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16.アルファの執着

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学校ではいつも誰かの席の近くに集まってお昼ご飯を食べる。
今日はツバサと二人向かい合ってお昼ご飯を食べていた。
ツバサは最近、練習と言って自分で作ったお弁当を持ってきたりする。俺のは寮の人が用意してくれたお弁当だ。
今週はヒナタがいない。
なんと、とうとうヒナタにヒートが来た。

すべて綺麗に食べ終わり片付けを済ませると。ヒナタのヒートの話になった。

ツバサが言うには相性の良いアルファが近くにいるとオメガ性が活性化するらしい。最近、ヒナタは吉岡さんと順調にお付き合いをしている。吉岡さんからはヒナタは運命だと言われている。

相性が良いアルファ性がオメガ性を活性化させるなら俺はなんで9月の頭にヒートが来たんだろうって。その答えに行きつくのは簡単だ。パティスリー三浦には週に1回か、2回は至君が来ていた。

「なになに透、その顔」

「至君と俺も相性が良いのかもしれないなって」

「なんだ惚気か、実際そうなんじゃないかな。嫌じゃないんだろ?張ヶ谷至のあの匂い」

俺はコクリとうなずいた。交流会の時にも思った。良い匂いだと思っても一歩踏み込んで好きだと思う匂いは至君だけだ。俺は指でチョーカーをなぞった。

「匂いが好きか嫌いかって結構重要なポイントなんだよ。良いと思っても好きって思えるのは貴重だ」

ツバサはニヤリとして。チョーカーを指さすと。

「それだって、アルファの囲い込みだからね。透はもうかなりマーキングされてるよ」

「マ…マーキング!」

「愛されてるの最上級だよ」

ツバサが声を出して笑った。俺はツバサの肩をぐりぐり拳で攻撃した。

「死んでも良いって思えるくらい好きになれると良いね」

俺はツバサの肩を殴るのをやめてツバサのチョーカーを見る。うなじには歯型がついているため、守るためと言うより目立たなくさせるためのシンプルなチョーカー。

「やっぱ、痛い?」

「そう言う事、教室で聞く?」

ツバサが今度は俺の肩をガシガシ殴り始めた。殴られた肩をさすっていると授業開始のチャイムが鳴った。


週が明けて現れたヒナタは少々やつれた感じだった。
俺はヒナタより背が高い。だから気付いてしまった、鎖骨の上ところに歯型があった。俺は真っ赤になって口をパクパクさせた。
ヒナタは俺のリアクションを見て急いで第一ボタンまで留めた、そして、潤んだ目でこっちを見てくる。今までは可愛いだけだったけど今日はなんだか…けしからん感じがした。

放課後。事情を聴くためにツバサと二人で引きずるようにして俺の部屋にヒナタを連れて行った。

テーブルをはさんでヒナタとツバサと俺は座った。ツバサが手を上げた。

「ヒナタさんに質問です」

「はい。ツバサさんどうぞ」

「その鎖骨の歯型はいったい何でしょう」

俺が聞きたかったことをズバリ聞いてくれた。いや、3人の中で一番背が低いのがヒナタだからツバサもばっちり見えてたってことだ。ヒナタはテーブルに突っ伏した。プシュ~という音が聞こえそうなほどに真っ赤になって。

「説明します。僕とあっくんは10月の初めごろから正式にお付き合いをはじめました。そして二人で話し合った結果。僕にひ…ひひひ…とがきたら一緒に過ごそうと約束をしていまして…約束を果たしてもらったカタチです」

途中壊れたレコーダーみたいになっていたが最後まで言い切った。あっくん。明久だからあっくんなのか。ツバサはふむふむとか、なるほどとか相槌を打ってヒナタの頭を撫でまわしていた。そうやっているとうなじの奥の方も見えるから。ほら、見えた。背中の方にも赤い点と歯型だ。

俺は天井を見た。もう、見慣れた天井だ。

「吉岡さんって中3の時からヒナタが参加する交流会には必ず現れては絡んできてたからな」

ツバサがさもありなんとうなずいている。ヒナタが浮上しかけた頭をまた勢いよく突っ伏したためにゴンっとおでこを打つ音が聞こえた。

「ヒナタ?大丈夫?」

「うん、大丈夫。あっくんはチャラそうだけど。根は真面目でほんとは優しい人なんだ」

そっちの大丈夫か。

「ヒナタの意志なら俺に言うことは無いよ」

「ありがとう」

ヒナタが良い笑顔で答えた。ツバサがまた手を上げる。

「はい、質問です」

「はい、ツバサさんどうぞ」

「番の登録はされたのですか?」

ヒナタの目がいよいよ潤んできた。
「噛んでもらってないのでゆっくりでいいかなと、でも。ひひひひ…とのあと、あっくんのお父さんとお母さんには会いました。今週末、うちの両親と向こうの両親とで会食します。婚約と言う形に納まると思います」

ツバサはさっきよりも優しい顔になった。
「ずっと見てたから分かってたよ。ヒナタさえ覚悟すればうまくいくって。おめでとう」
今度は俺がヒナタの頭を撫でた。黒いつやつやの髪はサラサラでうなじまで真っ赤だなと可愛く思った。

「ただ、あっくんは来年受験生なんだ。だから、できるだけ僕もそれを応援して邪魔にならないようにしたい」
「ヒナタがそばにいればあっくんも大丈夫だよ」
ツバサまであっくん呼ばわりしている。俺はふとカレンダーを見た。

「って、今週の日曜日って良い夫婦の日だね」

ヒナタが顔を覆って唸り始めてしまったので機嫌を取ることにした。冷蔵庫に入れておいたシフォンケーキをテーブルの上にどんと置いた。

「ヒナタ、ほらヒナタの好きな。紅茶のシフォンケーキ焼いたよ」
ヒナタはむくりと顔を上げて一人で一気にホールの半分を食べた。

それにしてもヒナタはすごい。勇気を出して吉岡さんを誘い一緒にヒートを過ごしたのか。俺も来週あたり2回目のヒートが来る予定だ。森下医師にも言われた。だけど、それを至君に言うには勇気がない。
アルファと一緒にヒートを過ごすという事はそう言う事だから。

至君は好きだ。笑顔も 手も 声も 逢うたびに好きが増えるのに俺には勇気がなかった。
俺はどんよりと暗く落ち込んだ。

ツバサがぎょっとこっちを見る。俺はどうやら不甲斐なさがあふれて涙になっていたみたいだ。
「なんで透が泣くんだ」

「俺はどんどん体はオメガになるのにまだ覚悟が足りない。ツバサが…ヒナタが…すごいって思う。来週ヒートかもしれないって言うのに至君に何も言ってないんだ、大好きなのに」

ツバサが俺の頭を撫でる。
「そんなの当たり前じゃないか。オメガの体はオメガのものだ。付き合ったら全部明け渡さなきゃダメなんてそっちの方が間違ってる。それにヒートの相手をお願いすることが好きの証明だとも思わないよ。オメガにだって心の準備がある」

ヒナタも俺の頭を撫でてきた。
「透君、ごめん。僕はちっとも勇気なんてないんだ。実はその時、あっくんがいたのは偶然だったんだ。デートしてたら急にひ…ひぃとになってあっくんに介抱してもらったから。僕は…僕は…もしあっくんのいないところでひ…ひぃとになってたら、あっくんにちゃんとお願いできてたか分からない。結局、噛まないでって叫んじゃったんだ、ほんとは…勇気なんてないんだ。約束はしてたけど、事故みたいに巻き込んだだけなんだよ」
ヒナタの子犬みたいな大きな丸い目から涙がぼたぼた落ちてきた。

今度は俺がヒナタの涙を拭いてやった。
ツバサはヒナタを撫でまわす。そして、すごく優しい目でヒナタを労わる。
「あっくんだって抑制剤を持ってるはずだし。ちゃんとシェルターを使おうと思えば使えたはずだ。それでもヒナタに付き合ったなら、それはあっくんの意志じゃないか。あっくんはヒナタのお願いを聞いてうなじを噛んでないってことはちゃんと自制もできてたって事だろ。僕は知ってるよ。あっくんがヒナタにすごく執着してたこと。ヒナタはちゃんと大切にされている。あっくんは巻き込まれたなんて思わないよ」

ツバサは泣きそぼる俺とヒナタの手を握った。
「二人とも、相手がいることで悩むくらいならちゃんと相手と話し合えよ」
…もっともだ。俺はコクコクとうなずいた。ツバサはふーと細く息を吐いて笑顔を浮かべる。
そのまま俺とヒナタの頭を雑に撫でた。

「偉そうに言ってるけど。僕も悩んだことだから…ちょっとだけ先輩だから言えたんだ。僕に教えてくれたのは右京さんだよ」

「ツバサの旦那?」

「うん。案外、話せば簡単に解決するんだ。僕たちはそうだった」

俺は泣くだけ泣いたら、なんかスッキリした。
「ツバサ、ありがとう」
ヒナタも隣でコクコクとうなずいている。


俺は目元を赤くしたヒナタのために冷凍庫から保冷剤を出した。ヒナタはお礼を言って受け取る。その間にツバサは半分になっていたシフォンケーキを2㎝だけ残してたいらげていた。

俺は残り少ないシフォンケーキをつつく。
「次に吉岡さんに会ったら、あっくんって呼びそうだ」
ついそんな不安を口にしたら二人とも笑い出した。


俺はその晩、至君にちょっと長いメッセを送った。もうすぐヒートが来ること。だけど至君と過ごすのは怖いこと。だけど大好きだってこと。
至君は僕の体を気遣う言葉と「大好きだよ」って言葉をくれた。

ツバサの助言通り至君に話せば簡単に不安は消えた。


俺のヒートは予定通り11月の最後の週にきた。

それにしても、ヒートは最悪だ。
相変わらずお腹は痛くなるし。頭は沸騰するし、どんどん気持ちがネガティブになる。試しに触ってみようかとも思ったけどやっぱり怖かった。感じたことのない衝動が性欲だと今なら分かる。俺は至君の声や手の感触を思い出してパニックになりそうだった。以前より耐えられないとくじけそうになった。
まざまざと感じるオメガの本能に俺は震えることしかできなかった。
今回はスマホを持ち込んだ。至君から励ましのメッセが来るから頑張れた。ゼリー飲料を乱暴に飲み干してただひたすらベッドで丸まった。

ヒートが明けて出た廊下はひんやりとして空気がもう冬だった。
カレンダーは12月に変わっていた。
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