上 下
67 / 916
第一部:辺境伯の地

<閑話:ライノの疑問>

しおりを挟む

: 前にパルミュナもアスワンも、人の考えとか感覚とかよく分からないみたいに言ってたけどな、それって逆の立場でも同じなんだよ。

: 逆ってー?

: 人にとっても、精霊の感覚や考えはよく分からないってことだ。大精霊を良い存在だと信じてるけど、でも理解してるか? って聞かれたら、全然だって答えるよ。

: そっかー。

: まあ、パルミュナがやたらと俺のことを茶化してくるのだって、別に悪い気持ちで受け取っちゃあいないんだよ? 
ただなあ、その場の方便だとしても妹だ従妹だ妻だ夫だ結婚だとか揶揄われてもさ、精霊たちって人の使う言葉の意味をちゃんと捉えてるのかなーって思っちまう。

: えーっ!

: えーじゃないわ。当然だろう?
だいたい、俺とパルミュナが一緒に旅をするようになって、まだそんなに経たないだろ?
別に変な意味で聞くんじゃ無いけど、なんでそんなに俺と結婚するだの王都で一緒に暮らすだのって『設定』を面白がってるんだ?

: だってこんにゃく者だしー。

: 噛んだな。
正直、最初は単純に面白がって俺を揶揄ってるだけだと思ってたんだけど、お前にとって、なんか違う意味でもあるのか?

: ライノは、これまでの勇者と違うかなー。

: 答えになってないぞ。
それに、俺の持ってる魂は昔の勇者と同じなんだろ?

: 芯が同じだからガワも同じとか、同じ種からは同じ果実が実るってわけじゃないわよー。

: それはそうかもしれんが...でも、どう違うっていうんだ?
はるかに弱いとかなら自分でも納得せざるを得んけどな!

: そんなこと言ってなーい。
勇者に限らないけど、アタシたちと出会った人たちってさー、みんな、アタシたちがいくらやめてって言っても『大精霊サマー!』なんて傅かれたりして、気分よくなかったの。

: あー、まあレビリスですら、最初は跪こうとしたもんな...

: ライノはねー、アタシを『心配』してくれたの。
これまで会ったことのある人族なんて、一人残らず、アタシが大精霊だって分かったら、ひれ伏すとか、崇めるとか、あと、お願い事をしてくるとかー?

: そんなもんだろ? 相手は大精霊なんだから。

: みんな『問題を解決して欲しい』って言ってくるばかりでさー。
そうじゃなくてライノみたいに、寒くないかとか、お腹は空いてないかとか、甘いものが好きだろうとか、力は足りてるかとか...
精霊への奉伺ほうしとかじゃなくってさー、存在としてのアタシ自身を気遣ってくれた人なんて初めてだったよ?

: そんなもんかなあ?
具が大精霊っても、ガワが小さな女の子だったら気遣うのは普通だろ?

: 『具』ってなによ、具ってー。
こんな可愛い女の子を揚げパンみたいに言わないでよねー。
まーともかく、ライノがアタシに頼むことって、勇者って仕事の中で必要なことだけで、自分自身の問題を解決して欲しいなんて、一度も言ったことないよね。せいぜい『お湯沸かしてー』くらいじゃない?

: まあ、確かに湯沸かしは毎日頼んでた自覚がある。

: アタシにとって、『人』から自分のこと心配されるなんて、この世界に生じてから初めてのことだったなー。
他の人たちみたいに、不治の病を治してとか、畑を豊作にしてとか、戦争を終わらせて、とか、アタシたちに出来もしないことじゃなくて、お湯沸かしてって頼まれたのも初めてー。

: ...うむ。一応、悪いかな? って気持ちもあったけどな。

: 精霊はさー、人族とは生まれが違う...住んでる世界が重なってるけどズレてる。
だから人族には見えないものが見えてたりー、人族とは違う力を振るえたりもするけどさー、精霊に出来ない事は沢山あるし、人族の方ができることも強いってこともたくさんあるのー。
だって精霊が人や世界を作ったわけじゃないし、あたしたちだって人族と同じように、ただこの世界に生まれ落ちたってだけー。

: そういやアスワンもそんなこと言ってたな。

: 要は、大精霊なんてそこまで大層なものなんかじゃないのさー。
精霊なんて結局、みんな自分が好きなこと、やりたいことをやってるだけだしねー。
そこはちびっ子たちと本質的に変わらないのよー。
ただ知恵があるから色々複雑なことをしてるってだけ。

: ひょっとしたらだけどな、もしも最初に出会ったのが泉で馬鹿なことをしでかしてるパルミュナじゃなくて、アスワンだけだったとしたら、俺も『大精霊様の御意に!』なんて言うような接し方になってないとは、言い切れない、のかな...

: ライノはきっと、そうはなってないと思うけどなー。
アタシがいなくても、今頃はレビリス相手みたいに、大笑いしながらアスワンの背中をバンバン叩いてるんじゃなーい?

: うーん、どうだろう? 微妙だな。
まあ、いまにして考えれば、最初にパルミュナが俺に声をかけてきたのは、結果として良かったのかもしれないな。

: どーしてー?

: だって、あれで『無条件に大精霊を敬う』とかいう気持ちが生まれるわけないからな!

: それって、ほめてるー?
: おう!
: うそつきー!

: 言い方が悪かったな。ほめてるんじゃなくて感謝してる。
最初に出会ったのがパルミュナで良かったと思ってるよ。

: ...

: どうした?

: アタシはねー、この世界に生じて初めて『現世うつしよ』でも関わりを持ちたいと思った相手がライノだったっていうだけー。

: それは...まあ俺はありがとうっていうところだな。
ちょっと照れるけど。

: 仮に、『嫌い』と『憎い』っていう心から生まれたのが魔物だとすればさー、逆に何かを『好き』という気持ちから生まれてるのが精霊だからさー。
だから好きって気持ちは精霊にとって大切なの。

: なるほど。

: でも、好きっていうのは、別にライノが言うような『善の心』とかじゃないのさー。
ただ好きなだけなんだー。
精霊は人の基準で言う『善いこと』 をしてるわけじゃなくってさー、『好きなことや面白いこと』をしてるだけなんだもの。

: 善かどうかは、好きってのが、どういう意味かにもよるよな?

: 自分の周りにある何かが、消えたり滅んだりすることを望むって言うなら、それは嫌いってことでしょー?

: まあ、そうなるか。

: 好きって言うのはその逆なの。自分の周りにある好きなモノが、ずーっと続いて欲しい、もっと増えて欲しい。そーいうこと?

: うん、それは分かる。それは人の感覚でも同じだろう。

: だからー、嫌いには終わりがあるけど、好きには終わりがないの。

: いや、だからーってなにが、だからー、なんだ?

: 嫌いはさー、自分の嫌いなモノの最後の一個が消えちゃえば、もう、そこでおしまーい。
だって嫌う対象が全部消えちゃってるんだから。

: おお、それは確かに!

: でも、好きはどんどん増えていくから終わりがないの!
善も悪も関係なくて、ただそれだけなのー。

: なるほどなー。そういうもんなのか。

: うん、そういうものなのー。

: 俺が聞いたことに答えて貰ったのかどうかも、よう分からんけどな。まあいいか。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

旺盛王子のお気に召すまま

優那
ファンタジー
ソルミア王国という、五十もの小国からなる大国がある。 その国には、王子が20歳になると身分を隠し、従者となる二人の騎士と 癒し人を連れ、大国を見聞する旅が義務付けられている。 ソルミア王国には三人の王子がおり、末の王子が20歳になるため二人の騎士と 一人の癒し人が選ばれた。 好奇心旺盛な第三王子、心優しき騎士、腕は立つが無愛想な騎士、そして 食べるの大好きな、天真爛漫娘の癒し人。 四人の見聞旅の物語。

幼い公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~

朱色の谷
ファンタジー
公爵家の末娘として生まれた6歳のティアナ お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。 お父様やお兄様は私に関心がないみたい。愛されたいと願い、愛想よく振る舞っていたが一向に興味を示してくれない… そんな中、夢の中の本を読むと、、、

【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。

BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。 辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん?? 私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?

好きでした、さようなら

豆狸
恋愛
「……すまない」 初夜の床で、彼は言いました。 「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」 悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。 なろう様でも公開中です。

虐げられた武闘派伯爵令嬢は辺境伯と憧れのスローライフ目指して魔獣狩りに勤しみます!~実家から追放されましたが、今最高に幸せです!~

雲井咲穂(くもいさほ)
ファンタジー
「戦う」伯爵令嬢はお好きですか――? 私は、継母が作った借金のせいで、売られる形でこれから辺境伯に嫁ぐことになったそうです。 「お前の居場所なんてない」と継母に実家を追放された伯爵令嬢コーデリア。 多額の借金の肩代わりをしてくれた「魔獣」と怖れられている辺境伯カイルに身売り同然で嫁ぐことに。実母の死、実父の病によって継母と義妹に虐げられて育った彼女には、とある秘密があった。 そんなコーデリアに待ち受けていたのは、聖女に見捨てられた荒廃した領地と魔獣の脅威、そして最凶と恐れられる夫との悲惨な生活――、ではなく。 「今日もひと狩り行こうぜ」的なノリで親しく話しかけてくる朗らかな領民と、彼らに慕われるたくましくも心優しい「旦那様」で?? ――義母が放置してくれたおかげで伸び伸びこっそりひっそり、自分で剣と魔法の腕を磨いていてよかったです。 騎士団も唸る腕前を見せる「武闘派」伯爵元令嬢は、辺境伯夫人として、夫婦二人で仲良く楽しく魔獣を狩りながら領地開拓!今日も楽しく脅威を退けながら、スローライフをまったり楽しみま…す? ーーーーーーーーーーーー 1/13 HOT 42位 ありがとうございました!

またね。次ね。今度ね。聞き飽きました。お断りです。

朝山みどり
ファンタジー
ミシガン伯爵家のリリーは、いつも後回しにされていた。転んで怪我をしても、熱を出しても誰もなにもしてくれない。わたしは家族じゃないんだとリリーは思っていた。 婚約者こそいるけど、相手も自分と同じ境遇の侯爵家の二男。だから、リリーは彼と家族を作りたいと願っていた。 だけど、彼は妹のアナベルとの結婚を望み、婚約は解消された。 リリーは失望に負けずに自身の才能を武器に道を切り開いて行った。 「なろう」「カクヨム」に投稿しています。

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

知らない世界はお供にナビを

こう7
ファンタジー
私の異世界生活の始まりは土下座でした。 大学合格決定してからの帰り道、一ノ瀬楓はルンルン気分でホップステップジャンプをひたすら繰り返しお家へと向かっていた。 彼女は人生で一番有頂天の時だった。 だから、目の前に突如と現れた黒い渦に気づく事は無かった。 そして、目を覚ませばそこには土下座。 あれが神様だって信じられるかい? 馬鹿野郎な神様の失態で始まってしまった異世界生活。 神様を脅……お願いして手に入れたのはナビゲーター。 右も左も分からない異世界で案内は必要だよね? お供にナビを携えて、いざ異世界エスティアへ! 目指すはのんびり旅の果てに安住の地でほそぼそとお店経営。 危険が蔓延る世界でも私負けないかんね! シリアスよりもコメディ過多な物語始まります。

処理中です...