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第二幕 道化達のパーティー

閑話 水曜日と金曜日と日曜日の恋人

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 手と手が触れ合い、一瞬の微熱の交わりが互いの身体をこわばらせ、その熱は頬に集まってゆく。まるでその熱には意思があるのか、【君が好き】そう身体に伝えている様に、身体中を巡る血液に入り込んで全身にその想いを伝播させてゆく。無意識に、相手の身体に移った自分の気持ちを探る様にエヴァンはレナウスの腕をジャケットの上からさすった。

「な、何?」

「いや、可愛いと思っただけ」

ティーカップの縁に掛けたレナウスの小さくまだ丸みのある手に、ほっそりと角張った手を乗せて、頬杖を着いたエヴァンはニコリと微笑み茹蛸の様に赤くなったレナウスの顔を見つめている。


「……うぇ」

「ははっまだ慣れない?」

「何年経ってもきっとなれないよ」

「いいね、だったら俺達はずっと初めての気持ちのまま好きで居られる」

「な、何言ってるの?恥ずかしい人だな」

「俺はずっと君を見つめて来たんだ……俺を見ないその姿をさ。でも今は君が俺を見てる……それがどれほど嬉しい事かわかるか?なぁ、その口で言えよ。好きだって」

「‼︎」


所在無さ気に身体をモジモジの動かすレナウス。視線は定まらず、片手を内股に隠しながら俯き、どうすれば良いのか考えている様だった。


「やっぱり、俺の事……好きにはなれない?……そうだよな。男同士だし、俺は君に不快な想いをさせてきたからな、いいよ。それでも側に居させて。ただ隣に居るだけで良いから」

「そっ!そんな事言ってないでしょ!んんん~~」


嫌いじゃ無いから困るんだ。何でだろう?好きだなんて認めたく無い理性と、こんな僕を好きだと言ってくれる喜びがせめぎ合って僕を意固地にさせてゆくんだ。言えたら良いのに……【好き】って。


「困った顔のレナウスも好きだよ」

「うひっ?」

「うひって……はぁ。まだまだ掛かりそうだね」

「なっ、何が?」

「手を繋ぐ事に、触れ合う事に、キスをする事に幸せを感じれるまでさ」

「はっ、はぁ⁉︎な、何言って!むぐっ!」


まるでレナウスの戸惑いを奪う様にエヴァンはレナウスにキスをする。そしてそっと唇を離すと、さらりと揺れる前髪の隙間から覗く額をその肩に乗せた。レナウスの背後に広がる温室の花々を見ながら、エヴァンは今にも泣きそうな顔をしていた。欲を出して距離を詰め過ぎればきっと逃げられる。でも、もっと近くに行きたい。でも行けない。同じ熱量で想い合えないなんて当たり前で、そこに不満を抱くという事は傲慢な事なのだとエヴァンはレナウスの香りと共に想いを飲み込んだ、今はまだ、隣に居られるだけでいいと思おう。小さく溜息を吐いて、エヴァンは温室と外の花々を見た。


 はぅ!な、何でしょう‼︎何なんでしょうか⁉︎エヴァン様の悲し気なお顔に私までなんだか切ない気持ちになります。レナウス様はきっと気付いておりますよ?エヴァン様をお好きだと言う事に。ただ、どう気持ちを表現すれば良いのかお分かりになられていないだけです!多分‼︎


温室の隣に隣接する、フラワーアレンジや苗木を準備するガラス張りの小屋に偶然居合わせたエリアリスは、声を殺して2人のやり取りを一部始終みていた。伝わらない想い、重ならない気持ち。交わらない互いの気持ちを擦り合わせる様に、エヴァンはレナウスに、レナウスはエヴァンの身体に触れている。エヴァンは押し引きしながらレナウスに気持ちを寄せ、少しづつその心内に自身の居場所を探している。


「ぼ、僕は君がまだ……分からないんだ」

「何だって教えるよ。俺の全てを包み隠さず君に伝える……何が知りたい?」

「ぼ、僕の何処に君が好きになる要素があるって言うのさ」

「……君のその柔らかな髪、グラスに注がれた水の様な青く澄んだ瞳。好きだと言うとすぐに紅く染まる頬。それに、誰に流されるでも染まるでも無く優しくて純粋な心。そんな君が好きだ……でも、イアン•ハルウェルと仲良く話す姿は……見ていて辛い」


イアン•ハルウェル。ハルウェル男爵家の長男で、幼稚舎の頃からのレナウスの親友である。銀髪に緑の瞳。素朴な顔立ちだが体格は良く、熊の様な男だが、気が弱く穏やかな性格は自己主張が苦手なレナウスにとって同類の仲間であった。


「イアン?イアンは君にとってのカールやベネットみたいな存在だよ?」

「……そうだね。でもね、君の瞳に映るのは俺だけであって欲しいし、俺の目に映したいのも君だけなんだ。レナウス」


「はっ‼︎は、恥ずかしく無いの?そ、そんな言葉良く出てくるね。ははは……」

「恥ずかしい訳無いだろ。本当の気持ちを伝えられるんだから」

「‼︎……な、なら君の好きな食べ物は?」

「ふふ。良いよ話を逸らしてやるよ。そうだな、食べ物に執着はしないけど……良く食べるのは仔牛のステーキのハニーマスタードソースがけ。ルッコラとチーズサンド、ブラックレモンティー、スクールアベニューにあるモレアナのガレットかな?」

「好きな本は?」

「バレッティン著の兵法と経済」

「好きな教科は?」

「苦手な教科が無いからな…特別好きな教科も無いな」

「好きな色は?」

「ハニーミルクティー色、水色、金色、黒」


黒以外、全てがレナウスの色である事に気付いたレナウスはビクリと肩を震わせて、落ち着き始めていた頬がまた紅く染まった。

「ほ、他に好きな物はな、何?」

「レナウス」

「うん?」

「レナウスだよ」

「……ぼっ!ぼっぼっぼっぼぼぼぼっ!」

「くくく!ぼ、しか言ってないぞ?」

「っ!」

「何だよ。照れるばかりだけど、俺は君にも気持ちがあるんだと信じて良いのか今だって不安なんだよ」


その言葉に、レナウスはきゅっと口を結び真面目な顔でエヴァンを見た。


「なぁに?レナウス」


ぎゅっと力を込めた腕をぎこちなくエヴァンの肩に回し、耳元で何かを囁いている。愛の言葉では無い、ただ今言える精一杯の気持ちをレナウスはエヴァンに伝えた。


「レナウス……うん。ゆっくりな、ゆっくり行こう。まだ子供のままで」


端なくも目が離せず、覗きなどといった恥ずべき行為が止められないエリアリスでございます!何でしょうか!こうもエヴァン様の純粋な好意を受けて更に愛らしく、まるで咲き誇るピンクのダリアの様なレナウス様が本当に可愛くて、甘くて、庇護欲が溢れ出そうなのです。これが恋と言う物なのでしょう。純粋な好意は花にとっての水の様で、ただただ美しいのです。あぁ、本当に良かったですね、レナウス様。
それに、日々男らしくなりたいと仰っていらっしゃいましたけれど、勇気を出して、レナウス様の肩にもたれ掛かるエヴァン様の肩を抱くレナウス様。良く頑張りましたね、気持ちを表す事はとても難しい事です!本当にたった数ヶ月でございますが、見違える様にご成長なさって。嬉しくて涙がでそうです。

 毎週水曜日は共にマナーを。金曜日はイアン様、アナスタシア様、メリー様を含めた5名でダンスレッスン。日曜日はお二人でお茶会。これが最近の習慣となっております。ウィリアム様もお二人を応援している様で、特にお怒りになる事もなく当たり前の様に皆様を迎え入れてらっしゃって、本当にメルロート家は優しさに溢れています。私は願います、幼さの残るお二人の優しい恋が誰にも傷つけられず続きますようにと。





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