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第一部:辺境伯の地

今夜も野宿ですよ

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まだ夜中の寒さが堪える季節の野営では、特に危険がなくても熟睡するというのは難しい。

大体、焚き火が燃え尽きそうになるあたりで肌寒さを感じて目が覚めるし、逆に、それでも目覚めないほど爆睡してしまうと、今度は冷えた焚き火を熾し直すのが面倒臭い。
火の魔法で着火したからって、焚き火の燃え具合が安定して一定の熾火を残せるようになるまでは、それなりの手間と時間がかかるからな。

そんなわけで、俺は夜中に何度か目を覚まして焚き火に薪を供給しつつ一夜を過ごしたが、それでも二人で被った毛布の内側にパルミュナの暖かさをうっすらと感じて悪い気分ではなかった。
これも大精霊の『熱の魔法』か?

そして周囲の情景がうっすらと浮かんでくる頃には、小鳥の鳴き声でしっかり目が覚める。

残りの薪で朝食まで十分に持つ計算で、少し大きめに炎を上げて身体を暖めて湯を沸かした。
流石の俺も、パルミュナに魔法で朝食の湯沸かしをさせるのは気が引けるし、身体を暖めるついででもある。
昨夜と全く同じスープを作って、堅焼きパンとドライソーセージの朝食だ。

食事が終わる頃には、すっかり明るくなっていた。
手早く荷物をまとめてカマドの火の始末をする。
秋から冬にかけてほど山火事に神経質にならなきゃいけないわけではないが、油断は禁物だ。
人の暮らしを護る筈の破邪が山火事を出してたら洒落にならないからな。

あー、それにいまは勇者でもあるのか。
尚更だな。

最後に野営跡をもう一度見回して、忘れ物や火の始末の見落としがないかを確認してから山道に戻る。
そこから先は昨日までと同じように、四方山話と魔法の練習をしつつ歩き続けるだけだ。

まあ、山道とはいえ基本的には馬でも通れる道だから、それほど歩きづらいわけでもなく、崩れかけているような場所や足元に気をつけないと危ないような難所もない。
単に平地の街道と違って、微妙な上り下りの高低差が延々と続く疲れる道と言うだけだ。

大昔は、コリンの街とフォーフェンの街の間をつなぐ街道は、いまとは違う領主が治めていたそうだが、無駄に何箇所も関所を置いて、そこを通る商人や旅人から法外な通行税を巻き上げていたという。
それを嫌った商人や旅人がその辺境伯だかの領地を避け、山間の集落の間を繋いで辿るルートを使っていたのが、この山道の元々の姿らしい。

それがだいぶ昔に、街道から山を挟んで反対側に領地を持っている貴族の肝入り事業で、いまの本街道を横切っている大河のキャプラ川に橋が架けられ、大幅なショートカットが可能になった。
しかも、その橋を通る者から通行税を取らなかったという。

それ以来、以前はど田舎の荒地と農村だった山向こうが急速に発展して主街道としてどんどん賑わうようになり、逆に、渡し船を独占して関所やらなんやらで通行税をぼったくっていた街道はあっという間に人気を失って、いまでは『旧街道』と呼ばれる寂れた道になった。

強欲な辺境伯に対抗して橋をかけた貴族の長期的戦略の勝利だな。
いや本当に、目先の金銭に囚われずに、先々を見越した差配というか投資ができる領主っていうのは尊敬できる。

それと同時に、この山道も旅人が通らなくなり、山筋の郷に住む人たちが行き交うだけの裏道に戻った...ということだそうだ。
そりゃ歩く距離に大差が無いなら、誰でも平坦なルートを通りたいよね。

俺と師匠は、どちらかという故郷のエドヴァルから見て南部から西部へかけての旅が多かったので、実はこっちの北方諸国や東部方面のことはあまり知らない。
ここの街道周りのことも、破邪的なざっくりとした知識を持っているだけで、実際にこの山道を歩いた経験は一度もないんだけどな。

++++++++++

そのまま一刻ほど歩いたところで、朽ちた案内板の立っている別れ道道に辿り着いた。ここが旧街道への分岐なら、距離的には大体予想通りの場所だ。

「多分、ここで谷筋の道へ逸れて下っていけば旧街道に出るはずだ。一応聞くけど、やっぱりこのまま山沿いを進んでいいのか? 旧街道沿いなら、少ないけれど宿も探せないことはないと思うぞ?」

「うーん、別にいい。ライノと焚き火してるの楽しいしー」

昨晩の野宿で、特にエンターテイメント要素や弾む会話があった記憶はないんだが、パルミュナがそれでいいと言うのなら、まあ、いいのだろう。
パルミュナは本気を出せば俺より遥かにタフだろうし、わざわざ遠回りしてまで、自由の利かない街道沿いを歩く必要はないからな。

昨日の話ではないが、俺としては、何をするにも金がかかるし、好き勝手もできない街中や人里で過ごすよりは、好きに鳥や獣を狩って食べたりできる山中の方が気分が楽だ。
自分で肉が獲れるなら、あとは塩さえあればいい。

うん、塩さえあれば大丈夫。

「まあ、あれで楽しいならいいけどな。野営の焚き火が楽しいとか、精霊達って日頃はどういう風に過ごしてるんだ? 単純に野山にいるとかってのとは違うんだろうけど」

「んー、ひみつー」
「そうか、分かった」

「...えーっ、食い下がってこないのー?」
「だって、秘密だって言ってることを聞いちゃ悪いだろ?」
「はー、ライノってそういう人だよねー」
「そうか?」

「そうだよー? でも本当は別に内緒とか秘密とかじゃなくて、アスワンに言わせるとさー、精霊と人じゃあ心のありようが違いすぎて、どんなに言葉を尽くして説明しても分かってもらえないし、むしろ考え違いをさせるだけになってしまうから...だったら何も言わない方がいいんだってさー」

「そうなのか...まあ、そう言うもんなんだろうなあ...確かに、住んでる世界が全く違ってりゃあ、常識も経験も違うもんな。いまだって、俺がパルミュナやアスワンと話ができているのは、そっちが人に合わせてくれてるからだろうしな」

言われてみれば、同じ人族どうしでも生まれ育ちの国が違うだけで常識だと思ってた話が通じなかったりするのに、人と精霊なんて、見ている世界そのものが違うんだろうからなあ。
話をいくら聞いたところで理解できないとしても、無理もないか。

「うーん、別の世界に住んでるっていうよりも、同じ世界にいるんだけど、互いの存在の仕方がズレてるから認識できない感じかなー?」
「ふーん、さっぱり分からん」
「そーなんだよ。分からないってのがフツーなの」

そんな他愛のないような、掴みどころのないような話をしてる最中に道端に美味しい山菜を見つけて、即座に採集に勤しみ始める俺。

心の中でちょっと行儀が悪いなと思いつつ、柔らかな新芽のところだけをダーっと摘んでいく。
本当なら全体を採りたいところだけど、それはアク抜きとかに時間がかかるから今回は無理。
この季節の新芽の部分だけなら、さっと湯掻いて塩を振るだけで絶品だ。
うん、野菜にも塩は必須だね。

それにしても・・・道のすぐ脇に、この誰でも知ってる美味しい山菜の群落が手付かずで残ってるということは、本当に通る人が少ないんだな、この裏道。

あとは・・・出来ることなら肉の補給だな・・・

初日からずっと魔法の練習に熱中していたので、弓の弦すら張ってない。どうせ二人で話しながら歩いていては、鳥や小動物もさっさと逃げてしまうだろうという思いもあったからなんだけど、一応、弓の弦ぐらいは張っておくかな。

俺の持っている弓は小さなもので、基本的に魔獣との戦闘用ではなく食料調達用である。やじりも自分で買った、ごく普通の鉄製だ。
仮に魔鍛オリカルクムの鏃なんて貰っても、それでヤマドリなんか射ったら突き抜けてどこに飛んでいくか分からないから怖くて使えなさそうだけど。

ただこの弓も、精霊魔法を使いこなせるようになったら、なくてもなんとかなるんじゃないか?っていう予感もしてきてるんだよな。
いまはまだ、そんな精度で魔法を絞って遠くを狙うなんてとても無理だけど・・・将来的には、だ。

この後も今日明日ぐらいの二人分の食糧なら、担いでいるものでなんとかなるから差し迫ってはいないんだけど、新鮮な肉が手に入るならそれに越したことはない。

++++++++++

結局、その日のうちに肉を手に入れることは叶わなかったが、新鮮な山菜だけでも追加できたのでよしとする。

二人で駄弁りながら魔法の練習をして歩いてたからだよ?
狩りの腕前の問題じゃないよ?
自分に言い訳をしつつ、昨日と同じように、まだ明るいうちに野営地を探てし、一夜の居場所づくりと薪の調達に勤しむ。

今夜はスープを作るまえに白湯を沸かし、それで調達した山菜の芽をさっと湯がく。鍋が小さいので一度にできないのが難点だが、焚き火にかけっぱなしでグラグラと沸かした湯に、山菜を浸けては上げ浸けては上げの繰り返し。
茹で上がった新芽はそこらで剥いだ木の皮を皿にして積んでおく。
うーん、手斧を持ち歩かなくて良くなった代わりに、今後は火にかけられる銅の皿でも持つようにするか・・・

それ以外は全く昨日と同じメニューだ。
こればっかりは調達できた材料次第なんだから仕方ない。

荷物から大切な塩の容器を出し、茹でた山菜の芽に景気良く振りかける。ここでケチって折角の素材を美味しくいただけなかったら本末転倒だからな。
本当は、一昨日に村長さんの家でご馳走になった野菜みたいに、酢と油で和えたりできると最高なんだが、無い物ねだりをしても仕方ない。

パルミュナも茹でたての山菜を初めて食べたそうで、おいしいと喜んでくれたし、十分に満足だ。
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