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第一部:辺境伯の地

旅装を整えようか

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翌日、のんびりと起きた俺たちは、再びパルミュナの侵入者避け結界を部屋に張ってから買い物に出た。

ミルシュラント公国に入ってからは、途中の街や村は足速に通り過ぎてきたし、元々、あまり意識が向いていなかったせいもあって、この国の女性たちがどんな格好をしているか、ちゃんと見ていなかった気がする。
まあ、フォーフェンのような賑やかで大きな街なら旅人も多いし、色々な人が見られるだろう。

と、街中を歩いて人物観察などしつつ、宿の人に聞いて服飾品屋が多いという一角にやってきていたのだが・・・
昨日はああ言ったものの、いざパルミュナに旅装束を選ぶとなると、これが中々に悩ましい。
もちろん、服自体の見た目の良し悪しとか、一着で幾らとかの話じゃなくて、雰囲気ってやつだ。

ぱっと見、人間族換算で十三歳くらい?の銀髪のエルフ系少女。
それも言っちゃあなんだが、かなり細身の美形でスタイルも良し・・・

・・・絶対に何を着せても破邪には見えん!

まあ、パルミュナ自身が破邪に見える必要はないし、逆に見えても困るような気もするが、兄妹もしくは従兄妹同士として、一緒に旅をしていて不自然じゃないぐらいの親和性は欲しい。

『親戚から相続した屋敷で一緒に暮らすために二人で王都に向かっているハーフエルフの兄妹』という設定自体は良いのだが、それは見た目でわかる話じゃないからな。
説明されないと、周囲の人は想像を膨らませるしかないってことだ。

つまり、ぱっと見ではアンバランスというか、なぜ一緒にいるのか分からない『不思議な二人連れ』の雰囲気を打ち消すために、パルミュナには見た目でわかりやすい旅装束を着せておきたいんだが。

うーん・・・それだけじゃ弱いかなあ・・・

わかってるんだよ。
最大の問題は、俺がぱっと見でエルフ族の血を引いてるように見えないことだっていうのは。

パルミュナが好きなように姿を変えられるのだとしたら、見た目を俺の方に寄せてくれれば済むように思ったんだが、それはいますぐっていうのは無理らしい。
一度この世界から姿を消して、再び顕現するときには調整できるそうだが・・・

ほんとだよな?
俺に似せたくないとか趣味の問題じゃないよな?

ところで、族にいう『破邪の装い』というのは、これと言った決まりがあるわけではなく、突き詰めれば野山で動きやすくて長旅に向いた服装、ということでしかない。

ただ、野宿が多いから雨具兼用のフード付きケープを年中羽織っていたり・・・
魔物との戦いに備えて幾つかの護符を埋め込んだ籠手や防具を身につけていたり・・・
訳あってブーツの上に革製サンダルを重ね履きしていたり・・・

そして、もちろんそれなりに武装していたりと、幾つかの要素の組み合わせが、ただの旅人や狩人とも、あるいは傭兵や用心棒の類とも違う、『破邪らしさ』みたいな雰囲気を醸し出している。

いつぞやの山賊のオッサンたちのように、踏み外した破邪がならず者に見えることはあっても、ただのならず者が破邪に見えることはない。
と思う。多分ね。

悩んでみても何かうまい解決策が思い浮かぶようなこともでもなく、俺たちは特に明確な決断もないままに、三軒目の店を訪れた。
ここは前の二軒よりも奥行きがあってはるかに広く、置かれている服は多彩だけれど、完全に女性向けな様子だ。
正直、一着あたりの平均価格も前の店より全然高いだろうな、という高級店の感じがヒシヒシと伝わってくる。
まあ、最終的にはアスワン払いだからいいけどさ。

ともかく、俺とパルミュナが店に入って物色を始めると、すぐに若い女性の店員さんが近寄ってきて、どんな服をお探しですか?と尋ねてきた。

「えーっとねー、破邪に見える服ー」

吹きそうになった。
そんな注文が女性向けの衣装屋で手に入るか!

「や、すみません。妹の服を探してるんですが、この先しばらく二人で旅を続ける予定なんで、それに見合った歩きやすい装いで揃えてあげたいなと思いまして」

「旅装ですか? どのようなものをお望みに?」

「残念ながら、あまりこの街に長居できないので、誂えている時間がないんですよ。出来合いのもので良いのがあれば助かるんですが」

「ああ、お兄様は破邪でらっしゃいますものね。そうですね...女性用の旅装はどうしても種類が限られてしまいますが...」

店員さんはそう言って、ちょっと悩ましげな表情を見せた後、奥の棚と吊るし台から幾つかの服を見繕ってきた。

「こちらの組み合わせなどいかがでしょう? これからは日増しに暖かくなって参りますから、歩いている最中や馬車の上での防寒はあまり拘らなくてもよろしいかと存じます。ただ、最低限こういったケープくらいは持っていた方がいいですね。これなら、少々の雨にも対応できます」

そのケープはパルミュナが羽織ると膝下くらいまで隠れる丈で、薄いフェルトのような布地だった。
手に持ってみるとふんわりと柔らかくて、驚くほど軽い。

「このケープは羊毛なんですか?」

「羊ではなく山羊毛ですね。寒い高地の方に住む特別な種類の山羊からとった毛で、繊維が細くて柔らかなのに丈夫で雨をよく弾きます。薄手で軽いので、使わない時も丸めて邪魔にならずに持ち歩けますよ」

なるほど、フードも付いているし、確かにパルミュナの旅装にはぴったりに思える。

「ただ、元の布地がとても貴重なものなので、お値段の方も少々...もちろん一般的な羊毛のケープもありますので、少し重くて嵩張りますが、そちらをお選びいただいても良いと思います」

特別に質の良い羊毛だけを使っているからだろうが、値段を聞いてみると破格だった。
少々ってどころか、一瞬、聞き間違えたかと思ったよ。
これ普通なら、かなり稼いでいる商家の奥さんや娘さんじゃないと買えないだろ。

「それから、いまお召しになっているワンピースとボディスの組み合わせですと、足元の悪い場所では動きづらいでしょうし、途中で洗うことがあると乾きづらいだろうと思います。こちらの組み合わせが、動きやすくて洗濯も容易なのでお勧めですね」

いま、パルミュナが着ているワンピースは、スカートの部分に深いドレープが沢山入ってかなり裾広がりになっているし、袖もかなりゆったりしていて、桶に手を突っ込む時など、垂れ下がった袖の布地がお湯に浸からないように、空いている方の手で押さえておくほどだった。
それに比べると、店員さんが見せてくれたワンピースはシンプルで細身のデザインだ。
布地の織りも綺麗に整っているし、袖周りもスカート周りのフレアもスッキリしていて、パルミュナのスタイルによく似合いそうに思える。

「これで、風の強い日や雨の日などでも先ほどのケープを羽織っていただければ肌寒さを感じなくてすみます。袖口はボタン留めの凝った造りになっていまして、逆に暑い日や水仕事をする時などは、袖口をまくり上げておくことも簡単です」

店員さんがボディスと呼んでいる、前を紐で締めるタイプの胴衣の方も、いまパルミュナが着ているのと違ってヒラヒラした飾りは付いていないが、なんとなく布地に高級さを感じるな。
実際はよくわからないけど、女性の服に関して突っ込んだ質問をするのも憚れるので、黙って頷いておく。

パルミュナも一緒に黙って聞いてるだけだし、何も言わないなら問題ないのだろう。

「あるいは別の選択肢として...こう言ってはなんですが、若い女性は旅先で不愉快な思いをされる危険性も高いので、男装されることも一つの手ですね。偶にいるんですよ、勝てる相手かどうかも見極められずに言い寄ってくる面倒な愚か者とか...」

「あー...」

郊外を女性が一人歩きしても平気なのは、邪な考えを持つゴロツキから見ても、『一人歩きができる女性』と言うだけで畏怖の対象になりうるからだ。
筋力というか身体能力は、見た目や雰囲気で判別できても、魔法を使った戦闘なら相手の見た目は関係ないし、むしろ目眩しでしかない。
つまり一人で歩いてるってことは、破邪同様に相手がならず者だろうが魔獣だろうが、何かあっても対処する自信があるということの表れでもある。

か細い女性なら逆に間違いなく強い魔法使いだろうから、そんな相手にモノは試しと挑むほどの力量の持ち主なら、最初から盗賊なんかになっていないだろうさ。
はるかに楽に稼げる方法が他にいくらでもあるからな。

なんだけどさ・・・理屈では。

男って、可愛い女の子を見ると理屈が飛ぶというか、こう・・・理性よりも勢いで突っ走っちゃうこともあるからなあ。
それを俺が言うのも、どの口でって感じではあるが・・・

怪我をさせずに追っ払おうとか思うと確かに面倒な相手だし、店員さんの『面倒な愚か者』と言う随分な言い草も当然ではある。

「破邪のお兄様が一緒ですから心配ないとは思いますが、旅先で一人でも動く可能性があるときは、妹さんの魔法の強さに関わらず、男装しておいてもらった方が、面倒ごとが少ないかもしれません」

それにしても、この店員さんはパルミュナに魔法の戦闘力がそこそこあるはずだって前提で話してるな。
これがエルフ族だからと言う一般的な認識なのか、破邪なんかやってる奴の妹だからってことなのか、どっちなんだろう?

「パルミュナ、どうだ?」
「うーん、お兄ちゃんと離れることはないから大丈夫だよ。そのワンピースとボディスでいいー」
「わかった。じゃあ、最初の山羊毛のケープとその組み合わせでお願いします。あと、日差しよけと軽い雨よけを兼ねた帽子を見繕ってもらえますか?」

破邪の家族に見えるかはともかく、今度の服装なら一緒に街道を歩いていても不思議はないだろう。
少なくとも最寄りの村から半日も離れた野の中を、あちこちヒラヒラしてる街娘の姿で歩いているよりマシなはずだ。

「承知いたしました。ではサイズを合わせてみましょう。それと若干ですが、布の種類と色で選べるものがありますので、こちらでご覧ください。帽子を選ぶのに鏡もお使いいただけます」

「はーい」

パルミュナは店員さんに付いて奥に行った。
色や布はパルミュナが好きに選べばいいから、後は、俺のすることは支払いだけだ。
まだ手元に不安のあるレベルじゃあないけれど、この先の二人分の旅費を考えると、やっぱり次の補給では金貨を受け取りたいのが正直なところだな。

これから一旦、旧街道の方に戻って歩くとして、そこでの調査?にどれくらいの日数を費やすことになるのか、行ってみないとわからないしなあ・・・
仮にコリンの街まで戻る羽目になったとして、旧街道沿いだったら片道で十日以上は見ておいた方がいいか。
もちろん、なんの成果もなく、ただ往復するだけの無駄足になる可能性も十分にあるんだが、その場合でもフォーフェンまで戻ってくるのに二十日近くはかかることになる。

装備関係の調達費用は脇に除けておいたとして、宿代と食事代程度だけなら、この先しばらくは何も問題ないが・・・

「お兄ちゃーん?」

気の抜けた呼び声に考え事を中断して振り向くと、パルミュナが両手に白っぽい布を持ってこちらに広げてみせている。

「この肌着も買っていいー?」
「なんでも好きなもの買っていいから、そういうのを振り回すなっ!」

頼むよ大精霊。
こっちが恥ずかしいんだからさ!
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