3 / 125
第3話 彼女の訪問
しおりを挟む──ピンポーン。
無遠慮なインターホンの音色が、深底に沈んでいた意識をゆっくりと浮上させる。
どれくらい寝てたんだろう。
立ち上がろうとして、自分がまだリュックを背負ったままである事に気がついた。
意識を朦朧とさせながら断片的な記憶を探り出し、帰ってそのまま玄関で寝落ちした事を思い出す。
変な体勢で寝たためか、やけに首が痛い。
やっとのことで立ち上がり、重い動作でリュックを下ろす。
相変わらず絶不調だが、睡眠を取ったことによってほんの少しだけマシになっていた。
ピンポーン。
もう一度、インタホーンが鳴った。
寝ぼけた頭のまま亀の動作でドア開けて──目を疑った。
「やっ、昨日ぶり!」
元気の良い声。
屈託のない笑顔。
長く、絹糸のように繊細な黒髪がさらさらと揺れる。
お隣の女子高生が、そこに立っていた。
学校からそのまま来たのか。
細身で女の子にしては身長が高めだが、出るところはしっかり出ている彼女の体躯にブレザーの制服はよく似合っていた。
体調を崩している様子はなく、とても血色の良い顔をしている。
だいぶ雨に打たれていたのに、僕と違って風邪は引かなかったようだ。
生活習慣の差なのか、彼女がもともと風邪なんか引かない健康体なのか。
おそらく後者だと予想する。
視線を下に移すと、見覚えのあるビニール傘が目に入った。
「それを、返しに?」
「ご名答! いやはー、お隣さんで良かったよ、ほん……と?」
彼女の表情が静止する。
おそらく昨日の僕の顔の血色を思い出し、今のそれと見比べて、明らかに異常だという結論を下したのだろう。
「なんか、すごくしんどそうなんだけど、大丈夫?」
「ん……あぁ、問題、ない。いつも、通り」
そう取り繕うのにはあまりにも無理があった。
顔は真っ赤で息を荒くし言葉は途切れ途切れ。
その上身体を支えるように壁に手をついている僕の状態を見て、彼女はすぐに察しがついたようだ。
「ほんっとごめん!! 」
小さな頭が勢い良く下げられ、甘ったるいシャンプーの匂いが玄関に散らばる。
謝罪はいいから少し声のボリュームを下げて欲しい、なんて場違いな思考を抱いた。
「私のせい、だよね……」
恐る恐る上げられたその表情には、焦りと罪悪感の色が浮かんでいた。
ずっと笑った顔しか見てなかったから、こんな表情もできるのかと妙な心持ちになる。
同時に、この流れは非常に良くないな、と思った。
「違う……君のせい、じゃ」
「でも! 私に傘を貸したから……」
「僕が勝手に、やったことだ……だから、気にしないで、ほしい」
傘を貸したのは完全にこちらの自己満足だ。
それなのに罪悪感を持たれるのは非常に居心地が悪い。
しかし、彼女は納得がいかないと、形の良い唇をきゅっと結んでいた。
折り畳み傘を握る手に力が篭っている。
「今日のところは、帰ってほしい」
自分でも驚くくらいローテンションな声で懇願する。
正直なところ、これ以上言葉を発するのも辛かった。
仮眠をしている間にチャージされたわずかなエネルギーを振り絞って、今すぐ布団に包まれなくてはならない。
流石に家の中までは入ってこないだろうと、リアクションを待たずして彼女に背を向けた。
──ちゃんと足元を確認しておけばよかったと、後になって思う。
一歩踏み出したところで何かに躓いた。
先ほど床に置いたリュックサック。
熱と倦怠感で注意力が散漫になっていたのだろう。
我ながらなんと迂闊な。
後悔先立たず、受け身はもう間に合わない。
そのまま床に倒れるだろうが、フローリングの床だし、怪我することはないだろう。
多少の痛みはあるかなと思いつつ、重力に身体を任せて力を抜いた。
しかし、後方からぎゅっと手首を掴まれ強制的に元の体勢に戻された。
重力に争う感覚。
「これで放って帰れるわけないでしょう!?」
どうやら彼女は怒っているらしかった。
力が抜けて倒れそうになる僕を、細い腕が支える。
ふわりと甘く良い香りが鼻腔をついて、さらに熱が上がりそうになった。
もはや言葉を発する力も残っていない。
ぼんやりとした頭で状況を整理しようとするも、熱と倦怠感に邪魔されて思考が働かなかった。
僕は彼女に引っ張られるまま、部屋へと誘導されていった。
0
お気に入りに追加
43
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
ゾンビ発生が台風並みの扱いで報道される中、ニートの俺は普通にゾンビ倒して普通に生活する
黄札
ホラー
朝、何気なくテレビを付けると流れる天気予報。お馴染みの花粉や紫外線情報も流してくれるのはありがたいことだが……ゾンビ発生注意報?……いやいや、それも普通よ。いつものこと。
だが、お気に入りのアニメを見ようとしたところ、母親から買い物に行ってくれという電話がかかってきた。
どうする俺? 今、ゾンビ発生してるんですけど? 注意報、発令されてるんですけど??
ニートである立場上、断れずしぶしぶ重い腰を上げ外へ出る事に──
家でアニメを見ていても、同人誌を売りに行っても、バイトへ出ても、ゾンビに襲われる主人公。
何で俺ばかりこんな目に……嘆きつつもだんだん耐性ができてくる。
しまいには、サバゲーフィールドにゾンビを放って遊んだり、ゾンビ災害ボランティアにまで参加する始末。
友人はゾンビをペットにし、効率よくゾンビを倒すためエアガンを改造する。
ゾンビのいることが日常となった世界で、当たり前のようにゾンビと戦う日常的ゾンビアクション。ノベルアッププラス、ツギクル、小説家になろうでも公開中。
表紙絵は姫嶋ヤシコさんからいただきました、
©2020黄札
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた
りゅう
ファンタジー
異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。
いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。
その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる