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第1話 冷たい日々
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魔法王国フェルミ、エドモンド伯爵の領地。
その当主の屋敷の廊下にて。
「んしょ……んしょ……」
伯爵家令嬢ソフィアは、大量の紙束を抱えて歩いていた。
背中まで伸ばしたワインレッド長髪は燻んでおり毛先はちれじれ。
青白く不健康そうな肌、背はこの国の女性の平均よりも若干高いが全体的に痩せこけている。
着ている服は一応ドレスだが、地味でところどころ薄汚れていた。
伯爵家の身分でありながら貴族らしからぬ容貌の少女──それが、ソフィア・エドモンドだった。
ソフィアが両手で抱える紙束は、昨晩父に纏めるよう命じられた屋敷内の収支や人事に関する書類だ。
まさかこの量の書類を一日で処理しろと言われるとは思っておらず、日課の家事と並行してやっていたため夕方までかかってしまった。
お陰で今日はまだ何も口に出来ていない。
気を抜いたら転けてしまいそうだ。
フラフラな身体をなんとか鞭打って、父のいる執務室に向かっている。
道中、すれ違う使用人たちのヒソヒソ声がソフィアの鼓膜を震わせた。
「またソフィア様、あんな重たそうな書類を……」
「魔法が使えたらねえ……楽に持っていけるのにねえ……」
思わず、ソフィアは下唇を噛み締めた。
“あの日”以来、散々言われ続けた事とはいえ、やはり辛い。
でも仕方がない。
(全部、無能な私が悪いんだから……)
そう言い聞かせ、足を動かしていると。
「ウォーターボール!」
突然、ソフィアの頭にざっぱああんっと大量の水が被さってきた。
「きゃっ……!?」
咄嗟の出来事にソフィアは防ぐ事も出来ず、その身に水を受けてしまう。
(書類……!!)
濡らしたらまずいと、ソフィアは咄嗟に書類に覆い被さるように前のめりになる。
朝から栄養を摂っておらずヨロヨロだった身体が重力に抗えるわけもなく、うつ伏せに倒れ込むソフィア。
「うぁっ……」
両手が塞がっていては受け身を取ることもできず、衝撃がソフィアを襲った。
そしてあっという間にソフィアはずぶ濡れになってしまう。
「あら~~ごめんなさい、お姉さま!」
嘲笑するような声がソフィアの鼓膜を叩く。
水の冷たさに凍えながら振り向くと、妹のマリンが杖を手にこちらを見下していた。
ソフィアとは違い、陶器のように白く健康的な肌に艶やかで長いブロンドヘア。
小柄な体躯と、小動物のようなくりっとした顔立ちは男性の庇護欲を掻き立てるようなもの。
豪華なドレスを身に纏っていて、こちらはいかにも貴族の令嬢といった風貌だった
「お花に水をあげようとして、つい座標を間違えてしまいましたわ。許してくださいまし」
「…………」
どこに花があるの、と言葉に出しそうになるのをソフィアは耐える。
口にするだけ無駄だし、余計に面倒な事になるのは目に見えているから。
昨晩、ソフィアが父に書類仕事を押し付けられる場面をマリンは見ていた。
わかった上で、嫌がらせをしてきたのであろう。
いつもの事であった。
ソフィアは小さく息をついたあとゆっくりと立ち上がって、黙々と濡れた書類を拾う。
幸い、すぐ庇ったお陰で書類はそこまで濡れてはいない。
しかし、何枚かはびしょ濡れですぐ乾かした方が良さそうだった。
そんなソフィアの内心は読んだかのように、マリンは言う。
「困りましたわねーー、書類がずぶ濡れですわねーー?」
くすくすと、笑い声。
「どうしてもと仰るのであれば、ドライエアーを使ってあげてもよろしくてよ?」
“ドライエアー”
言葉の通り、濡れた物を瞬時に乾かす魔法だ。
正直、今の状況では喉から手が出るほど欲しい魔法である。
(使ってあげてもいいって……)
元はと言えばマリンの嫌がらせが原因じゃない、と口に出そうになるのを飲み込む。
逆らうだけ無駄だ、マリンの行動は単なる嫌がらせなのだから。
胸の底から湧き上がってくる様々な感情を押し込めて、ソフィアはマリンに乞う。
「……お願い、マリン。父上に頼まれた大事な書類なの」
「人に頼み事をする時の態度じゃありませんわね?」
マリンの眉が不機嫌そうに顰められる。
「別にいいのですよ、このまま部屋に戻っても? 私には関係のない事ですし」
「……っ」
背を向けようとするマリンに、ソフィアは跪き頭を地に擦り付けて懇願した。
「お願いします、マリン様。ドライエアーを使って、書類を乾かしてください」
ニヤリと、マリンの口元が意地悪く歪む。
「……見てよ、あれ。またやってる」
「惨めよねえ、妹にあんなにいびられて……」
たまたま通りかかった使用人からそんな声が聞こえてきた。
頭を下げたまま、ソフィアは悔しさで涙が滲みそうになる。
「わかればいいのですよ、わかれば。ドライエアー」
愉快そうに言って魔法を唱えるマリン。
すると、みるみるうちに書類から水分が取り除かれた。
流石はエドモンド家が誇る魔法師。
魔法の効果は絶大である。
ただ紙の繊維が縮んでしまったのか、何枚かの書類はシワクチャになってしまっている。
流石にこればかりはどうにもならなさそうだった。
小さく息を吐いてから、書類を拾い上げるソフィア。
そんな彼女に、マリンが意地悪な事を言う。
「お姉さまも自分で魔法が使えさえすれば、こんな事にはならなかったですのにねえ~」
胸にずきりと痛みが走り、書類を拾う手が止まる。
「まあ、無理な話ですわね。なんと言ったってお姉さまは……」
にたぁと最上級の侮辱を込めて、マリンは言った。
「“魔力ゼロ”なのですから」
その当主の屋敷の廊下にて。
「んしょ……んしょ……」
伯爵家令嬢ソフィアは、大量の紙束を抱えて歩いていた。
背中まで伸ばしたワインレッド長髪は燻んでおり毛先はちれじれ。
青白く不健康そうな肌、背はこの国の女性の平均よりも若干高いが全体的に痩せこけている。
着ている服は一応ドレスだが、地味でところどころ薄汚れていた。
伯爵家の身分でありながら貴族らしからぬ容貌の少女──それが、ソフィア・エドモンドだった。
ソフィアが両手で抱える紙束は、昨晩父に纏めるよう命じられた屋敷内の収支や人事に関する書類だ。
まさかこの量の書類を一日で処理しろと言われるとは思っておらず、日課の家事と並行してやっていたため夕方までかかってしまった。
お陰で今日はまだ何も口に出来ていない。
気を抜いたら転けてしまいそうだ。
フラフラな身体をなんとか鞭打って、父のいる執務室に向かっている。
道中、すれ違う使用人たちのヒソヒソ声がソフィアの鼓膜を震わせた。
「またソフィア様、あんな重たそうな書類を……」
「魔法が使えたらねえ……楽に持っていけるのにねえ……」
思わず、ソフィアは下唇を噛み締めた。
“あの日”以来、散々言われ続けた事とはいえ、やはり辛い。
でも仕方がない。
(全部、無能な私が悪いんだから……)
そう言い聞かせ、足を動かしていると。
「ウォーターボール!」
突然、ソフィアの頭にざっぱああんっと大量の水が被さってきた。
「きゃっ……!?」
咄嗟の出来事にソフィアは防ぐ事も出来ず、その身に水を受けてしまう。
(書類……!!)
濡らしたらまずいと、ソフィアは咄嗟に書類に覆い被さるように前のめりになる。
朝から栄養を摂っておらずヨロヨロだった身体が重力に抗えるわけもなく、うつ伏せに倒れ込むソフィア。
「うぁっ……」
両手が塞がっていては受け身を取ることもできず、衝撃がソフィアを襲った。
そしてあっという間にソフィアはずぶ濡れになってしまう。
「あら~~ごめんなさい、お姉さま!」
嘲笑するような声がソフィアの鼓膜を叩く。
水の冷たさに凍えながら振り向くと、妹のマリンが杖を手にこちらを見下していた。
ソフィアとは違い、陶器のように白く健康的な肌に艶やかで長いブロンドヘア。
小柄な体躯と、小動物のようなくりっとした顔立ちは男性の庇護欲を掻き立てるようなもの。
豪華なドレスを身に纏っていて、こちらはいかにも貴族の令嬢といった風貌だった
「お花に水をあげようとして、つい座標を間違えてしまいましたわ。許してくださいまし」
「…………」
どこに花があるの、と言葉に出しそうになるのをソフィアは耐える。
口にするだけ無駄だし、余計に面倒な事になるのは目に見えているから。
昨晩、ソフィアが父に書類仕事を押し付けられる場面をマリンは見ていた。
わかった上で、嫌がらせをしてきたのであろう。
いつもの事であった。
ソフィアは小さく息をついたあとゆっくりと立ち上がって、黙々と濡れた書類を拾う。
幸い、すぐ庇ったお陰で書類はそこまで濡れてはいない。
しかし、何枚かはびしょ濡れですぐ乾かした方が良さそうだった。
そんなソフィアの内心は読んだかのように、マリンは言う。
「困りましたわねーー、書類がずぶ濡れですわねーー?」
くすくすと、笑い声。
「どうしてもと仰るのであれば、ドライエアーを使ってあげてもよろしくてよ?」
“ドライエアー”
言葉の通り、濡れた物を瞬時に乾かす魔法だ。
正直、今の状況では喉から手が出るほど欲しい魔法である。
(使ってあげてもいいって……)
元はと言えばマリンの嫌がらせが原因じゃない、と口に出そうになるのを飲み込む。
逆らうだけ無駄だ、マリンの行動は単なる嫌がらせなのだから。
胸の底から湧き上がってくる様々な感情を押し込めて、ソフィアはマリンに乞う。
「……お願い、マリン。父上に頼まれた大事な書類なの」
「人に頼み事をする時の態度じゃありませんわね?」
マリンの眉が不機嫌そうに顰められる。
「別にいいのですよ、このまま部屋に戻っても? 私には関係のない事ですし」
「……っ」
背を向けようとするマリンに、ソフィアは跪き頭を地に擦り付けて懇願した。
「お願いします、マリン様。ドライエアーを使って、書類を乾かしてください」
ニヤリと、マリンの口元が意地悪く歪む。
「……見てよ、あれ。またやってる」
「惨めよねえ、妹にあんなにいびられて……」
たまたま通りかかった使用人からそんな声が聞こえてきた。
頭を下げたまま、ソフィアは悔しさで涙が滲みそうになる。
「わかればいいのですよ、わかれば。ドライエアー」
愉快そうに言って魔法を唱えるマリン。
すると、みるみるうちに書類から水分が取り除かれた。
流石はエドモンド家が誇る魔法師。
魔法の効果は絶大である。
ただ紙の繊維が縮んでしまったのか、何枚かの書類はシワクチャになってしまっている。
流石にこればかりはどうにもならなさそうだった。
小さく息を吐いてから、書類を拾い上げるソフィア。
そんな彼女に、マリンが意地悪な事を言う。
「お姉さまも自分で魔法が使えさえすれば、こんな事にはならなかったですのにねえ~」
胸にずきりと痛みが走り、書類を拾う手が止まる。
「まあ、無理な話ですわね。なんと言ったってお姉さまは……」
にたぁと最上級の侮辱を込めて、マリンは言った。
「“魔力ゼロ”なのですから」
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