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第二部:伯爵と魔獣の森
採掘場への道
しおりを挟む翌日、三人で中継所まで歩き、そこから採掘場へと登っていく馬車に便乗させて貰った。
中継所には立派な厩舎や関係者向けの宿泊所なども揃っていて、中々の規模だ。なんと、厩舎には治安部隊から預かっている軍用の魔馬までいるという。
レビリスの話によると、あの橋の事件というか『事故』以来、いざという時にフォーフェンとリンスワルド家の居城の間でスムーズに治安部隊の行き来が出来るようにしたと言うことらしい。
養魚場でも感じたことだけど、リンスワルド家の事業は概して使用人というか関係者へのケアが手厚いな。
「しばらくは退屈な田舎道を行くだけじゃからな、破邪さんたちは寝てたって構わんよ?」
御者のおじさんが、気を遣って言ってくれた。
俺たち三人にというよりも、俺の妹として紹介したパルミュナに気を遣ってくれているわけだが、なんであれ他人から優しくされるのは嬉しい。
「ありがとうございます。俺と妹は、ここに来るのは初めてなんで適当に景色でも眺めながら過ごさせて貰います。途中でなにか手伝うことでもあったら、遠慮無く言って下さい」
「破邪さんに雑役させるわけにはいかんさな」
「そんな大袈裟なことじゃないですよ。まあ何かあれば気軽に」
「おうさ。そんときは甘えさせて貰うかもしれんな。まあ、それまでのんびりしといてくれや」
便乗しているのは俺たち三人だけだけど、荷台には採掘場に運び込む様々な荷が載せられている。
一番多いのはやっぱり食料で、あとは道具類や雑貨か。
「毎日これくらい運び上げてるんだったら、結構な量ですね」
「空荷で馬車を走らせたって無駄じゃしなあ。それに山の上ってのは何が起きるか分からんじゃろ? 嵐や大雨の崖崩れで馬車が通れなくなることだってあるかもしれんから、麦や塩漬けみたいに保存できる食い物は出来るだけ貯めておけって指示だそうじゃよ」
「へー、さすが考えてますね」
「そりゃあ伯爵様直轄の事業じゃからな。伯爵様は、そこらの商人みたいに目先の金勘定しか見ないようなことはなさらんさ」
「なるほど」
中継所を出てしばらくは、川沿いの平坦な田舎道をひたすら進んでいくだけで馬車の揺れも激しくないし、慣れた人間なら本当に一眠りできてしまいそうだった。
俺にとっては初めて通る道なので、飽きずに景色を眺めていられるが、何度も往復している人にとっては確かに退屈なんだろう。
最初にレビリスからリンスワルド伯爵の居城がフォーフェンからはかなり遠い場所にあると聞いて、『なんで領主がそんな山の中に住んでるんだ?』と不思議に思ったが、実は、昔はこっちの方が豊かで栄えていたエリアなのだと聞いて驚きつつも納得した。
いま、実際にリンスワルド城方面へ向けて進んでいても、レビリスの言うとおりの雰囲気で、山中にありがちな暗さは欠片も無い。
もっと具体的に言うと、話で聞いていたとおり、両側を山地に挟まれているのは事実なんだけど、南の山の頂が低くてなだらかなので閉塞感が無いのだ。
馬車に便乗させて貰っている立場で、荷台でガヤガヤと話し込んでいる気にもなれず、周囲を眺めて過ごしていたが、レビリスが言っていたように、山あいと言えども川沿いの土地の幅が広く、ちょっとした野原なんかも広がっていたりして、本当に明るい雰囲気の場所だ。
街道の通っている部分は北側の山裾の縁に当たるのだが、山並み全体が東西に向かって大きく口を開いている形なので朝も夕も盆地全体の日当たりが良いんだろう。
やがて前方の左手に、街道から離れて木立の間を上っていくような道が見えて来ると、御者のおじさんがこちらを振り返り、指差して教えてくれた。
「あそこの分かれ道から左に上っていくと採掘場方面だ。真っ直ぐ進めば、デュソートって言う街を通り過ぎた先に、伯爵様のお城がある」
「ここから伯爵様のお屋敷まではどのくらいですか?」
「うーん、いまから馬車でこのまま行けば夕方頃にはデュソートに着くな。そのまま無理をすれば、深夜頃にお屋敷に着くじゃろう。歩きなら、途中の集落で宿を借りるか、どっかで野宿じゃな」
「途中に集落もあるんですか?」
「小さいがな。儂の知る限りは宿も農家の兼業だけじゃなあ」
「俺は余所者なんでよく知らないんですが、御領主様のお屋敷に通じてる道の割には、なんというか、その...ぶっちゃけ田舎道ですね」
「ああ、そりゃあアレじゃな。フォーフェンは東西南北の街道が通っとるから、こっちへの人の流れが少ないんじゃ。それに伯爵様のお屋敷からも、王都へ向かう方向は昔から栄えとった道じゃから集落も多いし人も物も沢山動くが、逆に王都から来たモノはほとんど伯爵様のお膝元のハースの街で止まるから、それもこっちまでは来ん」
「えっと...つまり、伯爵のお屋敷があるハースって処から養魚場までの間は、田舎のまま空白地帯みたいなもんだって事ですか?」
「そういうことじゃな。王都からフォーフェンに向かう人や荷物は、最初からこっちには来ずに南北の本街道へ出るからな。採掘場と養魚場が出来るまでは、キャプラ橋から東なんて地元民以外は通ることの無い道だったそうじゃぞ?」
「へえー。岩塩の鉱脈がずっと見つからなかったのは、そういうこともあったんですかね?」
「かもしれんなあ。あんな魔獣のわんさか出るような森に、好き好んで入っていく奴は普通おらんじゃろうしな」
「そんな、わんさか出るんですか? このあたりは明るくて雰囲気も良くて、魔獣なんて気配も無い感じですけどねえ...」
「ここらあたりはな。この街道を挟んで北と南に山があるじゃろ? あっちの南の山と森はいい場所じゃがな、儂らがこれから登っていく北の山は危ない場所なんじゃよ」
確かに、北側の山は南側よりも少し高くて岩がゴツゴツしてる感じだ。
下から見上げる感じでは木も少なそうだし、あの山の天辺付近となると北風が猛烈に吹き抜けそうだな。
いまから、その頂上付近にある岩塩採掘場に向かうわけだが、レビリスの言うとおり、見てるだけでも寒そうな場所だと思える。
「南と北で、そんな違うんですか?」
まあ、こう言うのはレビリスに聞けばすべて分かる話なんだけど、袖触れ合う人との交流も大切だからね。
自分から乗合馬車に混ざりたくは無いけど、世話になっている相手をないがしろにするのも気分が良くない。
「そうじゃなあ...南の森は豊かじゃし集落もいくつかあって、そこへ向かう道もこの先から分かれとるね。じゃが、北の山は南とは大違いでな、岩だらけの険しい地形と、根っ子がこんがらがって歩きにくい森と、北から吹いてくる冷たい風とで、なんつうかなあ...まあ、居心地の悪い場所っつう感じじゃな」
「大して距離も離れてないのに、そんなに違うもんなんですね」
「不思議じゃよなあ...だがずーっと昔からそうらしいから、まあ、そもそもの土地がそういう空気、なんじゃろうかね?」
空気か・・・
以前だったら、『土地の空気』なんて言われても、そんなモノかな?位にしか考えなかったけど、いまは真っ先に『魔力の奔流』と関係してくるのかどうかを考えてしまうな。
もっとも、こうして俺が御者のおじさんと話している間もパルミュナは、ぼーっと景色を眺めているだけだから、精霊的に特筆すべき事は無いのかも知れないけどね。
そうこう話している間に馬車が分かれ道に差し掛かり、御者のおじさんは馬を左の脇道へと進めた...と言うか、馬も分かってるから最初から左の道に行こうとしかしていないな。
「さてと。こっからは、グングン登っていく山道なんでな。揺れも激しくなるから、お嬢ちゃんもしっかり掴まっといてくれな!」
「はーい!」
なんか旧街道から戻って以来、パルミュナの周囲の人々に対する当たりが柔らかくてとても良い。
出来れば、ずっとそのままでいて欲しいぞ。
++++++++++
俺たちの乗った馬車が北の山へと登っていくに従い、心なしか周囲を流れる魔力の気配が濃くなってきているような気がする。
魔力、それも特に濁った魔力の場合に顕著だけど、『澱む』とか『溜まる』と表現することが多いのは、実はイメージだけではなく現実の事象にも即していて、湿気た空気のように低い所に固まりやすい。
洞穴の中とか地下室のような場所はもちろんだけど、窪地とか周囲を高い壁や生い茂った木々で囲まれたような場所でも、風通しの良い開けた場所に較べて濁った魔力が溜まりやすいというのは、破邪の間では常識だ。
ひたすら採掘場へと登っていくこの道は、森の中を抜けたり深い谷筋に沿って巻いていったりと景色に変化はあるものの、決して風通しの悪い道筋じゃあ無い。
それなのに、高いところに登っていくに従って魔力の気配が濃くなっていくというのは、ちょっと珍しい場所だな。
「なあレビリス...言っちゃあなんだが、この辺りって本当に魔獣がひょいひょい出てきそうな雰囲気じゃないか?」
「まあね。これまでのところ、馬車に襲いかかってくるようなデカブツがこの道に出たことはないけどね。小さな連中ならゴロゴロしてるし、実際に行き帰りで見かけることもしょっちゅうさ」
『これまでのところ』か。
あー、これはレビリス特有の物言いだな。
レビリス自身は、いずれそんな状態になってもおかしくない、と思ってる感じだろうね。
養魚場でもバイロンさんが『伯爵家の森にウォーベアが出た』ことを話してたし、魔獣を見かける機会が増えてきたという事も言っていた。
伯爵家の森って言うのは、要するに領主様の『御用狩場』の事だろう。
手入れの行き届いているはずの御用狩場にウォーベアのような大物が出るって事は、そうとうに魔力が乱れているのか、それとも、何らかの理由で、この辺りが本来そういう土地なのか・・・
なんだか不穏な空気を感じてしまう。
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