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第一部:辺境伯の地
私と契約して勇者に・・・
しおりを挟む「さて、君の協力が得られると言う話がついたところで、勇者の魂から力を引き出して活性化させよう。それによって君は、これまでにない力を得ることができる」
アスワンはそう言うと、俺に向かって右手の掌をかざした。
気のせいなのか、体が暖かくなって少しゾワゾワする感覚があるな。
手足の先までポカポカだ。
なんとなく視界が眩しくなってきて、俺は目を閉じた。
体が宙に浮いているような感じがする。
奇妙な感覚に違和感を覚えて、ふと目を開けると真っ白い世界に浮かんでいた。
「ひゅぇ!」
思わず変な声が出た。
「落ちたりしないから心配はない。いまの君は空に浮いてるわけではなく、私の魔力が生み出す光景に包まれているだけだ」
なんだろう?
見たことあるような無いような無数の光景が周囲に渦巻いている。
具体的にいつどんな時だと言えないけれど、妙に見覚えがある光景ばかりだ。
だけど、知らない場所や知らない人ばかりだぞ?・・・
え、ドラゴン?
実際に見たことなんて一度もない、はず。
「これは君の魂が思い出したことだ。私が君の勇者の魂を解き放ったので、その魂に刻まれていた過去の記憶が一緒に噴き出たのだ」
「じゃあ、これは全部...俺というか、過去の俺の魂が出会ったことなのか?」
「そうだ。しかし魂にまで刻み込まれる記憶は、そう多くはない。日常的なあるいは即物的なものは肉体の記憶と一緒に忘却の彼方へと流れていく。だが、とても強い、心に残る出来事や変化があったとき、その印象だけは魂にも刻み込まれて記憶として残ることが多い」
足が地面に着いた感触を得て今度こそ本当に目を開くと、目の前に見知らぬ少年が立っていた。
いや、アスワンだ。
見た目は全く変わっているが、顔に面影が残っているな。
少年賢者・・・ちゃんと小さくなったローブの姿と子供な顔の組み合わせが、なんだか色々とチグハグだ。
「あー、それ私の役目だったのにー」
なぜか知らんがパルミュナがむくれている。
というか、あからさまにほっぺたを膨らませて、『むくれているぞポーズ』を取っている。
「いや、いまのお前には無理だったなパルミュナ、この者の魂は相当に強いぞ?」
「ふーん、さすが歴戦の勇者かー」
いや、いま勇者に成り立てのホヤホヤですけど?
勇者になった実感? 変化? とか欠片もないし・・・
「君は強いな。君の魂から勇者の力を解き放つために、相当な力を使ったよ。正直に言って予想以上だった。パルミュナだったら存在が掠れかけていたかもしれん」
「えーっ、マジー! やんなくて良かったー」
俺もアンタには頼みたくなかったからおあいこだよ!
「強いと言われても実感はないなぁ...それに自分の命で迂闊に試すわけにもいかないし、自分の実力がどのくらいかは、これまで通りのところから少しづつ確かめていくとするよ」
「大丈夫、マジでそこそこ強いよー」
「そこそこかよ!」
「だから、あんまり心配せずに、ちゃっちゃっと魔力狩りに勤しんで欲しいわけよー。いやもう無駄な魔力が伸び放題っていうか、あちこちでポコポコと魔物やらグリフォンやら生まれちゃってるのよねー」
グリフォン、雑草扱いか。
「で、武器はこれ使ってねー」
と、気の抜けた声でパルミュナに渡された得物は、緩いカーブを描いた片刃の刀身を持つ業物だった。
どこから出したか見えなかったけど、俺がいま使っている刀の代わりにしろってことだよね?
まあ、なんにしろ剣じゃなくて刀なのはありがたい。
師匠が刀使いだったこともあって、俺も剣より刀の方が扱いに慣れてる。ひょっとすると、その辺りも考慮してくれたんだろうか?
「それ、オリカルクムの打刀なの。魔力を流すと切れ味がグンっと上がるから、扱いに気をつけてねー」
素材は伝説の金属オリカルクムか。
伝説と言っても希少と言うだけで、過去のエルフ文明が興盛を誇った時期には大量に造られて利用されていたという。
もっとも、その製造方法自体は古代文明と共に失われてしまい、いまでは残っているオリカルクムを鍛え直して再利用しているだけだとも聞く。
しかし自分でオリカルクム製の得物を持ったのは初めてだけど、想像以上に軽いな。
なにか緻密な模様のレリーフが刻み込んである鞘と柄も美しい。
試しに軽く振ってみると、先端をわずかに触れさせただけの立木が手品のように切断されて目が点になった。
手に感じる抵抗感がほとんどない。
「おー、さすがだねー。ほとんど無意識に鞘から抜いただけでしっかり魔力を纏わせちゃってるよ」
え、そうなの?
自分で分からなかったんだけど?
「魔物を切るには、火鍛治ではなく魔力で鍛えたオリカルクムの刀が一番良い。使い手の魔力を載せて振るうことで、物体として硬いものも魔力で硬く防御しているものも、同じように断ち切れるからな」
「平たく言えば、なんでも切れるってことかな?」
「そうだ。普通の武器では戦いにくいであろう、魔力で体を造っているような魔物や、思念の魔物のように実体の希薄な精神的存在でも、この刀であれば難なく切れる」
「小道具もいくつか渡しておくねー。このナイフとか短剣も全部、魔鍛オリカルクムで作ってあるの。よく切れて便利だよー」
「それから少しだけ、旅の手助けになるものを用意しておこう」
「あー、でも馬とか馬車みたいなものなら不要だよ? 知ってると思うけど、破邪は歩く旅が基本なんだ。魔獣や魔物に出会った時に馬は足手纏いというか、犠牲になっちまう可能性が高いからね」
そりゃあ馬を使えれば長距離の移動自体は楽なんだけど、馬は意外と神経質だし、いざ戦いになっても繁った森の中や、道のない山奥には連れて行けないし・・・崖とか絶対に登れないじゃん?
そこは普通の馬でも軍用なんかの魔馬でも変わらないからね。
「だが、いまの君の魔力量を考えると、転移魔法や空間操作の魔法をすぐに使いこなすのは厳しい。せめて、旅の途中で時おり必要物資を補充できるようにしておくとするよ」
アスワンが地面に手をかざすと、半透明な木箱の幻影が現れた。
「媒体としてこの『箱』を使うことで、少しのものなら先々で君に代わって用意しておくことができる」
なんの装飾もない古びた木材に頑丈そうな鉄の枠で周囲を補強された、ごく在り来たりの木箱だ。
いまの少年形態のアスワンなら三人くらいは入れそうだな。
「この『箱』に君が必要とするものを入れて、所々で渡せるようにしよう。食糧でも衣類でも道具でもいいが、旅空で必要なものを補給したい時に役立つだろう」
「金貨だな!」
「まあ本当に、報酬や活動費としての金貨も渡すつもりだがな...ただし、この『箱』を使うには、お互いにかなりの魔力を消費する。特に、重く密度の高いものほど大きな魔力が必要だ」
「つまり?」
「簡単に言うと、この箱いっぱいに水鳥の羽毛を詰めるよりも、一枚の金貨を入れる方が箱を開く時に大きな魔力を費やすだろう」
「箱いっぱいの金貨とか言っても無理なわけか」
「どうせ持ち歩けるまい?」
アスワン少年はニヤリと笑って言った。
顔が少年なのに、物言いは中年賢者のままだからちょっと微妙な感じだ。
「と言うよりも、この箱一杯の金貨を運んだら、取り出そうとする君も魔力が枯渇して倒れかねん。人の場合、あまりにも急激な魔力枯渇は命に関わる危険もあるから、試すことは薦めないな」
「もちろん冗談だよ。それよりもどうやって使えばいいんだ?」
「金貨以外でも欲しいものを教えてくれれば、次の場所でこの『箱』の中にそれを入れておく。逆に、君が『箱』に入れたものを預かっておくこともできる。何が欲しいか、次の箱の置き場をどこにするか、紙にでも書いて一緒に箱の中に入れておけばいい。我々に伝言があれば、それも伝わる」
「欲しいものと置いておく場所か...確かに状況次第でなんとでも変わりそうだ...」
「ただし、先ほども言ったようにこの箱はかなりの魔力を消費する。あまり頻繁に呼び出すと、いざという時に戦うための魔力が自分の体に残っていない、ということになりかねないから、そこは自分で様子を見ながら判断して欲しい」
「分かった。ただ、俺は行き先の様子を知らないことの方が多いだろうから、箱を隠しておく場所をうまく思いつけるか心配だな」
「不可視で不可触の結界を張っとくから、道の真ん中に置いてても人には見つからないよー。だから行き先とルートだけ教えてくれれば、その先の道筋に置いとくわー」
「へー、そんなことができるのか?」
「他の人には箱は見えないし、どうせ一人旅なんだから、周りに人目がない時にコソコソっと近寄って出し入れすればいいのよー」
「言い方っ!」
「なにがー?」
「あと、『どうせ一人旅』は余計なお世話だ。これから先の旅路に、綺麗で! 若くて! 献身的な! 道連れの女性ができないとは言い切れんだろうが?・・・」
「疑問形?」
「うるさいわ!」
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