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第一部:辺境伯の地

妖しい雰囲気のワケ

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街道一帯に奇妙な雰囲気が漂っているとは言え、それ以上のことは特になにもない。

レビリスと一緒に歩いている間はパルミュナと相談するのも憚られて、そのまま昨日と同じようにレビリスの『フォーフェンの破邪あるある&ミルシュラント公国豆知識』を聞きながら歩き続けた。

まあ、俺とレビリスは破邪同士だから、エドヴァルとミルシュラントの破邪事情の情報交換っていう感じもあって、互いに有益でもある。

「お兄ちゃん、タウンドさんと話してばっかりー!」

多分退屈したのだろうパルミュナが、三人で歩き始めて以来、初めてほっぺた膨らましポーズを披露した。
俺を退屈しのぎのネタにするのはいいんだけど、どうしてワザワザそういう面倒な絡み方をするかな?

「ごめんね妹ちゃん。それと『タウンドさん』じゃなくってレビリスって呼び捨てでいいからね? あと、ハニーとかダーリンとか呼ぶのも歓迎だからさ?」

「そういうのはいいですー!」
レビリスの言い方に嫌みが無いので、パルミュナも笑って言い返す。

結局、心の中にモヤモヤとした違和感を抱えたまま歩いて今日の宿に着き、食事を済ました後に二人で部屋に戻ってから、ようやく俺はパルミュナに今日のことを問いかけた。

「なあ、今日のあの雰囲気、なんだったんだ?」
「んー、やっはりライノもひづいたひょねー。ほんなかんりがしてたー?」
「ちゃんと噛んで飲み込んでから話せ」

旧街道を歩き始めてから急に食事の内容が簡素になったせいか、昨日今日と、パルミュナは部屋に戻ると早速ジャムの壺を取り出して、俺の持ってきた堅パンに塗って食べていた。

「それがなあ...なんか言葉に出来ない感じなんだよ。妙、とか、変、とかは言えるんだけどさ、『なにが?』って聞かれても答えられないかなあ...少なくとも、特別悪い気配がしたとか、嫌な感じがあったとかってことは無いかな」

「あー、多分、それでいいと思うなー。精霊の感覚としては真っ当って感じ?」

「そうなのか? でもその正体が全然わからん」
「あれはねー、精霊がいなくなってたの」
「えっ?」
「今日、歩いてきた道の途中、ライノがちょっと変な顔をして私の方を見たでしょー?」

「変な顔とはなんだ、変な顔とは」
「じゃー、いつも通りの顔ー」
「どういう意味だ。いや、まあ冗談言ってる場合じゃなくて、あの時だよな?」
「うん、二人で見つめ合った時ねー」
「目が合った時と言え」

「あの手前辺りからかなー、ちびっ子たちがどんどん減っていって、急に周りにいなくなっちゃったの」
「それは一体、どういうわけなんだ...?」
「わかんなーい。別に、いづらいような嫌な場所でもなかったし、変な魔力が澱んでるわけでもなかったしー...気分?」
「場所は悪くないのに、そういう気分でちびっこたちが一斉に姿を消すことってあるのか?」

「...無いかなー」

「じゃあ違うだろ!」
「だねー。じゃあ追い出された?」
「精霊を追い出したって言うのか? 出来るのか、そんなこと」
「意味ないと思ってたけど、もしライノが言ってた方法があるんだったらできるかなーって」
「精霊を追い出す方法? 俺、そんなこと言ったか?」

「魔物の方の話さー。アタシが結界を張ってラスティユにちびっ子たちを集めて居心地良くしてあげたようにねー、逆に、みんながあの場所から出てっちゃう流れを好きなように作れたら、追い出せるんじゃないかなーって」

「ああ、確かにな。追い出す意味とかは置いといて、少なくとも、それが出来るんなら精霊を意図的に移動させることも出来るか...ん? 待てよ...狙ってやったことじゃなくて、ただの結果だって可能性もあるよな?」

「結果?」

「そうだよ、結果的にそうなったってだけ。精霊を集めたんでも追い出したんでもなくて、最初にルーオンさんの家で話したみたいに、『澱んだ魔力を集めた』結果として、それを嫌ったちびっ子たちが、勝手にあの場所から出て行っちゃたって感じだ」

「それはあるかもだけどー、今日のあの辺りには、澱んだ魔力なんて全然なかったよー?」

「密度の高い魔力の澱み...そうだな、仮に『吹きだまり』って呼んどこう。で、その吹きだまりを、もしも好きな場所に自由に作ったり散らしたり出来るならどうだ? 吹きだまりを生み出した時点でちびっ子たちは嫌がってそこからいなくなっちまう。でも、吹きだまりを散らしてしまえば、後には痕跡はなにも残らない...だろ?」

「じゃー、旧街道に来た破邪がいくら調べても、澱んだ魔力の溜まり痕は見つからなかったって、そーゆーこと?」

「ただの想像だけどな。魔物を生み出せるくらい大量に、澱んだ魔力を一カ所に集めておいて、なにかの手段で本当に魔物を出現させる。それで用が済めば吹きだまりを散らして証拠隠滅だ。どうだ? ありえそうな気がしないか?」

「あり得るかもしれないけどー、それ、すっごい大量の魔力がいるよねー。人族にそこまで出来るかなー?」

「知られてる方法じゃ出来ないかもしれない。でも、誰にも知られてない方法がないとは断言できないと思う。魔法使いって、あんまり自分の編み出した技を人に教えないしな」

「商売道具だもんねー。職人の技術ってー!」
「ま、近いな。自分の弟子にしか伝えないって感じだろ」

それ以上は特に思いつくこともなく、後はいつものようにくだらないおしゃべりを少し続けてから眠りについた。

++++++++++

翌日、宿を出た俺たちは、再び南へと進んだ。

レビリスの話によると、今日、泊まる予定の村がある辺りからは、エッシ川の向こうに廃墟となっているガルシリス辺境伯の居城跡が見えるそうだ。

気配というか雰囲気の方は、程度の差こそあれ昨日のような場所を何度か通り過ぎたが、そういうところに差し掛かったときにパルミュナの方を見ると、向こうもやっぱりこちらに顔を向けて視線で肯定するので、俺の感覚も大体はパルミュナと一致しているらしい。

「いま見つめ合ったー!」
「やかましいわ」
レビリスが少し離れてるときは、そうやってからかってくるのがちょっと面倒だけど。

お互いに馬鹿なことを言いながら歩いたり、レビリスによる『街暮らしの破邪ならでのぼうけん譚』を聞いて二人で笑ったりしながら、旧街道をひたすら淡々と歩いて行く。

それにしてもレビリスの話しぶりって、やっぱりラキエルとリンデルの従兄弟なんだなって思わせる雰囲気がある。
『ぼうけん』の話を聞いていても、人生が結構楽しそうだし。
女性運に恵まれているとは言い難そうだが、これは俺に言えた筋じゃないしな・・・って言うか、女性の扱いに長けた破邪なんて存在するわけないから!

そんなこんなで歩き続けた午後の遅め・・・

「多分、この辺りで一度、化け物の目撃があったはずだ」
レビリスがそう言うのと、俺とパルミュナが顔を見合わせるのが、ほぼ同時だった。

昨日と一昨日で通過した地域にも、化け物の目撃談の出た場所はあったんだけど、三人とも、まずはガルシリス辺境伯の居城跡が目的地で、ただの目撃場所を調べても、どうせ証拠はなにも出ないだろうと思っていたし、目撃場所は街道から離れているようなので、わざわざ立ち寄らなかった。

でもここは街道沿いで、しかも『精霊がいない土地』だ。

見られることを狙ってやってるのでも無い限り、一時的に『吹きだまり』を作られた場所で生み出された魔物が全て村人に目撃されてるなんてはずはない。
そう考えると、ここまで歩いてきた中で時折通り抜けた、精霊のいない場所って言うのは、やっぱり魔物を生み出した吹きだまりの痕跡だったんじゃないだろうか?

たまたま通りかかった人がいなければ、それは誰にも見られずに消えていった、というのも多いだろうしな。

俺は、昨夜パルミュナと話したことに、ある種の確信を深めた。
まあ、吹きだまりを生み出したり、そこに魔物を発生させたりする具体的な手段は分からないままだけどさ・・・それはガルシリス城の廃墟を調べてから考えるとしよう。

++++++++++

少し日が傾き始めた頃になって、レビリスがエッシ川の向こうの小高い丘を指差して言った。

「あの丘に辺境伯の居城跡があるんだ。いまは街路樹の陰になっているけど、もう少し歩けば崩れかけた塔とか城壁とかが見えてくるよ」

今日もぽかぽかいい天気だ。
春先のエドヴァルでは割と雨がよく降ってたんだけど、コリンの街を越えてからは一度も雨に降られてない。

そんな素敵な日和のはずなのに、俺とパルミュナは進むにつれて表情が硬くなるのを否めなかった。
『精霊がいない土地』に特有の雰囲気がどんどん頻度を増して、レビリスが丘の方を指差してからは、もはや途切れることなくずっと続いている。

そこから更にしばらく歩くと木立の合間から、徐々に小高い丘の上に黒ずんだ塊が見え始めた。
城跡の廃墟だ。

「あれさ! あれがガルシリス辺境伯の元居城。そんで、俺が勝手に今回の騒動に関わりがあると思ってる二百年前の廃墟」

「俺たちが、な」
そう訂正すると、レビリスはちょっと嬉しそうな顔を見せた。

パルミュナの顔を見ると、不機嫌というわけではないが、なんとも言いがたい表情をしている・・・そうだなあ、まるで、パン袋を開けたら中から虫が飛び出してきた、みたいな感じの顔だ。

確かに、俺にも嫌な感じは伝わってくる。
もちろんこれまででも一番で、さっき通り過ぎた化け物の目撃があった場所よりも全然強烈だ。
これって、単に精霊のちびっ子たちが周辺からいなくなってるってだけじゃないだろ? だって『微妙な雰囲気』がするとかじゃ無くて、明確に『嫌な感じ』がするんだから。

不思議に思っているとパルミュナが俺の手をとり、指同士を絡めるようにしてぎゅっと握ってきた。

えっ? っと思うまもなく周囲の景色の色合いが変わる。

これは精霊の視点だ。
この前、街道筋で見せてくれたときのように鮮明じゃないけど、十分に様子は分かる。

その視点の中に佇むガルシリス城の廃墟・・・

ひとかけらのちびっ子も見えない原野の中、小高い丘に立つ黒々とした廃墟からは、どす黒く濁った雰囲気を持つ魔力の奔流が吹き出していた。
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