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9.まさかの再会

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月に一度以上は実家に帰る約束をしていた。その日に合わせて航兄とは大学見学に一緒に行く話をしていた。オメガの設備も整っている大学なので、もし良いところなら俺にも勧めたいと言う話だった。大学進学なんてまだ考えてもいなかったけど、オメガが進学できる大学なら行ってみたいと思った。

将来なんて遠い。この前、高校受験を終えたばかりだ。でも最近はツバサやヒナタと話すうちに考えることが多くなっていた。

その大学は実家からバスで1時間の場所にあった。

久しぶりに航兄と二人で出かけた、バスは早朝だったために空いている。二人掛けに座ると少しの間、流れる景色を眺めた。

航兄はうつむくと進路の話を始めた。公共機関にはオメガのシェルターはあるが一般家庭には高級なために普及されていない。だから、一般家庭用のシェルターを装備した家を設計したい、建築を勉強したいと言った。

俺がシェルターが無いから家を出ると言ったからだろうか。

航兄は俺と一緒に暮らしたいと思ってくれていたんだと分かった。自分のことで精一杯で航兄がどう思っているかなんて考えてもなかった、ふいに涙が出た。航兄は慌てて自分の被っていた帽子を俺に被せた。頭を撫でられるとまだ小さかった頃を思い出した。

大学は理系と文系でキャンパスは分かれていた。航兄は建築士を目指すため理系の工学部を見学するそうだ。キャンパス内ですれ違う大学生は至君と同じ世代でおしゃれで大人に見えた。

この大学にはバースに特化した建築を研究しているゼミがあるそうだ。それが今日見学会を開いているため航兄は見学に来た。教壇に立つゼミの先生はいかにも大学の先生と言った賢し気な雰囲気をしていた。俺には理解できない専門的な話だったけど航兄はいろいろとメモを取って質問もしていた、勉強していたんだとちょっと誇らしく思えた。


航兄はこの大学を受験することを決めたみたいだ。

土曜日なので人は少なかったが学食は開いていた。

航兄と二人で窓側の席に座る。大学の学食はメニューも豊富でレシートに栄養のことが書かれていて感心する。航兄とこうやって外で食べるのは久しぶりだなと思った。今日のお礼にチキン南蛮をひと切れあげた。


食べ終わったものを片付けてキャンパスの資料を広げる。

オメガの進学で勧められるのは情報工学部や芸術学部などだそうだ。

オメガ性は繊細で感受性豊かな人が多く、芸術面や細やかな気配りが必要な職人気質な仕事が向いていると言われている。それに、プログラミングやデザインの仕事ならオメガでも自宅で作業ができ、納期などを自由に設定できるためヒートが邪魔にならないのだそうだ。ヒートは一生付き合っていくものだから向き合い方も考えなければならない。


航兄は俺のために調べてくれたのか。俺はありがとうを言って資料をもらった。

外を見るとおしゃれな大学生が男女5人グループで楽し気に歩いていた。俺もあの中に混じってこのキャンパスを歩く未来があるのか。

考えることすらしなかった大学進学と言う言葉が身近に思える。
そのグループの一番背の高い学生に見覚えがあった。両脇には女の子がいる。


至君だ。


「なんかすげーな。キャンパスライフって感じだな」
航兄がのんきに感想を言っている。俺はうなずく。

「キラキラだね、航兄もあんな風になるのかな」
俺はドキドキしながら至君たちを見守った。

そのグループは僕らがいる学食に入ってきた。至君の両隣りには女の子たちが座る。その向かいに男の子たちが座っている。至君は手に持っていたタブレットに集中して、まわりには興味無さそうに何やら作業をしている。

「あれ、真ん中のアルファかな」
航兄が至君のグループを見ながら俺に聞く。

「そうだよ」
航兄は俺を見てまたそっちを見た。俺は航兄に隠れるようにして学食を後にした。
至君の周りにはあんなにきれいな人やオシャレな人がいるんだ。

俺は何を勘違いしていたんだろう。俺がオメガで男が好きだから相手に好意を示されたらそれが恋だと思ってしまう。でも、至君の周りは俺が思っている以上に華やかで大人びていた。

俺はごちゃごちゃと考えて逃げそうになった、でも。

――俺だったら声をかけてくれなかったらショックだ。

「航兄、実はさっきの人、知ってる人なんだ。ゴメンちょっとメッセ送る」

取り出したスマホで至君に学食で見かけたことを送った。

航兄が俺を見ていた。近くにベンチを見つけて二人で座る。俺は学校のこと。友達のこと。交流会のことを航兄に説明した。航兄は黙って聞いてくれた。俺の肩をポンと叩く。

「困ったことは無いか?」
俺は首を横に振る。
「戸惑うことはあってもみんな良くしてくれる」
「俺は透が元気そうで安心したよ」
また俺の頭をぐりぐり撫でてくる。ほんとうにこの兄は弟に甘すぎる。


「透君!」


至君だ。顔を上げると至君が走ってきていた。メッセを見ると至君から”今どこにいるの?”と来ていた。俺が手を振ると至君が駆け寄ってくる。

「至君!」

航兄はそばで黙って様子を見てくれている。

「俺もゼミの見学に来てたんだ。ここのゼミは有名だから」

差し出された手を自然に取ってしまった。そのまま至君は航兄と俺の間に座った。
走って来たからか至君の匂いが強い気がする。航兄が間に入られて少し嫌な顔をした。

「ごめん。至君、俺の兄貴 航兄だよ」

至君はハッとして頭を下げる。航兄の付き添いで大学見学に来ていたことを話した。最初こそ二人の間に火花が散ったが、至君も建築を勉強していた。二人はすぐに建築の話で打ち解けた。

すごく不思議な光景だ。航兄と至君が話をしている。

俺の大切な人と俺の好きな人が同じ話題で打ち解けている。そう思うと顔が赤くなるのを止められなかった。

俺は断ってトイレに駆け込んだ。赤くなった顔を冷やすため雑に顔を洗う。平常を取り戻して二人の元に戻ると会話が終わっていた。航兄がニヤニヤしているのがすごく気になる。

「今日俺、車で来てるんだ。送ろうか?」

至君がそんなことを言い出した。一緒に来ていた友達は良いのかと聞いたら、彼らは彼らで来ていると言う。でもやっぱりそんな厚かましいことお願いできない。断ろうとしたら航兄が「お願いします」と言った。俺が戸惑っていると至君がにっこり笑って手を差し出す。俺はその手を握った。

差し出されるこの手には弱い。



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