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第一部:辺境伯の地
精霊たちとの交渉
しおりを挟むともかくだ・・・
この大精霊からの勧誘?は、一体なんなんだよ。
「我々精霊は現実世界に関与できないわけではないが、それには相当な『力』を費やすことになるので、継続するのが難しい」
「ちょっと手助けくらいはできるんだけどさー、アタシたちだけでずっと世界を支え続けることは出来ないって訳ねー」
「つまり...精霊ってのは、直接自分達で世界に手を下しにくい。だから代理の者...それが勇者で、何かをやらせるために、俺に声をかけたって理解でいいのかな?」
「しかり。このまま放置しておくと、いつか、この世界そのものが消え去るのかもしれないからな。君に勇者となって世界を渡り、並はずれて魔力が吹き溜まっているような場所を見つけて、その原因を刈り取って欲しいのだ」
俺はちょっと考え込んだ。
「正直、それなら今まで通りの破邪の仕事とさほど変わらない気もする。逆に言えば俺のことなんか放っておいても...あなたたちに一生会うことがなかったとしても、俺は仕事として魔物や魔獣を狩り続けたと思うよ?」
「だが、我々精霊と契約して勇者になって貰えば、いまの君の『ごく普通の人族』としての頸木は消え去り、新たに『勇者』だけが持つ力を得ることができる」
「そうなのよー。私と契約して勇者になってよー」
うるさいな、こっちの精霊。
アスワンと比べると、お手伝いで付いて来た子供みたいな発言だぞ。
「断るという選択もあるのか?」
恐る恐る聞いてみる俺。
「もちろんある。勇者になって、強大な魔力と戦う機会が増えれば、危険はさらに増して当然だ。君がそれを嫌と言うならば、別の勇者を見つけるしかない」
強くなる代わりに危険も増すと。
真っ当な取引だと思えなくもないが、その代償として義務に縛られるのは面倒ではある。
破邪が自らの『矜持』として魔物に立ち向かうのと、討伐依頼を受けて『義務』として魔物と戦うのは、似ているようで違うのだ。
特にギリギリの状況になった時に。
「まあ、いまも破邪という仕事の中で、いつでも命を落とす可能性はあるけどね。もし俺がこの話を引き受けたら、俺自身はどうなるのかな?」
「肉体も魔力も大幅に強化されて、君の破邪としての力は桁違いに上がるだろう。ただし気をつけて欲しいこともある。これまでの何人かの勇者がそうであったように、人々から奉られ崇められるようになってしまうと、逆に、濁った魔力を集めてしまう存在になる危険もあるのだ」
「んん? それはどういう理屈だ?」
「どうやら注目を集める人というのは、悪き心も集めてしまうらしい。多くの人を惹きつける者は意図せず澱みの中心となり、周囲に魔物を生み出してしまう。これは実際に、過去に何度か起きてきたことだ」
なるほど・・・分からんでもない気がするな。
ひょっとすると、アスワンが最初にライムール王国の勇者の件で『反省している』とか言ってたのは、そういう関係か?
魔力に人の悪しき心が乗ると、濁る。
濁った魔力は重くなり、その場所に留まって澱んでいく。
やがて澱んだ魔力は、その重みで周囲からも濁った魔力を引き寄せるようになり、いずれは凝縮した魔力の塊から魔物を生じさせてしまう。
その切っ掛けを勇者自身が作ってしまうこともある、って話なのかな。
まあ、それよりもいまは俺の決断をどうするかだな。
この話を受ければ、これからは破邪を隠れ蓑にして、精霊の依頼をこなす勇者としても活動するってことになるのか・・・
++++++++++
師匠の後について村を出て、やがて一人前の破邪として扱われるようになって、良かったと思うことが一つある。
それは魔獣や魔物を討伐して、人に感謝されるということだ。
金は欲しいし、俺は金のために魔獣を斃す。
でも、討伐がうまく行った後、村人たちからお礼の言葉をかけてもらえることは何よりも嬉しい。
俺が『勇者』としてやるべきことがその延長なら否はないか・・・
「うん、細かい部分はまだ全然分かってないと思うけど、俺が求められてる役目は分かった。やるよ、勇者。多分、それは俺に向いている仕事なんだと思う」
もっとも、勇者として崇めて欲しいなんてこれっぽっちも思わないけどさ・・・なんか自分的には、『感謝される』ことと『崇められる』ことは相容れない気がするな。
よく分からないけどさ。
「そうか、ありがたい」
アスワンが、満足げに微笑んだ。
やっぱり大精霊様に頼まれちゃ、嫌と言えないよね。
やれるだけやってみるさ。
「やったねー。きっとやってくれると思ってたんだー」
だからうるさいよ、お前は。
「大体、なんで裸で誘惑しようなんて考えたんだよ?」
俺は思わず娘の姿をとる大精霊の方に問いかけた。
コイツ...とか言ってはいけないのかもしれないが、コイツの言動は本当に謎だ。
「いやー、だってアナタにとっては面倒くさい上に、世俗的な意味ではいいコトも特に無いような役目を頼むわけじゃなーい? だからー、大人の女なアタシのみろっ」
ぶっちゃけたな。
あと噛んだ。
「魅力でおてもなしして、前向きに考えてもらおうと思ったのよー」
しかも言い間違えてるよ。
おてもなしって一体なんだよ?
「はぁ....」
「溜め息つかないでよー。それにさー、泉で勇者に剣を渡す精霊ってかっこいいじゃん? 一回やってみたかったのよねー」
あー、知ってる。
それ古いイースグラン国の逸話だな。
巡礼中の騎士が、馬を休めた泉のほとりで女神に出会って聖剣を授かるんだよな。
で、その聖剣だかの力を借りてイースグラン一帯に蔓延っていた魔物たちをバッサバッサと討伐して頭角を現わし、最後は王にまで上り詰めたって大昔の伝説だ。
「あんた、女神じゃなくって精霊だろ?」
「逆よ逆ー。あれも本当は精霊なの。人々の間で話に箔をつけるために、いつの間にか女神ってことになっちゃっただけー」
「それは本当だ。色々な時代、色々な場所にいた勇者たちは皆、精霊から力を得ている。私も随分と長いこと存在しているが、神の類には出会ったことも存在を感じたこともないな」
「大精霊も神の使いとかじゃあないってことか?」
「ああ。誰がこの世界を作ったのかを知るものはいないし、それを考えても意味がない。いくら考えても、答えに辿り着くことは無いだろうさ」
「そんなもんなのか...」
「この世の理とはそんなものだ」
「だいたいさー、雰囲気が良ければ細かいことはいいのよ」
「それ、細かいことか?」
「だけどアナタだって、私に『酒場で誘われたら付いていくー』みたいなこと言ってたじゃない?」
ちょっとイラッと来るな、このパルミュナっていう女性型大精霊。
大精霊のはずなのに妙に軽い。
人の若い女性に成り切ろうとして、演技過剰になってるのかもしれんが・・・
さらに言うと俺と同じ人間族じゃなくてエルフ族の容姿だろ、それ。
精霊にとっては人間族もエルフ族も十把一絡げの『人族』なんだろうけどさ。
「そりゃあ『人の娘』ならな。そもそもなあ、まだ雪解け水で手が凍りそうなこの季節の山で、泉で全裸になって楽しそうに水遊びする娘がいるかっての!」
「ぁー...」
細かいことじゃないだろ、そういうの。
人として振る舞うために必要なスペックを完全に忘れてたって感じだな・・・本当に大精霊なのかよ?
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