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SS 新しい家族

夫の不安

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「大丈夫?都ぉ」

「カムイっ、うぇっ、ううっ、おえっ」

 まさかここに来て悪阻?2ヶ月目位じゃないのかよ、悪阻が始まるのって。気持ち悪っ!あぁっ、それまで感じなかったけど家中が獣臭っ!

「1人にして、うえっ!おぇ」

 トイレの住人と化して早、1週間。ルーナが言うには魔粒子の色に偏りがあったから、らしい。それが均等になるまで下手に外から魔粒子は流せないから、自然に任せて待つしか無いと言われ、耐えるしか無いと分かりつつも辛すぎて泣きが入っていた。

「なー、ルーナ。都大丈夫かよ」

「耐えるしか無いです。次の健診で子供の様子は更にはっきりするでしょうから」

「なぁ、誰の子だと思う?」

「そりゃ俺ですよ。狙いましたからね」

「狙う?」

 この世界に排卵期等は無く、互いの魔粒子の混ざり具合や色の濃度で新しい命の魔粒子核が作られ、育成帯に着床する。ルーナは都の共寝の翌日それをチェックしていて、自身の魔粒子の色調整をしていた。そして自分の番になると足りない色を補給して事に挑んだと言う。

「ずっりー!」

「……これぐらいいいじゃ無いですか」

 ルーナは何処と無く怒っている様にカムイには見えた。カムイにルーナの気持ちを推し量る事は出来ないが、増えた配偶者、都を愛する者によって減ってしまった共寝の日。都を1人の人間としてその美しさを見つけたのは自分なのに、後から現れたサリザンドにはあっという間に抜かれてしまった。そんな敗北感と嫉妬心が彼の中には常にあった。

「でもよ、もしもお前の子供が生まれても第一子は太子だと決まってる。どうするんだよ」

「……それでも。俺の子だと姿を見れば分かる事ですし、それ以上を望めば都を苦しめるから。初めての子が俺の子だっていう……その事だけで充分です」

「ふーん」

 充分か?そんなの充分な訳がない。俺だって都を独占したいし、何かあった時に縋るのはサリザンドじゃなくて俺であって欲しい。いつも俺が最初に見るのは都の背中。いつになればその横顔が見れる様になるんだろう。

「それより、今は都の悪阻です。すっかり痩せて……何とかしなきゃ」

 未だ嘔吐く音が二階から聞こえていて、リビングに居るルーナとカムイは溜息を吐いた。



「はぁっ、死ぬ!苦しいっ!」

 少し落ち着き、都は部屋のベッドに横たわるとリャーレのシャツを抱きしめた。何故リャーレの物なのか、それは体臭がまるで芳香剤の様に爽やかだったからだ。

「はぁっ、良い匂い。ミントと柑橘っぽくて白檀みたいな香り……あぁ、リャーレさん居ないかな」

 都は部屋から出ると、全裸にリャーレの大きなシャツを羽織ってリビングに降りて来た。

「「都⁉︎」」

 げっそりと青ざめた顔、吐いたせいで汚れた衣服を持って降りて来た都にルーナが駆け寄った。

「大丈夫?」

「ルーナ……ごめ、うえっ、」

 ダダダっと台所に駆け寄ると、もう空っぽの胃からは何も出ず、ただ涎と胃液が溢れた。

「お願い……リャーレさん、呼んで…」

 カムイが都を覗き込む。その顔にはもう余裕が無かった。

「リャーレ?何で?」

「いいから!」

 床にへたり込み叫ぶ都の声に2人は顔を見合わせた。これは危ないかもしれない。そう思ったルーナはリャーレに連絡を入れると言って通信機のあるビクトラの部屋に向かった。

「都、マジ大丈夫かよ?リャーレが居たら良くなんのか?」

「匂い……この家獣臭い、はぁっ、はぁっ。今まで気付かなかったけど、リャーレさんとグレース意外匂い強くて吐き気が止まらないんだ」

「匂いか。あぁ、だからリャーレ?確かにあいついっつも花みたいな匂いするもんな」

「俺はミントみたいな柑橘みたいな良い匂いを感じてる。勝手にシャツ借りたけど、大分吐き気も落ち着く。でも吐いちゃって匂いが……」

「待ってろ。リャーレの服片っ端から持って来てやる」

 死ぬ瞬間を俺は今も覚えている。一気に血が抜けていく様な、体温が魂と共に抜ける感覚。まさか悪阻でそれをまた体験するなんて。

「ルーナ……」

 ずるずると流しの扉に体を預け、都は呆然としている。

「都?リャーレすぐ戻るって。だから頑張って」

「ルーナ……うぐっ、うっぷ。ふぇっ、辛いよールーナ、もう嫌だっ!苦しいんだ、ずっとムカムカして吐いても吐いても吐き足りなくて!ルーナ、やめたい、妊娠辞めたい」

 嘔吐きが治らず、情緒不安定な都は泣きながらルーナの手を掴み、流しに上半身を突っ込みながら吐いていた。ルーナは背中を摩りながら慰めた。

「やめてもいい、やめて後悔しないなら諦めていいんだよ?俺は都さえ側に居てくれたなら……ごめん。都に押し付けて……俺が妊娠しても良かったのに。ごめん」

「……嘘。本気じゃ無い、頑張る。ルーナ、お願い……手を握ってて」

 力の入らない手をルーナは握り、ただ背中を摩り続けた。

「ルーナ、ルーナ……」

「ここにいるよ」

「ふぇっ、うぶっ、おえっ」

 それから更に1時間吐き続け、都の疲労にこれ以上は辛いだろうとルーナは即効性のある睡眠薬を飲ませ部屋へと連れて行った。

 少しでも休ませないと吐く事に体力や魔粒子を奪われて行く。神体である都に実際食事は必要ないけど、食べるという行為が人である事を思い起こさせるのか、都は食事にこだわりを持ってる。食べる事で精神的に落ち着くと良いけれど。

 ルーナは鍋に火を掛けミルクを温め始めた。そこに、普段都が料理に使う為に作っている肉の骨などから煮出したスープを凍らせた物を入れ、消化に良いネトと言う粟の様な穀物を入れた。

「只今戻りました!都様の具合は」

「お帰りリャーレ。全然駄目、ずっと吐いてて水すら吐く始末だよ」

「そうですか……で、私は何をしたら?」

 リャーレは荷物を下ろし、さっと着替えるとと手を洗った。すると、丁度カムイがドレッサールームからリャーレの服を抱えて現れた。

「カムイ様?それ、私の服ですよね……」

「あぁ、何でもお前の体臭嗅ぐと吐き気が落ち着くみたいで今もお前の服の中で丸まって寝てるよ。寝てても気持ち悪さはあるんだろうな、お前の服に吐いては別の服に抱きついてるよ」

「……それ程お辛いのですね」

「多分サリューンと俺が与え過ぎたかなぁ」

「分かりました。シャワーを浴びたらお部屋へ伺います」

「あ、あんま体洗うなよ?お前の体臭残してねーと」

「それはそれで複雑な気分なのですが」

 リャーレは苦笑いすると、また服を脱ぎ、軽くシャワーを浴びるとローブを着て都の部屋へと向かった。その姿をルーナは拳を握って見送るしか無かった。

「仕方ねーじゃん。獣人の匂いが吐き気に繋がるんだから」

「分かってますよ」

「お前そこまで不安なんか?」

「そりゃ……不安ですよ」

 もしも都がこの世界で初めて好きになったビクトラが、カムイ以上に都を愛する事があったら彼の中の俺の位置は、今よりももっと下になるだろう。そうなった時に俺は都を好きになった事を後悔するんだろうか。

「馬鹿だよな」

「は?」

「ルーナ、お前は他の奴を意識してっから気付いて無いかも知れねぇけど、精神的に不安定になった時都は俺を呼びながらお前を見てるの気付いてるか?」

 いつだって真っ先にカムイ様に縋る都。そして申し訳なさ気に俺を見るのは気遣いであって、俺が居なければあんなに申し訳無さそうな目はしないだろうな。

「それって俺の嫉妬が嫌だからでしょ」

「馬鹿だな。お前が来ねぇのが不満なんだよあいつ」

「不満?」

「皆んなの前で呼べばサリザンドやコル、ソレスが嫉妬する。後々面倒になるから呼べねぇけど、本当はいつも手を握っていて欲しいと思ってる」

「はぁ。そんな当てにならない感を聞かされても」

「分離したとはいえ、俺の権能は都に繋がってる。あいつが誰を呼んでるかなんてすぐ分かる。誰と共寝してたってお前ならもっと優しいとか、ぐちゃぐちゃ考えてるよ」

「……そうなら、嬉しいけど」

「俺は嘘なんて吐かない」

「知ってます」

 俺だけの物にならない、なれない事なんて最初から分かってた。夫になったのに、どうしていつまでも不安に心が押しつぶされそうになるんだろう。俺だけの都だったあの日に戻りたい。



























































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