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第二部:伯爵と魔獣の森
採掘基地
しおりを挟む山道をガタガタと馬車に揺られ続け、採掘場で働く人々の宿舎というか採掘基地という建物に着く頃には夕方になっていた。
西向きの、それも見晴らしの良い高所にあるおかげで周囲はまだ眩しいほど明るいが、それは日差しがほとんど真横から射しているからこその眩しさだ。
すでに山の麓は暗くなっているだろうし、あと少し太陽の位置が下がれば、ここもあっという間に真っ暗になる。
山歩きになれた人間にとっては自明のことなんだけど、旅慣れない人は『まだまだ明るい』と油断して歩き続けてしまい、予想より急に暗くなって慌てふためいたりするんだよな。
「ここは寒々しい場所だねー」
採掘基地に着いた時のパルミュナの第一声はそれだった。
「お、そんな感じか?」
「うん、色々な意味で寒々しぃって感じー」
馬車から降ろそうとパルミュナを抱き上げた時に、俺の目にも周囲の魔力がはっきりと映って、パルミュナの言わんとする意味がよく分かった。
そういうことか・・・
なんというか、生き物の気配が薄く、代わりに濃密な魔力が辺りを覆っている。
ここまで上がってくる途中に感じた、『高く登るほど濃くなる』という不思議な魔力の増加はそのまま続いていた。
決して濁っているわけでも、一カ所に澱んでいるわけでも無いのだが、山の上にこれほど濃密な魔力が漂っているというのは異質な感じだ。
とは言え、旧街道のように不自然な感じでは無いし、元々からこういう場所なんだろうな・・・
++++++++++
採掘基地では、ウェインスさんの出してくれた依頼状と、レビリスの日頃の行いというか人付き合いの良さのおかげで、所長が俺たちを温かく迎え入れてくれた。
本当にありがとう。
ウェインスさん、そしてレビリス。
すでに、今日の採掘作業も終わって作業員たちも戻ってきており、宿舎というか基地の中も賑やかだ。
みんなヤケに楽しそうだと思ったら『最近は雨が降ってないからな!』と言われて意味不明・・・
不可解な顔をした俺にレビリスが教えてくれる。
「ここは山の上で水場から遠いだろ? 水は雨水か、水源から馬車で運び上げた水を使うんだけどさ、晴れの日が続くと雨水は溜まらないし、地形が急峻だから安全に水を汲めるのはけっこう下の方なんだよ」
「うん、それで?」
「どうせ下から樽を運び上げてくるなら、中身が水でもエールでも運ぶ手間は変わらないってことでさ、一定の日数以上雨が降らないと、晩飯には水の代わりにエールを出していいことになってるのさ」
「マジか?!」
いやいや手間も費用も大幅に変わるだろう?
なんという太っ腹!
「おかげで作業員たちは、雨が降ると呪いの言葉だぜ? 雨で作業が中止の時でも日給は同じように出して貰えるって言うのにさ、宿舎でゴロゴロしてるより、汗流して働いてでも、その後にエールで飯をゴキュっと流し込む方が大切らしい」
そりゃ勤労意欲も高まろうってもんだよね。
伯爵家の深慮遠謀って言うか、使用人たちの胃袋をがっつり掴むやり方に、開いた口が塞がらないわ。
宿舎では、俺とパルミュナとレビリスの三人で一部屋を借りれることになった。
レビリスは遠慮して、もう一部屋借りるか、どっかで雑魚寝するみたいなことを言い出したが、さすがそれは止めさせる。
パルミュナのことは知ってるのだし、あまり所長や現場の人に世話を掛けるのはフォーフェンの破邪のためにも宜しくないからな。
「おうレビリス! どうした? なんかあったのか?」
後ろから声を掛けられて振り向くと、一人の破邪が立っていた。
恐らく人間族の中年男性で、厚みのあるガッシリした体格をしている。
「ああ、ロイドか、お疲れさん。いんや、ただの調査さ。ぶっちゃけ、魔力の澱み具合を調査するのにかこつけて、この二人を案内してるんだ。友人のライノと、その妹で魔法使いのパルミュナちゃんだ」
「おおっ、そうか!」
「エドヴァル王国から来た遍歴破邪のライノ・クライスです。どうぞよろしく」
「俺は、ロイド・カーソンだ。よろしく頼む」
そう言ってガッシリとした手を差し出してくる。
握手すると、ゴツゴツした肌の感触が伝わってきて、苦労人ぽい・・・っていうか、まるで農夫や職人のような手だな。
パルミュナも躊躇無く、俺が離したカーソン氏の手を柔らかく握って挨拶した。
「ライノの妹のパルミュナです。よろしくお願いします」
ああっ、語尾に音引きも付いてない!
お兄ちゃん嬉しいよ!?
「クライスさんとパルミュナちゃんか。うん、よろしくな」
「ライノでいいですよ」
「おう、じゃあ俺のことはロイドと呼んでくれ。ところでレビリスたちは、さっきの補給の馬車で着いたのか?」
「ああ、そうさ」
「じゃあ、夕飯まだだろ? 俺も現場から戻ってくる人たちの護衛でいま戻ったばかりでな。一緒に食堂に行こうや。聞いてるかもしれんが今日の飯はエールも出るからな!」
四人で連れ立って食堂に行くと、四人固まって座れる席がまだ十分に空いていた。作業員たちはみんな、戻るなり飯をかき込む感じかと思っていたのでちょっとビックリだ。
「意外と飯時が集中しないんですね」
「エールが出るからな。慌ててかっ喰らうよりも、晩飯と一緒にチビチビ晩酌をやりながらゆっくり過ごしたい奴も多いんだ。まだ外は明るいし、そういう奴らは少し時間が経ってから連れ立ってくる」
「なるほどね」
「それにしても、交代は来週だと思ってたのに、急にレビリスが来たから事件でもあったかと驚いたぜ?」
「すまんすまん。ライノたちが岩塩採掘場を見学したいって話になってな。それでウェインスさんが正式な調査依頼に絡めてくれたんだ」
「なんだそういうことか。じゃあ、まあゆっくり見てってくれ...と言っても周りは岩だらけで何があるわけでも無いけどな!」
「いや、まさにその岩の中から塩が出る、っていうのがどんな感じなのか見たいと思ったんですよ」
「ああー、まあ気持ちは分からんでも無いって言うか、岩塩は出ない国じゃ見ることないもんな。俺も初めてデッカい塊の塩の結晶を見た時には驚いたっけなあ」
受け取った夕食をテーブルに運んで四人で囲む。
茹でた塩漬け肉と根菜のスープ、それに野菜と小魚を一緒に酢漬けにした小皿も付いてる。
シンプルだけど、作業者用の現場飯としては豪華だし量も多い。
パンも、ここで焼いてるのか?
「おかずもパンもお代わりは自由だからな。たっぷり喰っていくといいさ」
ここでも食べ放題か、リンスワルド家!
「太っ腹ですね」
「まあ、採掘ってのは身体を使う仕事だからな。飯が足りなくて力が出ないなんて事になっちゃあ困るんだろう」
「フォーフェンに来て以来、本当に食べ物には恵まれてる感じですよ」
「そりゃあいい。食べるものに困らないって言うのは、人生で一番大事なことだからな!」
「違いないですね!」
そんな話をしながらわいわいやっていると、一人の男が近づいてきた。
いいガタイだし、かなり鍛えたのか、ただのデカブツじゃなくて引き締まった筋肉をした男だ。
その男はニヤニヤしながらテーブルに近づくと、俺たちはまるっきり無視してパルミュナに話しかけた。
あー、そういうのね・・・
「よう嬢ちゃん、そんなシケた連中のところに座ってないでよ、こっち来て俺に酌でもしてくんなよ!」
無論、パルミュナはガン無視である。
と言うか、わざわざ一度顔を見てからあえて軽蔑のまなざしで無視。
俗に言う『鼻で笑った』感じ?
さっきまで人当たりが良かったはずなんだけどなー。
「やめなよ兄さん。もう少し品良くしてないと女の子に嫌われるぜ?」
俺が追い返そうと言葉を出す前に、レビリスが茶々を入れた。
「あんだとこの野郎! かっこつけてしゃしゃり出てっと殴られんぞ」
「誰に?」
「あぁっ!?」
「いや、俺を殴れるほどの奴ってここに座ってるこの二人以外に見当たらないけど、他にどこにいるのかなーって思ってな?」
「てめえ、調子こいてると後悔するぞ!」
「だから誰に後悔させられるんだよ? 知ってるなら教えてくれよ」
おおっー、意外にもレビリスが煽るなあ。
周りの作業員たちは顔をしかめているが、積極的に止めてこようとする人はいない。
むしろ様子見って感じ?
「ぶっ殺されてえのかっ!」
さすがに尋常では無い台詞を吐いて激高したお兄さんを止めようと、俺が立ち上がりかけると、ロイドが俺の腕を掴んで止めた。
「いやいやライノよ。こんな餓鬼、レビリス一人で十分だってば」
おー、ロイドも一緒に煽ってる。
だけどまあ、このお兄さんは破邪でも何でも無い雰囲気だし、ちょっと腕っ節に自信があるからって破邪に喧嘩を売ってくるってのは、ただのバカなんだろうなあ・・・
「ンだとてめえらっ、まとめてぶっ飛ばすぞ!」
「出来もしないこと言うもんじゃねえぞ坊主?」
「このオヤジ、てめえもただじゃ済まさねえぞ! 表に出やがれっ!」
唾が飛んでるよ。
こいつの正面にいなくて良かった。
このお兄さんはパルミュナ目当てなので、俺も少し責任を感じてどう納めようかと考える始めた時には、レビリスが席を立って歩き出していた。
歩きながら首だけお兄さんに向けて顎をしゃくる。
「ほら早く来い。こっちはまだ晩飯の途中なんだよ。お前がトロいと飯が冷めちまうだろうが?」
すごいなあ・・・煽る煽る。
ちょっと日頃のレビリスらしくない感じだけど、余所者としては口を出さない方が良さそうな雰囲気だ。
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