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第一部:辺境伯の地

エルフの里へ入った

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このエルフ族の里が、どこがどう人間族の村と違うのかうまく説明できないのだけど、とにかく美しい印象の村だ。

うーん、清涼感? 
みずみずしさ? 
明るさ?

思いのほか広々とした里全体が、午後の日差しを浴びて明るく輝いているかのように見える。
集落全体の配置や家々の作りも特に変わったところはないように見えるんだけど、こう、全体に埃っぽくないんだよね。
なんていうか、村に点在している色々なものが煤けてなくてツヤツヤしてる感じ。
なんでだろう?

「この村は、光の精霊と水の精霊に祝福されてるのねー。ステキー」

あっさりパルミュナが謎解きをしてくれた。
というか、そういうことなのか・・・それってズルくない?
いや、考えてみると大精霊から力を分け与えてもらってる俺が言えるセリフじゃないな。

みんな慣用句として『精霊に祝福されてる』って表現を使ったりはしてるけど、それはなんだか『おっ、なんでか知らないけど、いい感じだねー!』ぐらいのニュアンスだったように思う。
リアルにこういう効能があると分かると、みんな、もうちょっと真剣に精霊との関係作りを考えようって気になるだろうな。

パルミュナ相手は別として。

「ようこそラスティユの村へ! 是非ゆっくりしていってくれ」
リンデルも誇らしげにそう言い、それからみんなは和気藹々と村に入っていった。

++++++++++

すでに一度、リンデルが里に戻ってウォーベア回収の人員を募った時点で、俺とパルミュナのことは村中に伝わっていたので、俺たちが木立の丘を抜けて里へと降り始めた時点で、すぐに子供たちに囲まれた。

わかるわかる。

田舎の村に外から人が来るってイベントだもんね。
俺も小さな頃は、なんの用もなくても、村を訪れた行商人や領主様の家臣の役人たちなんかを見に行ったもんだ。
そして、ウロウロし過ぎた子供たち全員がまとめて怒られて『あっちへ行ってろ!』と言われるまでがセット。

ウォーベアを荷台に積んだ回収班は、やいのやいのと騒ぐ子供たちに周りを囲まれてちびっこパレードの様相を示しながら村に入っていったのだが、案の定、はしゃぎ過ぎて荷車を曳く馬の前で転んだ子供が出るに至って、『危ないから離れていなさい!』と、大人たちから強制排除されていた。

ほとんど予想通りの展開だなこれ。

荷車は村の中心には入らずに、真っ直ぐ村のはずれにある大きな櫓のところまで行き、そこでウォーベアを降ろして解体するというので、俺とパルミュナもとりあえず一緒についていった。
ここは共同台所というか共有の水場で、村全体での収穫の処理やら大物の解体やら、大勢の手がかかる作業を集まってやる場所だそうだ。

ウォーベアを倒すときに首をバッサリ撥ねたので、すでにほとんど血抜きは終わっている状態だ。
そのことを狙ってやったわけではないのだけど、途中の沢で荷台の血を洗い流して以降は、もう、それほど大量の血が流れ出してもいない。
でもこれって逆にいうと、山道のあの場所に盛大に血溜まりができているわけで、それだけがちょっと後ろめたいな・・・

解体を始めると、いったん散らされたさっきの子供たちが再び集結して、荷台から降ろさたウォーベアを眺めている。
さすがエルフの子供たち、おチビさんながら美少年美少女の片鱗を窺わせる子たちばかりだ。

ただ、死んでいて首もないとはいえ、いや、だからか? ちょっと怖いらしく、今度はみんな遠巻きに見ているだけで、触れるほど近くへ行こうとする子はいない。

一人、勇気を出して近づいてきた男の子がいたのだが、たまたま近づいた先の見えないところにウォーベアの『首級しるし』が転がっていて、その前を塞いでいた男性がひょいと脇によけた途端、その男の子は地面に転がっている凄まじい形相の晒し首と目を合わせることになって絶叫した。

かわいそうに。
あれはきっと今夜あたりうなされるな・・・

++++++++++

ところで、狩人であるラキエルとリンデルさえ、ウォーベアを見たのは初めてだというぐらいだったのだから、他の村人たちは言わずもがなだ。
俺たちがウォーベアの解体に取り組んでると、手の空いている村人が三々五々に見物に集まってきた。

その中にはラスティユの村長さんもいて、声をかけられた。

「やあ、こんにちは。あなたがクライスさんですかな? 私はこのラスティユの村長をやっております、エスラダと申します」
「旅の破邪のライノ・クライスです。すいません、これが片付いたらご挨拶に伺おうかと思っていたんですが...」
「いえいえ、お気になさらずに。村の者を助けてくださったそうで、どうもありがとうございます」
「助けたと言うのは大袈裟ですよ。たまたま良い位置関係にいたので、私が仕留めただけです」

「...ご謙遜を。この巨大なクマのような魔獣は、流石にラキエルとリンデルも手に余ったでしょう」
「いやあ、あの兄弟は勇敢ですね。このウォーベアから逃げてる時でも、偶然居合わせた私たちを巻き込まないように、咄嗟に行動してましたよ。例え破邪でも、なかなかできることじゃないです」
「恐縮ですな。村のものが誉められるのは、私も鼻が高いです」
「事実ですよ」

俺は、少し離れたところで解体作業を見ているパルミュナを手招きした。
慌ててやってきたパルミュナをエスラダ村長に紹介する。
「ご紹介が遅れました。私と一緒に旅をしているパルミュナです」
「ライノの妹のパルミュナです。よろしくお願いします」
パルミュナが珍しく殊勝にペコリと頭を下げる。

「どうぞよろしく。ところで、お二方は今日はこの村へ泊まっていかれるとか。良ければぜひ、私の家にお泊りください」
そりゃどうも、と、村長に礼を言おうとしたら、会話を聞いていたらしいラキエルが口を挟んだ。

「村長、このお二方は俺たちの客だよ。なにしろ俺とリンデルの命の恩人なんだから、ちゃんとうちで持て成してお礼をしなきゃダメさ」
そう言われて、村長は一瞬怯んだが、しかしと言い返す。

「それはそうだが、私にとっても村人を救ってくれた恩人だ。村としても、お礼をしないといかんだろう? それに、ラキエルの家は宴会をするには、少々手狭なのではないかな?」

「今日は天気も良いし寒くはない、せっかくの獲物もあるから、村のみんなで広場で宴会というのも良いだろうさ。お二人に泊まってもらうだけなら、俺たちの家で問題はないよ」

「ふむ...それも一案だが、このクマはクライスさんの獲物であろう? 皆に振る舞うには村で買い取らねばな」
「ああ、クライスさんは俺たちに売ると言ってくれたので、そこは大丈夫だ。村長やみんなに負担させる気はないさ。運よく命拾いできたのだから、これくらいはね」

「しかし...お主も、まもなく色々と入り用になるだろう? ここで散財してしまっては後で困るぞ?」
「いやしかし、ここは男としての責任っていうものも...」
「その男としての責任が、すぐ先に逼迫しておるではないか。ここは村長の顔を立てると思って、せめて、クマだけも私に買い取らせてはどうかと思うのだが?」

あれ? なんか大袈裟な話になってきてるぞ・・・

もともとは、あの場に置いてくるしかないかと諦めていたぐらいだし、売ると言っても、食事と宿で相殺くらいのつもりだったんだけどなあ・・・それに、回収して運んだのは村のみんなだし。

「あの、なあラキエル、それにエスラダさんも、ちょっとお伝えしておきたいんですが...」

二人が申し合わせたように、同時にぐるっと首を回してこちらに顔を向ける。
なんか、エルフ族っていうのは、そういう動作でタイミングを合わせる特殊能力でもあるのか?

「なんだい?」
「なんでございましょうか?」

口を開いたのも同時だったが、エスラダ村長の方が丁寧語なぶん、終わりのタイミングが合わなくて惜しい。
どうでもいいけど。

「いや、このウォーベアは、どうせ俺だけじゃあ運べないと諦めて、あの場に置いて行くぐらいのつもりだったんです。それを、ラキエルとリンデルが村まで運べるようにと計らってくれて、荷馬車や人まで村から出してもらって...。だから、売るって言っても、最初から、今日の晩飯と一夜の宿代替わりにしてもらえればなぁってくらいの感覚だったんですよ」

「「いやそれは...」」
今度はフレーズも同じだったので、本当にハモったな。
ラキエルは俺の言ってることが予想外だったのか、本当にびっくりした顔をして固まっている。

「それぐらいでいいんですよ。この先もまだ長旅ですし、どうせ生肉なんか持ち歩けません。この村で、新鮮な熊肉を料理してもらえるなら、もう、それで言うことなしです」

「しかしそれでは、クライスさんの利益が何もないではありませんか!」

「十分ありますよ。ここで歓迎されて、みんなと温かい料理を口にできる。通りがかっただけの旅の破邪なんてそれでいいんです」

「私は、この魔獣を見たのは初めてですが、この大きさです。きっと街に持ち込めば結構な金額になるでしょう。さすがに切り分けた肉を包んで持たせて終わり、という訳には参りません。本来、クライスさんが得られるはずの金額に見合うとは思いませんが、それでも、それなりの対価は支払わせていただきたいのです」

村長さん、粘るなあ・・・

「お気持ちはとてもありがたいですエスラダさん。でも、なんていうのかな、俺がこのウォーベアを倒したのは、討伐の依頼を受けたからではなく、本当に偶然通りかかったからです」

それと、みんな気にしてないみたいだけど、俺にとっては、もう一つ重要なことがあった。
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