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第23話 嘘 アランside
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「どうしてあの時、嘘をついたの?」
「嘘、とは」
「──此度の婚約は俺がパーティで君に一目惚れをして、情熱的な恋心が芽生えた国境を跨いだ結婚をなどというロマンティックな物では無い」
アランがペンを止め、シエルを見上げる。
「やっぱり」
得意げな笑みを浮かべるシエルが、アランのそばにあった椅子に腰掛ける。
眉を顰めて、アランは返した。
「一言一句、よく覚えていますね」
「貴方の大根役者ぷりがあまりにも印象的だったから。一目惚れだったくせに」
「そんなこと、どうしてわかるんですか」
「何百年の付き合いだと思っているの」
確信犯もかくやといったシエルの表情に、観念したように息をつくアラン。
何事にも動じない真面目な表情で、言葉を並べる。
「竜族と人間では、そもそもの寿命が違い過ぎます。この先、何十年という時間を見据え彼女の気持ちを考えた時に、この形が一番ベストだと判断したまでです」
「そういうところが、乙女心をわかってないと言うのよ」
呆れた、と言わんばかりにシエルはため息を落とす。
「せっかく気を回してあげたのに……。貴方がソフィアちゃんに“この婚約にロマンは無い“言い放った時には、思わずすっ転びそうになったわよ。貴方には貴方なりの考えがあったと思うから、表面的なフォローに留めておいたけど」
「まさか……」
アランが訝しむように目を細める。
「あの時、婚約の提案をしたのは」
「さあ、どうでしょう?」
にっこりと、シエルは屈託のない笑顔を浮かべる。
見る者全ての警戒心を解いてしまいそうな笑顔だが、その裏には様々な思惑が張り巡らされている事をアランは知っている、長い付き合いだから。
「色恋沙汰とはずっと無縁だった部下に降って湧いた春の気配……これは上司として動かないわけには、という思惑があっても不思議じゃないでしょう?」
「公私混同が過ぎませんか」
「あら。私は今まで一度たりとも、国益を考えない行動を取ったことは無いわよ」
その言葉に反論はない。
事実、ソフィアの存在はエルメルにとって多大なる利益をもたらすことは火を見るよりも明らかだからだ。
シエルに言わせれば、“一石二鳥”な事をした、くらいの認識だろう。
「とにかく俺は、今のままの関係を望みます。もしも、お互いに真の愛情が芽生えた場合、悲しむのは彼女の方です。だから現状が、彼女にとっても最善のはずです」
「強情ねえ。まあいいわ。いつまで持つか、高みの見物をさせてもらうとしましょう」
「竜族の理性を甘く見過ぎでは?」
「竜人でしょ。感情を持っている以上、好きという気持ちはそう簡単に抑えられるものじゃないのよ。薄々気づいているでしょう?」
その問いに、アランは応えない。
もうずっと止まったままのペンを持ったまま眉間に皺を寄せるばかりであった。
「それに……」
優しい笑みを浮かべて、シエルは続ける。
「相手からの純粋な愛に応えない。それが出来るほど、貴方は非情じゃないわ」
「いや……彼女が俺に好意を持つ事自体あり得ないでしょう。強引に婚約を結び、無理矢理他国に連れてきた無愛想で面白みのない俺に、好かれる要素が見当たりません」
「この鈍感ドラゴン」
「なんか言いました?」
「いいえ何も」
話はそれで終わり、とでも言うようにシエルは立ち上がる。
「それじゃ、私は行くわ。今後も、ソフィアちゃんに関する報告お願いね」
「わかりました」
「彼女の、精霊力の調査の方も」
「明日には」
「よろしい」
満足げに頷いて、シエルは部屋から立ち去った。
一人残されたアランは書類仕事を再開する。
しかし先ほどのようなペースでは書類の処理が進まなかった。
思考の端にちらちらと、ソフィアの事が浮かんでいたから。
──自分の中に生まれた気持ちがどれだけのエネルギーを持っているか、この時のアランは知る由もなかった。
「嘘、とは」
「──此度の婚約は俺がパーティで君に一目惚れをして、情熱的な恋心が芽生えた国境を跨いだ結婚をなどというロマンティックな物では無い」
アランがペンを止め、シエルを見上げる。
「やっぱり」
得意げな笑みを浮かべるシエルが、アランのそばにあった椅子に腰掛ける。
眉を顰めて、アランは返した。
「一言一句、よく覚えていますね」
「貴方の大根役者ぷりがあまりにも印象的だったから。一目惚れだったくせに」
「そんなこと、どうしてわかるんですか」
「何百年の付き合いだと思っているの」
確信犯もかくやといったシエルの表情に、観念したように息をつくアラン。
何事にも動じない真面目な表情で、言葉を並べる。
「竜族と人間では、そもそもの寿命が違い過ぎます。この先、何十年という時間を見据え彼女の気持ちを考えた時に、この形が一番ベストだと判断したまでです」
「そういうところが、乙女心をわかってないと言うのよ」
呆れた、と言わんばかりにシエルはため息を落とす。
「せっかく気を回してあげたのに……。貴方がソフィアちゃんに“この婚約にロマンは無い“言い放った時には、思わずすっ転びそうになったわよ。貴方には貴方なりの考えがあったと思うから、表面的なフォローに留めておいたけど」
「まさか……」
アランが訝しむように目を細める。
「あの時、婚約の提案をしたのは」
「さあ、どうでしょう?」
にっこりと、シエルは屈託のない笑顔を浮かべる。
見る者全ての警戒心を解いてしまいそうな笑顔だが、その裏には様々な思惑が張り巡らされている事をアランは知っている、長い付き合いだから。
「色恋沙汰とはずっと無縁だった部下に降って湧いた春の気配……これは上司として動かないわけには、という思惑があっても不思議じゃないでしょう?」
「公私混同が過ぎませんか」
「あら。私は今まで一度たりとも、国益を考えない行動を取ったことは無いわよ」
その言葉に反論はない。
事実、ソフィアの存在はエルメルにとって多大なる利益をもたらすことは火を見るよりも明らかだからだ。
シエルに言わせれば、“一石二鳥”な事をした、くらいの認識だろう。
「とにかく俺は、今のままの関係を望みます。もしも、お互いに真の愛情が芽生えた場合、悲しむのは彼女の方です。だから現状が、彼女にとっても最善のはずです」
「強情ねえ。まあいいわ。いつまで持つか、高みの見物をさせてもらうとしましょう」
「竜族の理性を甘く見過ぎでは?」
「竜人でしょ。感情を持っている以上、好きという気持ちはそう簡単に抑えられるものじゃないのよ。薄々気づいているでしょう?」
その問いに、アランは応えない。
もうずっと止まったままのペンを持ったまま眉間に皺を寄せるばかりであった。
「それに……」
優しい笑みを浮かべて、シエルは続ける。
「相手からの純粋な愛に応えない。それが出来るほど、貴方は非情じゃないわ」
「いや……彼女が俺に好意を持つ事自体あり得ないでしょう。強引に婚約を結び、無理矢理他国に連れてきた無愛想で面白みのない俺に、好かれる要素が見当たりません」
「この鈍感ドラゴン」
「なんか言いました?」
「いいえ何も」
話はそれで終わり、とでも言うようにシエルは立ち上がる。
「それじゃ、私は行くわ。今後も、ソフィアちゃんに関する報告お願いね」
「わかりました」
「彼女の、精霊力の調査の方も」
「明日には」
「よろしい」
満足げに頷いて、シエルは部屋から立ち去った。
一人残されたアランは書類仕事を再開する。
しかし先ほどのようなペースでは書類の処理が進まなかった。
思考の端にちらちらと、ソフィアの事が浮かんでいたから。
──自分の中に生まれた気持ちがどれだけのエネルギーを持っているか、この時のアランは知る由もなかった。
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