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第一部:辺境伯の地

破邪ですから

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「去年な、俺が十七歳になった時に、師匠から遍歴修行をしてこいって言われて、『旅の破邪』として送り出してもらったんだよ」

「一人前扱いされたってことー?」

「うーん、どっちかって言うと『もっと鍛えてこい!』って意味かなあ? 師匠からは『自分は年を食って長旅が辛くなってきたけど、お前はまだあちこち旅して修行した方がいい』なんて言われてな...」

「それってさー、自分の手元に縛り付けずにライノの才能を伸ばす為ってことでしょー。いいお師匠さんじゃない?」

「まあな。それ以来、旅の破邪になって、アスワンとパルミュナに会うまでは、魔獣&魔物討伐で日銭を稼いで旅暮らしを続けていたってわけだ。で...一人旅を続けるようになると、だんだん街で過ごすのが億劫になってなあ」

「人なのに、街にいるのが億劫なのって変じゃないー? みんな、ふつーは人が大勢いる場所の方が安心するでしょ?」

「だけどな、いい宿を探してウロウロしたり、払った金の割には汚い部屋に通されて居心地悪かったり。飯も同じだな、いい時と悪い時のギャップが激しすぎるんだよ...それだったら、野山でゴロリと横になってさ、焚き火で炙った腸詰でも齧って眠る方がいいなって思うようになってなあ...」

「そっか。ライノは破邪だから、野山で眠っても、普通の人みたいに獣や魔獣の心配とかしなくていいもんねー」

「まあ、それなりの用心はするし、危険があるっちゃあるけどな。一人じゃどうにも相手出来ないクラスの魔物だって、いつ現れないとも限らないわけだし」

「それはそーねー」

「ぶっちゃけ、泉でパルミュナに出会って、まだ精霊だって教えてもらう前、あそこの杣道そまみちで俺の前に立たれた時は心の中で、『ああ、俺ここで死ぬんだな・・・』って思ったからな?」

「えー、アタシっていきなり魔物扱いだったの?」
「だって、あの登場だぞ? 凍りつきそうな泉の水で笑いながら楽しそうに水浴びする娘。怖いだろ普通?」

「えへー、あれはまあ、ちょっと考え足らずだったねー」

「まあ、自由に過ごそうとすれば、ある程度の危険や不便は覚悟しなきゃならんし、他人の力も借りて快適に過ごそうと思えば金を払うだけじゃなくて、決まり事や人の都合にも合わせなきゃならん。どちらに、どのくらい寄せて平気かは、その人次第ってところだな」

「うん、ライノはどっちかっていうと、自由が多い方が好きなんだよねー...でもさー、それなのに、ライノが勇者を引き受けてくれたのは、ホントにありがとうって思ってるよ?」

「不意打ちはよせ。急にそんなこと言われると照れる」
「でも本当だよ?」
「うん、まあ、がんばるわ...」

スープを食べ終えた小鍋でもう一度お湯を沸かして、それをお茶がわりに飲み、焚き火の火床と今夜使う予定の薪の残りが十分にあることを確認したら、他にもうすることは特にない。
木の根と荷物で作った背もたれに寄りかかって体を休ませる。
そのころには日も暮れて、あたりもとっぷりと暗くなってきていた。

「一応は、一人旅の時に使ってる魔物よけの結界を張る護符を動かしとくけど、交代でも見張るか?」
「平気だよー。もしも何か変なのが近づいてきたら、ライノもアタシも気がつくと思うしー」
「まあそうだな。じゃあいいか。まだ早いけど暗くなってきたし、眠れるようなら寝ちまおう」
「うん」

ワンラの村長さんの家で話したように、魔獣なのか魔物なのかよく分からない相手がいるかも知れない、という不安は正直ちょっとだけある。

ちなみに魔獣と魔物の違いは、魔力の影響を受けたり、魔力をその身に纏って力としている『魔力と肉体を持つ獣』が魔獣で、『純粋な魔力の塊』として生まれ落ちた異形の存在が魔物だ。

ぶっちゃけ、魔獣を倒すと死体が残るけど、魔物は死ぬ?というか回復不能なダメージを受けると魔力が霧散して消えるだけで、物質的なものは後に何も残さない。

そして、どちらにしても、それらは往々にして人を害する。

魔獣には、うまくいけば普通の『獣』と同じように馴らすことができる大人しい種類もいるし、『獣』と『魔獣』の境目が時としてあやふやになることもある。
生まれた獣に後から魔力が取り憑いた場合や、逆に使役や愛玩を目的に、人に飼い慣らされた魔獣が飼育下で世代を重ねていった時などがそうだ。

そして魔獣は纏っている魔力が強く、その影響を大きく受けているほど、生き物の枠組みから外れた生態を持つようになっていく。
まあ、経験を積んだ破邪は魔力の気配を見ることができるので、外見だけで獣と魔獣を見誤ることはないけどね。

しかし、魔物の方は生物と呼べる存在ですらない。

その多くは『思念の魔物』と呼ばれ、悪意とか嫉妬とか呪いとか、邪な情念が魔力に取り込まれて生まれたものだから、そもそもの存在からして、愛とか優しさとか、人にとって良い方の思いとは断絶しているというか対立している。
知恵も心もなく、ただ人を害することだけが存在理由だと言っていい。

そして、そういう思念の魔物が、人の邪念で濁った魔力をどんどん取り込んで成長していくと、やがては魔力が固まって、形を持った魔物に変わっていく。

そいつは本当に危険な存在だ。
強く、知恵も付けて、出会う人々から魔力と魂を吸い取ってしまう、と言われている。

ただ、『本当の肉体』を持っていない分、なんであれ魔物の類いは魔力の乱れに弱い。魔法で倒しやすいのは魔物の方で、逆に物理的な武力行使が効果的なのが魔獣とも言える。

破邪にとっては、危険な魔獣も魔物も同じく討伐対象なのだが、魔獣は倒した後も肉体が残るので、種類によっては食糧になったり、素材になったりしてくれるのだが、魔物の方はただ消え去るだけで何も残らない。

本音をぶっちゃけてしまえば、賞金のついた『討伐依頼』が出ていなければ、魔物を倒してもなんの旨味もない。
ま、だからと言って、大抵の破邪は行き掛かりのあった魔物を見過ごしたりはしないし、俺自身も金にならなくても魔物は見かけたら可能な限り倒すことにしていたがな。

とは言え、賞金が掛かっているといないとでは、モチベーションの高さが全く異なるのも致し方ないとは思う。
特に危険な『形ある魔物』の方は、滅多に出ないのが救いだな。

その俺は初見でパルミュナをそっち系だと認識してしまった訳だが・・・

まあでも、パルミュナが言う通り、眠っていても魔獣の気配を逃すほど二人とも柔ではないだろうからな。
もっとも、護符が発揮する性能は使う者の能力に左右されるので、俺の場合は希望的観測だが。

だが食後で腹の中が温まっているうちに眠るのは悪くない。

荷物から薄手の毛布を出してパルミュナに渡してやる。
都合の悪いことは精霊の力で無視できるって言ってたし、泉の一件からして大精霊に防寒なんて必要ない気もするけど、一応、女の子の体で実体化してるんだから気を遣ってあげた方がいいだろう。

なにしろ昨夜は足洗ってたしな。
と言うか、偽装だろうとなんだろうと、服一枚の女の子の隣で自分だけ毛布被って寝るとか出来るか!
こっちの精神が削られるわ!

「じゃあ明日は夜が明ける頃に適当に起きるってことで。おやすみ」
「じゃー、おやすみー」

パルミュナはそう言ってから、ずいっと腰を動かすと俺の脇に身体を寄せ直し、一緒に毛布を被るようにして寄りかかってきた。

予告なしで予想外の行動に内心びっくりしたが、曲がりなりにも女の子の姿をしている存在にくっつかれて体を硬直させるのも悪い気がして、何気ない風を装う。

じっと目を瞑って眠りに入る体勢をアピールだ。

「ねえ、ライノ」
「ん、なんだ?」
「人の体ってあったかいねー」
「いまのお前の体も暖かいぞ?」
「そうだねー。体を持ってるのも悪くない気分よねー」
「逆に俺は『体のない状態』ってのを知らないけどな」
「それもそっかー...」

「当然だ...おやすみパルミュナ」
「おやすみパパー」
「うるさいわ!」

俺はパルミュナの小さな体(偽装)の暖かさを片側に感じながら眠りについた。
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