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悪役王子のその後
しおりを挟む3年後。
温かな海風が吹くために1年を通して暖かい西の領土は作物が良く育つ地域であった。人は朗らかで陽気な人が多く。オーブリーの生真面目な性格は西の領土に受け入れられた。オーブリーも朗らかな領民に心が癒される。
悪いと言われていた治安はエンツが作ったギルドが自治の役割をし、適当だった相場もまとまってきていた。領地経営は海路と陸路を整えていて。海沿いを観光地にする計画を立てている。小さな問題や争いはあるものの一つ一つ丁寧に対応することでうまくいっている。
朝の光の入る領主邸の自室でオーブリーは目を覚ます。起きようとすると太い腕が腰に回り引っ張られた。そのまま抱き込むように回された腕をポンポンと叩くとうなじや裸の肩にキスが降る。
「寝ぼけてる? エンツ起きろよ」
「ブリー…おはよう」
オーブリーはもぞもぞと反転してエンツを見るとあごに生えている髭を撫でた。この3年でエンツは筋肉に厚みが増し、少年の影はすっかりなくなり大人の男になっていた。
オーブリーはチクチクとした髭の感触とエンツのキスをおでこに受けた。
二人で寝るようになって2年。毎日二人は甘い朝を迎える。
「エンツ今日は北のギルドからケトラとクレインが来るんだ。早く支度しないと」
エンツはトロンと目を開けると柔らかな笑みを浮かべる。部下たちからは隙が無いと言われているエンツが実は朝が弱いなんてオーブリーだけが知る事実だ。
「あぁ、そうだった」
エンツは満足げに眺めている。オーブリーはそれは綺麗な男になった。金色の髪や、長いまつ毛にふちどられた紫色の目は小さなころより深い色に変わっていた。赤い唇はエンツと寝るようになって艶を増したように思う。エンツを置いて風呂場に向かうオーブリーの背中には昨夜エンツが残した情交のあとが色濃く残っていた。オーブリーはエンツの視線に気づいて微笑むと手招きをする。この姿を見せるのも見ていいのもエンツだけだ。手招きに誘われて寝台から出るとオーブリーの後を追った。
ケトラたちが領主邸に着いたのは太陽が天頂になる前だった。
北部特産の大きな黒い馬で連れ立って現れた。3年ぶりだがケトラの印象はむかしのままでふわふわとした丸い菓子のような印象だ。対するクレインは背が伸びて男らしい角ばった顔になっていた。筋肉の厚い大人の男だ。お互い握手を交わすと家令に二人の荷物を預け、オーブリーが自ら応接室に二人を案内する。
ケトラが座るとクレインがぴっちりと横に座る。ケトラがパタパタとクレインの手を叩くがびくとも動かなくて諦めていた。オーブリーはその仲睦まじい様子に笑っていると。エンツが対抗する様にオーブリーににじり寄って隙間を詰めた。お互い何とも言えない空気が漂う。
侍女がお茶と菓子を並べ終え部屋を出て行く。ケトラがキラキラと目を光らせた。
「わーこれが西の領地で有名なレモンケーキですね。なるほど、これがナッツのクッキー」
ケトラは早速もぐもぐと食べ始めた。すごく幸せそうな顔を浮かべて食べている。オーブリーは思わず笑ってしまう。
「ケトラは変わらないな。王城でもお菓子が出るといつもそんな顔で食べてた」
ケトラは食べる手を止めてオーブリーを見る。
「オーブリー様は変わりましたね、愛されてる顔をしている」
オーブリーはケトラの言葉に目を丸くする。
「雰囲気が丸くなって……とても幸せそうで……エロいです」
クレインが飲んでいたお茶を吹いた。エンツは得意気にオーブリーの腰に手を回す。オーブリーはたまらず手で顔を覆った。ケトラは構わずお茶を飲んでにっこりと話を続ける。
「今日は北ギルドの運営方法の教授に来たのもあるのですが……」
そして小さく咳払いをする。
「僕、クレインと結婚しました」
ケトラはクレインの手を握ってオーブリーたちの前に出すとその腕にはそろいのブレスレットを巻いていた。ケトラの方にはクレインの目と同じ黒い石。クレインはケトラの目の色と同じ翠色の石がついていた。
ケトラはにっこりと笑顔を浮かべて腕を振って見せた。黒い石がキラキラと揺れる。クレインは恥ずかし気に目を伏せていたがケトラにされるがままにしている。二人とも幸せそうだ。
「そうか、おめでとう」
オーブリーはふと懐かしい感覚を思い出す。いつだって、ケトラはオーブリーが欲しいと思うものを持っていたこと。あの頃と違うのはそれに対してもう嫉妬心が湧かないことだ。
隣に座るエンツを見上げると、彼は二人のブレスレットを食い入るように見ていた。
「今回、西の領地に来させていただいたのも、記念の旅行なんです。この後は南に下って王都に行く予定です。手紙では知らせてあるのですが。そこで父様たちにも改めて報告してきます」
オーブリーはにこやかに語るケトラを見守った。自分がしたことを思うと申し訳ないのと同時にケトラには幸せでいて欲しいと言う願いがあった。こんな風に喜ぶケトラを見て良かったと思う。
「そうか。なら今日はこの屋敷ではなく、海沿いにある別棟を貸すことにしようか。バルコニーから見える海は美しいよ。それに夜は海に星と月が映るんだ。とびっきりの料理とお酒も用意させよう。二人で楽しんだらいい」
ケトラはオーブリーの計らいに大喜びした。そのあとは当初の予定通りギルドについての意見交換と領地改革についてのケトラの意見を聞いた。オーブリーはケトラに感心する。ケトラはひとつひとつ気を付けるべき場所を的確に指摘する。優秀さは健在なのだと笑ってしまった。その間クレインとエンツは何やら二人で出かけてしまった。
「ケトラ……あの頃はごめん。私は間違えてた。君は今幸せ?」
「はい。とっても幸せです。ふふふ……オーブリー様はどうやら僕と同じだったみたいですね。僕たちうまくいくはずがなかったんですよ。僕にオーブリー様は抱けませんから」
「バ……子豚のばか!!」
「なんとでも言ってください。そんな艶々な顔で睨まれも怖くないですから。オーブリー様は幸せですか?」
「……うん。申し訳ないくらいにとても、幸せだ」
オーブリーの後ろでばさりと音がして、直後バタバタっと足音がしたかと思うと後ろから抱きしめられていた。
「ブリー…私も幸せです」
声の主はエンツだ。オーブリーは驚いたが照れくさくて抱きしめてくるエンツの頭をわしゃわしゃと撫でた。ケトラの隣には戻ってきたクレインがぴたりと寄り添って座る。ケトラはクレインにコソコソと耳打ちをすると立ち上がる。
「どうやらこのままここにいてはお邪魔虫になりそうなので、おいとましますね。別棟には他の方に案内してもらうのでお二人はそのままで……ふふふふっ」
「では、ケトラ殿。また晩餐でお会いしましょう」
エンツは無礼にもオーブリーを抱きしめながら言う。ケトラはおいしいものを食べた時みたいなふくふくとした笑みを浮かべてクレインと手を繋ぎ部屋を辞した。オーブリーは立ち上がろうとしたがエンツが放してくれなくて途方に暮れる。
「エンツ……お客様に失礼じゃないか」
また、エンツの頭を撫でた。強く言えないのはエンツが涙声だからだ。
「ブリー…愛しています」
この大きな男をいまだに可愛いと思う。オーブリーは身を捩ってソファからエンツを抱きしめた。
「私もだよ。エンツ愛してる、私は幸せだよ、君がいてくれて」
エンツはぶるりと身を震わせたと思うと力任せにオーブリーを抱き上げた。オーブリーは急に宙に浮いたので慌ててエンツの首にしがみつく。すると、そのまま横抱きにされた。
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