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第一部:辺境伯の地

この熊どうします?

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「俺が二人を助けたと仰いましたが...仮に...仮にですよ? もし、ラキエルとリンデルがこのウォーベアに殺されていたとしたら、その後コイツは、間違いなく俺とパルミュナにも襲いかかってきたはずです」

これは事実だ。
見方を変えれば、俺はウォーベアを討伐することで、自分とパルミュナの身を守ったに過ぎないとも言える。

「いや、それはそうかもしれませんが...」

「つまり俺にとって、コイツを討伐したのは金目当てでも人助けでもなくて、自分達の身を守るためでもあったんです。だから、それぐらいでいいんですよ」

ウォーベアもブラディウルフ同様に、出会った人を見過ごすような甘い相手ではないからな。
人はよく『名は体を表す』という意味のことを言うが、魔獣の場合は『名は性格を表す』ことが多い。

そして、村長が返答の言葉を選んでいるっぽい間を縫って、一応の釘だけは刺しておく。

「もし、いつか破邪に魔獣や魔物の討伐を依頼することがあったら、その時にはたっぷりと払ってやってください」

これは言っておかないとな。
俺が遠慮したせいで、地元の破邪の平均賃金が下がったら責任が取れん。

「なんというか...うーん...」

村長さん、言葉に困ってるな。
ラキエルもじっと黙り込んでるし、さっきからリンデルもさっきからこっちを気にはしているんだが、話に割り込んではこない。

「なんといいますか...」
村長がいいあぐねている。

「村長として客を持て成すことのプライドなど押し付けようとした自分が恥ずかしいですな。どうかお許しいただきたい」
村長さんはそう言って俺に頭を下げてきた。

「やめてください! エスラダさん! そういうことをされると却って恐縮するというか、居心地が悪くなってしまいます! どうか、どうか普通に...お願いします」

「ああ、それもそうかもしれませんな。では身近な物言いにさせていただきましょう」
「是非、それでお願いします」

ふう・・・一時はどうなることかと・・・
旅の破邪なんて、あんまり人に丁寧に扱われるのに慣れてないんだよ。
察してよ。

「いや村長、それは俺も同じだ。クライスさんを我が家で持て成すってことに拘ってた。すまない」
ラキエルは村長にそう言うと、俺の方に向き直った。

「クライスさん、今夜はぜひ村長の家に泊まってくれ。実際、うちより広いしちゃんとした客間もある。クライスさんと妹さんの居心地を考えれば、最初からそうするべきだったんだ」

「いやいや、お二人ともそんなに畏まらないでくださいね。気兼ねなく接してもらえる方が、俺も気楽ですから。あと、呼び方はライノでいいです」

「わかった」

おいいまのラキエル、ちょっと離れたところにいたリンデルと、ちゃんとハモったぞ。すごいな。
俺は、ちょっと重くなった空気を取り除くために、話を変えることにした。

「ところで、このウォーベアの料理はどうします? さっき言ったように、俺たちは晩飯のご相伴に預かれればなんでも大丈夫なんですが...」

「うん、じゃあク、ライノのお言葉に甘えて、村のみんなで食べさせてもらうよ。広場で火を焚いて、そこで料理しつつ、酒盛りしつつ、なんてのはどうだい? もちろん、ライノとパルミュナちゃんは旅の都合もあるだろうし、体を休めて欲しいから、無理には長引かせないよ」

パルミュナも横でコクコク頷いているから、宴会突入はウェルカムらしい。
「いいね、じゃあ是非それで」

「決まりだな。じゃあ村長、広場を使わせてもらうよ。あと、手の空いてる連中には料理を手伝ってもらいたいな」
「ふむ、せっかくだから、この里自慢の料理もライノ殿とパルミュナさんに味わってもらわねばな。そっちは私の方で声をかけるとしよう」

「ああ、じゃあそれは村長に頼みます...ところでライノ、こいつの肉を料理するときに、何か気をつけた方がいいこととかあるかい?」
「いや、ほとんど普通の熊肉と同じだな。むしろ、でかいクマにありがちな肉の臭みは、こっちの方が少ないくらいだから、どう料理しても大丈夫だよ。あ、ただ肝臓は食べないようにな?」

「まあ、普通のクマを倒した時でも、重いから内臓まで持って帰るときはまずないからな...だけど、肝臓を食べちゃいけない理由ってなんだい?」
「でかい魔獣の内臓、特に肝臓って魔力が溜まりやすいんだよ。人によってはそれにあたって気分が悪くなったり、フラついたりすることもあるんだ」
「へー、なるほどねえ」

ラキエルと村長は、宴会準備のためにそれぞれの家に戻っていった。
リンデルは狩人としてウォーベアの解体を陣頭指揮するみたいだ。

周囲がバラけたところで、パルミュナが俺の脇にくっついてきて小声でこっそりと言う。

「アタシー、ライノのそう言うところが好きだなー」
「えっ、魔獣の料理に詳しいところか? それほどでもないぞ?」

「ちがーーーう、さっきのウォーベアを買うとか売るとかって話のこと。仕事でも人助けでもなくて、自分達の身を守るために討伐したんだからお金はいらないって」

「うーん、別にカッコつけてるわけじゃあ無いんだよ。実際、ソレが本当のことだしなあ...このウォーベアが、もしも双子を噛み殺してたら、その後は即座に俺たちに向かってきてたと思うし、俺たちだって走って逃げられたとは思わんからな? 結局はやりあうしかないんだよ、この手の魔獣とはさ」

「そうだけどさー。でも、実際にライノが討伐したんだし、結果としてあの二人もそれで助かったんだし、少なくとも、人の社会のふつーの交渉なら、ライノにお金をもらう権利ってあったんじゃないのー?」

「それこそ、俺たちが通りかからなかったら、あの二人だってダッシュで谷川に飛び込んで逃げ切れた可能性もあったと思う。むしろ、そのチャンスをフイにさせたのは俺たちだ。まあ、それは言っても仕方無いことかもしれんけどな...」

その先は、俺もちょっと小声でコソコソ話す感じになる。

「なあパルミュナ、初めて会ったときに、俺がお前たちにされた依頼を受けるかどうか、ちょっと悩んでたろ?」

「そうだねー。アタシの魅力の話は禁止ねー」

「何も言ってねえよ! そうじゃなくって...仮に依頼を受けても、これからも破邪として同じことをやっていくだけ...だったら何も変わらないみたいに考えちゃいそうだけど、実際は違うって点で悩んだんだよ」

「どう言うことー?」
「矜持と義務の違い、って言うのが一番わかりやすい説明だと思う」
「うん? 全然わかんない」

「矜持ってのは、破邪としてのプライドみたいなもんだよ。プライドって、人に自慢する気持ちみたいに取られることも多いけど、そう悪いことだけじゃあないんだよ。そこには、自分自身をしっかりさせようっていう思いもあるからな」

「ふーん」

「たとえばだ。偶然でも危険な魔獣や魔物に出会った破邪は、別に討伐の依頼を受けていなくても、それが自分の手におえる相手なら討伐しようとする。もしも襲われている人がいたら助けようとする。魔獣ならまだしも、討伐依頼の出てない魔物なんて倒しても金になんてならないのにな。それでもやれる相手ならやるんだ」

「なんでー?」

「それが破邪としての矜持だからだ。そう言うことで人の役に立ちたいって思った奴が破邪になるからだ。俺がどうして破邪になったか前に話したろ? 俺は師匠を見て、自分もああなりたいと思った」

「師匠がカッコよかったから、じゃなかったの?」

「そうだけど、俺の育ての両親を殺して村人みんなを恐怖のどん底に叩き込んだ魔獣の問題を、師匠は刀の一振りで解決した。大袈裟に言えば村を救った。もちろん報酬はもらったけど、みんなに感謝された。俺は、それ全部をカッコいいと思ったんだよ」

「そうだったんだー。うん、なんかライノの言いたいこと、ちょっとわかる気がするよー。て言うかライノらしいなーって感じる」

「そうか? まあ、それが破邪の矜持だ。でも義務ってのは依頼を受けて報酬も決めて、それで討伐に行く時の心構えだ。引き受けたからにはやらなきゃいけない、って感じだな。もちろんそれだって矜持もあるんだけど、金をもらった以上はやらなきゃならんってのは大きい」

「まあ、そうだよね。人にとっては、仕事とお金は生きていく柱だもんね」

「そう言うこった。で、義務として魔物討伐に行くのと、破邪としての矜持で魔物に対峙するのは、全然違うんだ」

「んん? それはちょっと意味がわからないかもー」

「義務とか義理っていうのはさ、逃げられないんだよ。でも矜持ってのは自分の心の中だけの問題だ。勝てない相手だと思えば逃げたっていい。次は勝つ、そう思って修行し直したっていい。だけど、義務で向き合ってる時は、つい無理をしがちになる」

「それはなんでー? 逃げてもお金を返せばいいじゃない?」

「金が絡むとな、プライドが『矜持』じゃなくて『沽券』になるんだ。ここで逃げたら評判に関わる。仲間に馬鹿にされるかもしれない。もらった報酬に見合った働きをしなきゃいけない...そんなふうに考えだすと、いざ行ってみたら実力以上の相手だったり、準備がちゃんと整っていなかったりしても、逃げられない気持ちになるんだ」

「なんかそういうの、辛いって言うか厳しいねー」

「ああ。そして、そういう時に破邪は死ぬ」

「あーなるほどねー。それで、わたしたちの話を受けたらこの先の討伐が義務になっちゃうんじゃないか、それとも矜持として向き合えるのか、で悩んだってことねー?」

「そんな感じだ。長々と話しちゃったけど、要は、あのウォーベアを倒したのは、俺の矜持なの。それを人の好意に乗っかって都合よくお金にしちゃうと自分の気分が良くないってだけの話なの!」

パルミュナは、クスッと小さく笑って言った。

「だから、アタシはそういうライノが好きなのさー」
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