すのは止めよう?」
「あ、ああ。そうだな。俺たちは感謝をするしかできないが」
「人付き合いなんて、それだけでいいんだよ」
破邪なんて酔狂な仕事をしてる奴はみんなそうさ。
心の中で俺はそう考え、同時にお節介で人懐っこいレビリスの顔を思い浮かべた。
「今夜は火を絶やさない方がいいだろうな。魔獣が出そうな森じゃあ無いけど、一応、魔獣避けの護符を動かしておくから心配しなくていい。野盗の類いも大丈夫だ」
なにがどう大丈夫なのか、この三人には分からないだろうけど、黙って頷いてくれているから問題ない。
食事を終えてスープを作った鍋を片付ける頃には周囲は真っ暗になっていた。
レミンさんもすっかり温和な表情で横になっている。
このまま回復してくれたらいいんだが・・・人の体内の毒を精霊魔法で浄化したのなんて初めての経験だ。
あまり油断というか、楽観してない方がいいだろうな。
ダンガとアサムが山のように枯れ枝を集めてくれているので、今夜一晩焚き続けても使い切りはしないだろう。
後はもう眠るか、焚き火に当たりながら少し世間話でもするかというところか。
ダンガが自分の荷物から毛布をほどいて出そうとしている。
山で仕事をする人たち・・・樵や猟師が使うような、木枠で組んである背負子だ。重い荷物を運ぶのにはいいらしいけど、あれを担いでると少し動きにくそうだな。
ダンガが取り出した毛布をレミンさんに掛けようとしてるので聞いた。
「ダンガ、あんたの毛布はそれ一枚か?」
「ああ、そうだけどなにか?」
「だったら、それは自分で使えよ。俺は予備の毛布を持ってるから、レミンさんにはそれを使って貰おう」
「いいのか?」
「もちろんだ。本当は妹用の毛布なんだけど、ちょっと訳あって妹とは別々に向かうことになってな。どうせ使わないで持ってるだけだ」
「そうか、じゃあ甘えるよ」
レミンさんが下に敷いて寝ていた毛布は彼女自身のものだろうが、まだまだじっとり湿っているし、これを被れというのも酷だ。
俺は背負い袋に手を突っ込み、革袋の中でパルミュナの毛布を探り出した。手のひらにフワッとした山羊毛の感触があたって心地いい。
この先もパルミュナと一緒に歩くつもりで仕立てた毛布だが、王都で再会した後も、また一緒に歩いて野宿するようなことがあるかは微妙だろうな・・・
取り出した毛布を広げてレミンさんに掛けてあげると、彼女はビックリした顔で声を上げた。
「この毛布ってなんなんですか? ものすごく軽くて柔らかくて...こんなすごい毛布、初めて触りました」
「ああ、なんか寒い高地の方に住んでる、珍しい種類の山羊の毛を紡いでるんだそうだよ。だから軽くて暖かいんだってさ」
「へえー、凄いですね! ...で、でも、これってきっとすごく高価なものですよね? 私なんかに使ってもらっていいんでしょうか?...」
「気にせず使ってくれ。人の役に立つなら妹も喜ぶさ」
お前はそういう奴だよな、パルミュナ。
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