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第一部:辺境伯の地

泉で出会ったものは?

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振り向くと、そこに現れていたのは、これまた山奥の杣道そまみちを歩くには似つかわしくないローブをまとった男前の中年男性。
なんというか、顔も服装も『賢者』っぽい雰囲気だ。

前後を挟まれたか! と一瞬思ったものの、そもそも前にいる娘だけでも勝てそうに無いんだから今更だな。
それにこっちの男も、なんか澱んだものは一切感じない。
というか、むしろ神々しい。

「私の名は、アスワンと言う」

中年男性が自己紹介してくれた。
物腰からして敵意はなさそうなことに、こちらも少し心が落ち着く。

「人では無い、と思うんだが?」

「そうだな。お前たちの言葉で言うと、我々は『精霊』ということになるだろうさ」

いや待って待って、人の姿をしていて喋る精霊って、つまり『大精霊』だよね?
それにアスワンって名前の大精霊は記憶にあるんだけど・・・
まさかね?

「俺が子供の頃に何度も聞かされたお伽噺の中に、ライムール王国の勇者に『聖剣メルディア』を渡して悪竜を倒す力を貸した、『アスワン』という大精霊がいたって話があるんだが?」

「うむ、それは確かに私だ」

さらっと言ったぁ!!
本当か?

「だが、あの件については色々と反省しているし、無かったことにしろとは言わないが、あまり追及されたくも無い、というのが本音だな」

え? 
いや、そんなこと何一つ考えたこともないです。
って言うか、お伽噺に書かれてないことで何があったんですか?

いや、いまはそんなことは置いといて、だ。

「あなた・・・たちが、その大精霊だとして、私に何の用だろうか?」

一応、ちょっとだけ丁寧語になる俺。

「いや、そんなに堅苦しい話ではない。有体に言えば、君には『勇者』として我々の仕事を請け負って欲しい」

「は?」

「そう、勇者だよ勇者ー。君にこの世界を、この『ポルミサリア』を救って欲しいんだなー」

パルミュナ?とか呼ばれていた娘の方がアスワンと名乗った賢者の言葉を引き継いだ。

『勇者』という存在は俺も知ってる。

時折、世界のどこかに現れて、その時代の人々の困難に立ち向かうと言われている存在だ。
そして勇者とは『精霊の力を授かったもの』とも聞いている。

「えっと...なんか色々っていうか全然? 言ってる意味が分からないんだけど、もう少し全体を説明してもらえないだろうか?」

ちらっと振り返ってアスワンの方を見ると、物憂げな表情でゆっくりと頷いて口を開いた。
なんだか細かな仕草まですごく賢者っぽいな。
まあ、いにしえのお伽噺に謳われている大精霊アスワンなら当然か。

「近年、このポルミサリアをめぐる魔力の奔流が、年を追うごとに乱れてきているのだ。あちらこちらで濁った魔力が溢れ出て澱み、魔物や魔獣を山のように生み出したかと思うと、別の場所では大地から魔力が枯渇して、それに頼っていた生き物たちがダメージを受けたりといった状況だ。恐らくこのままだと、世界のバランスは崩れて崩壊する」

「崩壊って...その崩壊するっていうのは、世界がどうなるってことなんだ?」

「いずれポルミサリアは、人の住める世界ではなくなる。最終的にはあらゆる生命が死に絶えて、ただ荒野に魔力の暴風が吹き荒れているような世界になってしまうだろう」

うわあ、それはキツいな・・・

「私たちは、なんとしてもそれを防ぎたいの。そのためにわざわざ現世うつしよの勇者に会いに来たんだよ?」

娘の方がまた『勇者』と言うけど、そもそも俺の中で、『俺』と『勇者』という単語には『重なる部分がまったくない』ってことを分かって貰えないのかね?

シンプルに言うと『人違い』だとしか思えない。

「その、世界を救うなんて、俺みたいなごく普通の男にやらせなくても...いや、そもそも俺を誰か他の人と間違えてないか? 本当は俺じゃなくて、その人がここを通るはずだったとか?」

「ライノ・クライス、君が勇者に適任であることは間違いないのだ。いや、言い方を変えると、君はそもそも勇者なのだよ。これまで君の魂が生きてきた多くの場所でね」

おおっと、俺の名前を知ってた!
じゃあ、人違いじゃないのか・・・

「そして君はすでに『破邪はじゃ』として勇者にふさわしい経験を積んでいる。魔力も才能も人並み外れて高い。勇者を練る器として十分だろう」

ほんとかな・・・?

++++++++++

俺が十歳になる時、住んでいた村の近くの森に、遠くから迷い込んできたらしい魔獣が出て、森に入っていた村人が二人、殺された。

たまたま近くの街に旅の破邪が来ていることを知っていた村人の一人が、破邪を雇おうと言い出して、他に良い手も思いつかなかった村長と村人たちはそれに同意し、一人の破邪を村に招いた。

村にきた破邪は、村と森の状況を見て罠を仕掛けることにしたのだが、俺は、その罠に魔獣を誘き寄せるための『囮』になることに自分から手を挙げた。

なぜなら、魔獣に殺された村人ってのは俺の育ての両親だったからだ。

その破邪は怪訝な目でこちらを見ると、俺に言った。

「ほう、お前は度胸があるようだが、それはダメだ。囮というものは、相手を罠にかけることに失敗した時にはやられることも多い。もしも、お前のような小僧に死なれたら今後の寝つきが悪くなるからな」

「でも...それでも、あの魔獣を倒すために俺にもできることがあれば、やりたい...」

周囲の大人たちが、殺された二人が俺の親代わりだったことを破邪に説明してくれた。

俺は本当の両親を知らない。
二人からは、俺がまだ小さな赤ん坊の頃に人づてに貰われてきたとしか教えられてなく、俺の実の両親がどんな人たちだったかは誰も知らないという。

『父さん』と『母さん』は、本当に俺のことを可愛がってくれていた。

産みの親ではない、というのは小さな頃から教えられていたけれど、それでも実の子供と同じように大切にされていたということは子供心にも分かっていた。

あの日、村の狩人兼便利屋だった父さんと薬師だった母さんは、何を探してか一緒に森に入って運悪く魔獣に殺された。

「本当に死ぬかもしれんぞ? 魔獣に食い殺されてな」

「それでも何かしたい。自分で仕返しができるとは思わないけど、父さんと母さんの敵討ちの力になれるなら、それをしたい」

「そうか...ならば良いか...」

周囲の大人たちも一応は止めてくれたが、俺はそれに対して自分が囮をやった方がいい理由を言い募った。

魔獣には、頭の良いものも多い。
あからさまに家畜を一匹だけ繋いで村のはずれに出していても、警戒して近づいて来ないかもしれない。
子供が遊んでいるかのようにフラフラしている方が、よほどおびき寄せやすいだろう、と。

ちなみに、その罠はうまくいき、こうして俺はいまも生きている。

俺を喰らおうと近づいてきた赤黒い魔獣の目の前に、隠れていた破邪の男が飛び出し、大きな魔獣を一刀の元に切り裂いたその光景は、いまでもあの時の空の色と一緒に、鮮烈に思い出せる。

その破邪は、子供である俺が自分から囮になることを申し出て、さらに実際に魔獣に襲い掛かられそうになった時にも、走り寄ってくる魔獣に最後まで向き合って目を逸らさなかったことを、『度胸がある』と誉めてくれた。

そして、『身寄りがないのなら一緒に来て弟子になるか?』と聞かれ、もうこの村にいる理由も、されど他に行く当てもない俺には是非もなく、俺は師匠となった破邪について村を出た。

こうして、俺は八年ほど前に師匠に拾われて『破邪はじゃ』の見習いになったわけだ。

破邪というのは職業の呼び名なのだが、本来は『邪を打ち破るもの』つまり、人々に害悪をもたらす存在を退治することにまつわる様々な技能の総称だ。
それがいつの間にか、そうした技能を駆使して魔獣や魔物を討伐する人々自体の呼び名になった。

破邪が討伐する相手は基本的に魔物や魔獣だが、請け負う仕事の選び方は、求められる内容と、本人の得て不得手によってさまざま。
大きな街では定住して活動する破邪も多いが、多くは『旅の破邪』となって、吟遊詩人のように旅から旅への自由な生活だ。

旅の破邪は『遍歴破邪』とも呼ばれていて、どこにも定住せず、村から町へと討伐依頼を探しながら旅を続けていく。

まあ、これまでの修行中に何度も死にかけたんだがな。
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