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第一部:辺境伯の地
精霊の見ている世界
しおりを挟むパルミュナの下げていた印の出所を追及するだけのつもりが、思いもかけずに十八年間も謎のままだった俺の実の両親について知る羽目になってしまった。
『思いがけない話』って言うのは、まさにこういうやつのことを言うんだと思うよ。
実の両親が政敵に命を狙われて逃げていたとか。
その逃避行の最中に生まれたのが俺だったとか。
赤ん坊だった俺が殺されないように、実は母親の部下だったあの父さんと母さんに託されて離ればなれになっていたとか・・・
俺を産んだ母親はアルファニア王国貴族のエルフで、実の父親は今の俺と同じ、エドヴァル出身の遍歴破邪。
そして俺は、たぶん南方大森林のどこかあたりで二人の間に生まれたハーフエルフで、政敵の追跡から身を隠すために、人間族の村に混ぎれこんだエルフの育て親に匿われていた、と。
ややこしいな・・・
でもまあ、それが俺なんだ。
色々とショックを受ける内容でもあったけど、でも、改めて俺を育ててくれた父さんと母さんのことを、ちゃんと思い返す機会にもなって良かったかもしれないな・・・
実の両親の名前も分かったし、母親は貴族だって言うから調べればすぐに身元も分かりそうだけど、いまはまだいいや。
しばらくは、心の中でそっとしておきたい。
「なあパルミュナ、お願いがあるんだけど?」
「へー、なにー?」
「この印は、お前が持っててくれないか?」
「えっ、なんでー?」
「いや、なんか分からないけど、そうして欲しいんだよ」
「...わかったー」
パルミュナは俺の手から印を拾い上げると、再び自分の首にかけて服の内側にしまった。
パルミュナの優しさのおかげもあってストンと飲み込めた気がするし・・・ついでと言ってはなんだけど、以前から何度か言われて気になっていたフレーズが、さっきのパルミュナの言葉の中にも出てきていたので尋ねてみる。
「なあ、さっき、『精霊と人じゃ見えてる世界が違う』って言っただろ? 前にもそんなこと言ってたと思うけど、それ、どんな風に違うんだろうな?」
「んんん? 違いの具合って意味?」
「だって、パルミュナやアスワンには、人族の見てる世界も、精霊の世界も、両方が見えるわけだろ? だったら、それを二つ並べて比べればさ、どう違うのか表現できるのかなって思ってな」
「あー、そうねえ...ライノの言う意味は分かるんだけどー、それって言葉にするのが難しいって感じかなー」
「そっか、変なこと言ったな、すまん」
「ううん、アスワンは、そういう認識?だっけ、の差っていうかズレも理解し合えないおっきな原因になるって言ってた...うん、じゃあ見せてあげるよー!」
「え、そんなこと出来るのか?」
「まかせてー」
「おおう、じゃあ頼んだ」
「よし、じゃあライノのお膝に乗っけてねー」
「は? いきなり何言ってんだ? 馬鹿言ってんなよ」
「冗談とか、からかってるんじゃなくって、その方がいいんだってばさー」
「...そうなのか? マジだろうなあ?」
「大マジー」
まあ、パルミュナは泉から湧き出すように嘘をつく奴だけれど、これまで本当と言ったことは全部、本当だった。
瓦礫の上で足を揃えて座り直し、なぜかおすまし顔のパルミュナを引き寄せて、そっと膝というか太ももの上に座らせる。
「えへー」
「なんだよ?」
「お兄ちゃんのお膝の上って、いい感じー」
「二人きりの時はお兄ちゃん呼び禁止!」
「えーっ! ひっどーい」
だらっとこちらに寄りかかってくるパルミュナの顔は、俺の顎の下にあって前を向いているので、頬っぺた膨らまし顔は見えない。
「冗談だ。好きなように呼べよ」
まあ俺も、だんだんとパルミュナを『おっきな』妹のように思いつつあることは否めないけどな。
「途中で急に体が離れると良くないから、アタシの腰を手を回してしっかり支えててよー」
「ああ、わかったよ」
パルミュナの細い腰にそっと両手を当てて押さえるようにする。
「もっとしっかり抱えててー!」
「はいはい」
パルミュナを後ろから抱きかかえるようにして腕を回した。
「じゃあ、目を瞑っててねー」
パルミュナはそういうと、両手を自分の頭よりも上に差しあげ、下から俺の後ろ頭を抱え込むように絡めた。
自然と俺の頭はパルミュナの頭の方に引き下げられて、顎がパルミュナの頭頂部に引っ付く。
目を瞑っていても、細くて柔らかなパルミュナの髪の毛を顎に感じてこそばゆい。
あー、この体勢・・・なんて言うか、街道から見えない場所に座っててホントによかったな。
「いっくよぉー!」
気の抜けたようなパルミュナの声とともに二人の周りを魔力が渦巻き、周囲の気配が変わるのが分かった。
「このまま動かないでねー...じゃーもう目を開いてもいいよー」
目を開けると、そこには俺が見たことのない風景が広がっていた。
「アタシもライノも座ったまま、指ひとつ分も動いてないのよー。ここは間違いなくポルミサリア。でもー、この場所にいる精霊たちには、こういう風な場所だって見えてるものなの」
大地の形は変わっていないかな。
街道の外に広がっていた草地もそのまま見えている。
だけど、何だろう?
まったく様子が違う。
まるで、世界の色を取り替えたような世界。
風のような魔力の奔流が、そのままで見えていた。
というか、初めて見た景色のはずなのに、目に映る色のついた風のようなものが魔力の流れなのだと、なぜか分かる。
ああ、これってラスティユの村でパルミュナが結界を張った呪文を聞いてたときと同じだな。
知らないのに分かるって言う妙な感覚。
そして、あちらこちらで動いている何か・・・
本当に『何か』としか言い様がない。
決まった形も、特定の色もない。
動きも様々。
浮いてるようなもの、漂っているようなもの、大地に張り付いているようなもの、飛び跳ねているようなもの、魔力の風に乗って流れていくもの、そういう何かがポツポツと、大地のあちらこちらに散見できる。
ああ、これが精霊なんだな・・・
パルミュナが言っていた野生の『ちびっ子たち』だ。
なんだか可愛いな。
形や動きからすると、不気味って感じる方が真っ当な気もするんだけど、なぜだかとても可愛らしく感じる。
ラスティユの村に入った時、パルミュナの目には、こういう『ちびっ子たち』が沢山、村のあちこちに居着いている様子が見えたんだろう。
「そろそろおしまーい」
パルミュナがそう言って俺の頭を抱え込んでいた手を離すと、視界が一瞬ぶれて、目の前には先ほどまでと全く変わらない、春先ののどかな草原が広がっている。
鳥の声、草を撫でる風、眩しい日差しの、春そのものという風景。
「まあ、これも見え方の一つって感じかなー? 見る者によって見えてくるモノも変わるから、説明がねー、難しいの!」
俺に寄りかかったままでパルミュナが解説してくれる。
「なんか、いろいろな姿の可愛い奴らが見えたよ。あれが、パルミュナが『ちびっ子たち』って言ってた小さな精霊なんだな?」
「そーだよ。まー、ここはどっちかというと数が多い方だと思う」
「色も形も動きも、ホントに様々なんだなあ」
「そりゃ色々だよー。精霊って一口に行っても本当に色々いるもの。でも、ほとんどの存在は、ただそこにいるだけであんまり考えたりしないけどねー。逆に、頭がとっても賢いけど自分の意志がほとんどないようなのもいれば、ずっと、一つの思いだけを抱えて存在してるのもいるよー」
「ふーん。なんか、よく分からないけど可愛いなって思った」
「ちゃんと見えたのは、いまのライノだからだよー? 勇者ってだけじゃなくて、ライノが精霊魔法を会得し始めてる証拠ってことー」
「そうなのか? 俺が精霊魔法を完全に習得できたら、また見え方も変わってくるのかな?」
「今回は、アタシが力を貸したって言うのもあるけどさー、でも、見え方が変わるって言うよりもー、色々な見方が出来るようになるって言う方が正しいかもねー」
「なるほどなあ...まあ、とにかく俺のわがままを聞いてくれて、ありがとうな、パルミュナ」
「お安いご用さー」
「よし、じゃあすまないがどいてくれ。そろそろ足が痺れそうだ」
「やー」
「は?」
「魔力を使っちゃったから、ちょっと動けなーい。て言うか、動きたくなーい」
「あのなあ...」
「ライノからもうちょっと魔力を吸い上げてる間このままでねー」
「嫌な言い方するなあ! まるで取り憑かれたみたいじゃないか」
「へっへー」
「いいけどさ、俺にあの景色を見せた後で、魔力の補充が必要だからくっついてたのか?」
「ううん、違うよー、視覚っていう肉体が生み出す感覚を共有するからねー。体のどっかをくっつけてた方が伝えやすいのさー」
「なるほど。それでくっつく必要があったのか...あ、じゃあ、ひょっとすると別に膝の上に乗らなくても、お前が俺の背中にくっつくとかでも良かったわけ?」
「えっー、ライノ、ひょっとしてアタシの胸を背中に押し当てて欲しかったとかー?」
「ほう?...この大精霊は、今夜はエールを飲みたくないと見えるな!」
「わー、待って待ってー! 出来るだけぺったりくっついてた方がいいっていうのは本当だからー!」
「はいはい」
ラスティユの村に結界を張ってくれたときと同じで、本当に俺から魔力を補充する必要があるとは思えないんだが、きっと、これもパルミュナなりの戯れ方なんだろうな。
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