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第一部:辺境伯の地
レビリスという男
しおりを挟む昼食後の予想もしてなかったパルミュナの話と精霊世界の見学?が一息ついてから再び歩みを進め、夕方近くにパストの街にたどり着いた。
もちろん途中でリンスワルド領からキャプラ公領地へと領地を越えたわけだけど、街道沿いに関所の類いはなにもない。
『かつて関所だったらしき』石造りの門と、それにくっついた衛士の詰め所のようなレンガ造りの建物はあったのだが、長らく使われている様子はなく、あたりに人の気配も全くなし。
道端に立っていた、キャプラ公領地とリンスワルド伯爵領の境目を示す標識のようなものが目に入らなかったら、領地の境を越えたことにすら気がつかなかっただろうな。
パストは、こじんまりとした街だった。
いまでは、大きな二つの街道の四辻というかつての位置づけを失い、旧街道に進む人たちの目印みたいな存在になってしまっているそうだが、古くからの街らしく、小さくてもそれなりに街の体裁が整っている。
それに、東西の大街道を通る人や馬車は結構多いので、決して賑わいがないわけじゃない。
フォーフェンの街がでっかく急成長して混雑しているから、比較すると小さく静かに見えるという感じか。
実際、キャプラ橋が出来てフォーフェンの街が成立するまでは、パストの街が東西南北の街道の交差点として栄えてたわけだし、フォーフェンの四つ辻に市が立つようになった初期の頃も、最初はここから出張っていた商人が多かったらしい。
++++++++++
ちなみに、ここではフォーフェンの破邪衆寄り合い所が紹介してくれた宿に一晩泊まるんだが、宿代は依頼費込みだ。
本来の依頼で出る経費は『破邪一人分』だが、そこはウェインスさんが気を利かせてくれて、今回の旅程ではパルミュナの分も全部込みにしてくれることになってる。
単純に、旧街道を調べる日数分だけ余計にかかると思っていた路銀の心配がかなり減ったのでありがたい。
寄り合い所にいた破邪の中には、『えっ、妹ちゃんも連れて行くの! 危険だから調査の間は、妹ちゃんにフォーフェンで待ってて貰った方がいいんじゃないのか?』 とか言ってた奴もいたけど、無視だ無視。
おおよそ考えてることがダダ漏れだしな。
他の連中もこっそり苦笑してたぞ?
もちろんパルミュナも、そんな発言自体が存在してないかのように無視してたさ。
とりあえず宿に入って部屋に案内して貰い、荷物を解いて一息つく・・・
と言っても、フォーフェンから一日歩いたに過ぎないし、別に疲れるほどの要素もないんだけどね。
ま、フォーフェンではいい宿に連泊して連日美味しいものを食べて腰を落ち着けた感があったから、一日歩いただけで『旅路に戻った』っていう意識になるのは仕方がないさ。
荷物をほどき、その中から、ウェインスさんに貰った旧街道沿いの地図を出した。
パストの街から南下して旧街道を少し進むと、昔の倹約したがる商人たちが使っていたという山道の一本に入る。
その道は、俺たちがラスティユの村まで進んだ道とは別で、途中の分かれ道で降りなかった方の道と、どこかで合流しているはずだ。
そこの山道への分岐点より北側の旧街道では、魔獣の目撃騒ぎはない。
もし、何か旧街道に秘密が隠されているとすれば、怪しいのは、その分かれ道からさらに二日ほど南に歩いたところにある、ガルシリス辺境伯の『元居城』だろうか?
立て籠った一族の誰かが油を撒いて火をつけ、城と一緒に焼け死んだという場所だ。
最初にマスコール村のルーオンさんからガルシリス辺境伯による叛乱騒ぎの逸話を聞いたとき、俺の中ではその居城だった処こそが、旧街道の魔獣騒ぎの中心なんじゃないかって言う予想があった。
ところが、昨日フォーフェンの破邪衆の寄り合い所で教えてもらった情報によると、魔獣か魔物か、とにかく地元領民による化け物目撃談の現場は、旧街道のあちこちに散らばっていて、時期もバラバラ。
城自体は焼け落ちてから再建されることもなく、そのまま廃墟になっているそうだが、地方長官のエイテュール子爵家も、もう二百年くらいか? そのまま全く手をつけずに放置しているってことは、よほど面倒な状態なのか、そもそも大して立地の良い場所に建っていたわけでもないのか・・・
どっちなんだろうな?
地図を眺めながらそんなことを考えていると、ぼんやりと二階の窓から外を眺めていたパルミュナが、こちらに向きなおった。
パルミュナが背にしている窓の外には、道を挟んだ向かいの建物と、その向こうの少し赤みがかった空が見えている。
そろそろ、ここの街並みも夕暮れの色に濃く染まってくる時間だな。
街道の通っているこの辺りは、東も西も開けた平原地帯なので、夜明けは早くて夕暮れは遅いが、明日から旧街道を下ると東側に山並みがくるので、きっと日の出は少し遅くなる感じだろう。
夕焼け特有の温かみのある日差しが窓枠から斜めに射し込み、パルミュナの銀色の髪の毛を逆光気味に輝かせていて美しい。
髪の毛がな。
「ご飯どうするー?」
まずそれかよ。
まあ確かに、これ以上暗くなってしまってから、薄暗い食堂で料理の姿もよく見えずにボソボソと食べるのも嫌か。
客の少なそうな宿屋が、食堂を煌々と照らしてるってのは考えにくいもんなあ・・・今日は昼が遅かったから、まだそれほど空腹ってわけでもないんだけど、とりあえず晩飯にするか。
「この宿屋は小さいし、入る時に見た感じだと食堂も申し訳程度だったな。頼めば出してくれるだろうけど、近所の店から取り寄せるんじゃないかなって思う」
「だったら、外のお店を自分たちで選んだほうがいいかなー?」
「そうだな。暗くなる前に、ちょっと近所で探してみるか」
「おー!」
例によってパルミュナに泥棒よけの結界を張ってもらってから二人で外に出る。
流石にパルミュナも昨日からはジャム壺を持って出ようとはしない。
て言うか、あれ結構重いだろ。
宿屋の主人に部屋の鍵を渡して通りに出ると、仕事仕舞いの人々がざわついている時間帯だった。
農夫や普請関係の人足はとっくの昔に仕事を上がっているだろうから、いま家路を急いでいるのは荷運びや商店関係の雇われかな?
「よっ、元気ー?」
いきなり背後から声をかけられてビックリして振り向くと、そこには昨日、『妹ちゃん~』とやたらパルミュナに絡んでいた優男がニコニコしながら立っていた。
「はあっ、あんた、こんなところで何やってんだ?」
「いやー、俺も一緒に連れてって貰おうかと思ってさあ。寄り合い所の依頼だったらこの宿に泊まるはずだから、早めに来て待ち構えてた!」
なんだよそれ、楽しそうに言ってんなよ・・・
「おい、悪い冗談はやめてくれよ? あんたがどう思ってるのか知らないけど、俺たちだって遊びで行くつもりじゃないんだぞ」
「あー、俺がどう思われてるかは、なんとなく分かってるんだ。どうせ妹ちゃん狙いだろって。まあ、それはそれで可能なら嬉しいけど、そうじゃないんだよ」
「不可能だよー? だって、あたしはお兄ちゃんと結婚するからー! アタシは妹って言ってもホントーは従妹だから結婚できるのー」
いきなりパルミュナが空気を読まずに口を開く。
まあ、この設定はラスティユの村の時と同じだから、今更どうこう言うようなもんでもない。かな?
「うん、俺もなんとなくそんな風じゃないかなって思ってたよ。昨日の二人の雰囲気を見ててさ」
「じゃあ、なんでだ?」
「昨日さ、妹ちゃんに『危ないからお兄さんが戻ってくるまでフォーフェンの街で待ってれば?』って言ったのは本気なんだ。あそこにいたみんなは気がついてなかったっぽいけど、俺は妹ちゃんの魔法の力が結構強いのは本当だと思ってる」
「なのに、か?」
「それでも、さ」
「意味が分からん」
「クライスさん、あんたが相当に強いだろうってことも分かってる」
「さん、なんかつけなくていいよ」
「じゃあクライス。あんたならそこらの魔獣に後れを取ることはないだろう。妹ちゃんも、魔法で戦えば大抵の魔物は討伐できるんじゃないかな?」
「自信過剰にはならないように気をつけてるよ?」
「そんなことが言いたいんじゃないさ。いまのは本音だ。魔獣も魔物も、二人一緒ならまず問題ないだろうさ...」
「じゃあ、なにが言いたい?」
「でもさ、もしも戦う相手が『人』だったらどうだろう?」
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