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最終章

都の願い

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 それは一瞬の事だった。

ガットとルーナが腐魔獣ベードの一撃を受けた時だった。


ルーナ

それは月

暗闇に居ても、その光は届いてる

ルーナ

俺の優しい光

忘れないで

ルーナが俺を愛した事を

俺が愛している事を


都の声が聞こえた気がした。

目を開けると、靡く黒髪の隙間から

キラキラ輝く綺麗な瞳が俺を見ていた。

都。何処に居たんだよ?

沢山、沢山、名前を呼んだんだよ。

都…。


一瞬気を失って、ガット達が意識を取り戻すと腐魔獣ベード

跡形も無く消え去っていた。

何が起こったのか、上空を旋回するホルーに聞いても光が爆発した

様に見えて何も分からないと言った。

ルーナ達は呆然としていたが、通信の音を聞いて慌てて立ち上がると

鏡を抱えてポータルへと走った。




北の砦を守るリャーレは、要塞に囲まれた泉で湧き出る腐魔獣ベードをひたすら

駆除していた。北の領民の多くが武門の血筋を汲み、騎士の数は少な

いが領民が共に戦っていた為戦況は安定していた。


「リャーレ殿!」


腐魔獣ベードがほぼほぼ駆逐され、リャーレは些か安堵して

気が抜けていた。その隙を狙われ泉から噴出した澱みに体を貫かれ、

魔粒子核が壊された。

「あ゛っっがはっ!あぁっ!」

リャーレは何が起きたのか分からなかったが、泉に入り潜り込むと

血に染まった白剣を泉の源泉に突き刺した。そして最後の力を振り

絞り、泉の底を蔦や根で覆い尽くして水面に身体を沈めた。


あぁ、グレース様。都様。

私の願いも、想いも二度と届かぬのですね。

ただ、…貴方達の側で…眠りたい


リャーレは意識が遠退き、泉が鮮血に染まるのを見つめていた。



リャーレさん起きて

風は、世界を巡る物

貴方の優しい風が種を運び

雨雲を呼んで、世界に溢れる命を

育むのでしょうね

風は貴方

さぁ、起きて


「ぐはっ!はっ!がはっごほっごほっ!」

「リャーレ殿!一体なにが⁉︎」


リャーレは泉から出ると、貫かれた筈の胸元を触った。

しかし、魔粒子核は変わらず体内に魔粒子を流していて、

心臓の鼓動がリャーレの身体を震わせた。


「都様…都様‼︎」


リャーレは辺りを見回すが、都は何処にもおらず北にあって何故か

柔らかい風がリャーレ達の頬を撫でた。

そして、身体を纏う七色の光がそこに都がいた事を教えていた。





ビクトラが領主である西の領地は、一番の被害を受けていた。

そこを任されたアガットは、本人も前線に立ち奮闘している。


「隊長、B班壊滅!撤退します」

「C班腐魔獣ベードの群れを殲滅」

「D班神官がやられた!応援を頼む!」


アガットは常時入ってくる情報を聞き、戦闘をしながら隊員に

指示を出していた。


「コレット!マジを連れてB班の救援!キャトル!D班の援護に行け!」

「「了解!」」



全然減らない!腐魔獣ベードだけじゃない、魔獣も活性化して

終わりが見えない!

「くそったれ!全隊員下がれ!爆炎いくぞ!」


アガットは拳に炎を纏わせて、腐魔獣ベードと魔獣を一気に

爆炎で攻撃した。それでも、爆炎を飛び越え腐魔獣ベード

アガットの喉元に食らいついた。


「隊長‼︎」



俺はいつだって言葉が足りない

心と裏腹な態度でグレースや都を傷付けた

あぁ、こんな事ならもっとグレースを抱いておけば良かった。

都をもっと大切にすればよかった。

俺の唯一の家族だったのに。

傷付けてしまった。


アガットの喉笛に噛み付いた腐魔獣ベードと目が合い、アガットはもう抵抗できなかった。



兄さん!

アガット兄さん!

兄さんは炎だよ

俺を温めて、守ってくれる炎だ

まだ消えない

炎は消えちゃいけないんだ


「まだだんべ!きばらねばなんね!立つだーー!」

ソレスがアガットの首元の腐魔獣ベードに体当たりして、

アガットから腐魔獣ベードを離すとアガットを抱き抱えて

飛翔した。


「オラの本体の力を見せてやんべ!」

ソレスはオブテューレから隠れ村に向かい、本体に戻っていた。

そして、戦闘していたアガットの隊に合流した。

「がはっ!げふっっ」

首を噛まれ抉れた傷から血液が噴出し、アガットは呼吸困難に

陥っていた。

「あぁ!どうすんべ!都様!オラどうしたら!」

アガットの姿に混乱して、アガットをその爪で掴んだまま空を

バタバタと飛び回った。




ソレス

君は導

大丈夫、何が正しいのかを

君は知ってる

さぁ、落ち着いて

手を出して

守るべき場所が君には見えているはず



ソレスは懐かしい声に導かれる様に、地面に降り立つと

アガットを寝かせ、その手を頸動脈に当てて保護結界を張った。

そして呪法で自身の身体の一部と、アガットの傷を入れ替えた。



「あいたーー!いだだだっ!こら痛いだね都様!」


ソレスは辺りを見回したが、そこに都は居なかった。


「都様?」





帝都は混乱の坩堝に陥っている。

グレースの上神が成功したというのに、腐魔獣ベードは増え続け

淀みが地下水道からも噴き出していた。


「コル!住民を守り城内へ避難させろ!」

「分かった」


コルは上空から見て、一番避難の遅れている場所に降り立つと、焔を

散らして腐魔獣ベードを消炭にした。


「おい!お前達走って城内ににげろ!我が援護する、立ち止まるな!」


走る住民の前に現れた澱みや魔獣を一掃しつつ、住民の動きを空から

見ていたコルは、子供が倒れたのに気が付いた。


「おい子供。大丈夫か」

「ふぅっ!うぇっまま!まま!」

「…しかたない」

コルは子供を肩に乗せて空を飛んだ。先頭を走る住人の前に、

ビクトラが居るのを見つけたコルは降り立ち声をかけた。


「なんだ、大将が出てきて良いのか?」

「教会がヤバいんだ!光の柱が空を突き抜けた後、グレースの声が聞こえなくなった…おかしいんだよ!声が届かない!」

「援護に隊員を向かわせたが、こっちもヤバそうだから出てきたんだが、グレースが心配だ」


コルは無意識に、焔を散らして駆け出そうとしたが

その足を止めた。

「コル…分かってる。お前を俺が苦しめて居る事は…だけど、頼む」

「グレースを助けてやってくれ」


コルはその言葉に、背を向けると「お前が行け」と言って

溢れかえる魔獣を倒し始めた。


「我はもう、グレースを癒せない」


コルは子供を下ろすと住人の背後に迫る魔獣を抑えに走り出した。




グレース…都…

我はもう振り返らぬ

この地に消えるだけだ

全ての力を使おう



轟々と炎を纏いひたすら炎弾を打ち続けるコルの羽は燃え、その

身体すら燃やし始めた。



朱雀、やめてくれ

朱雀、俺達の心を消さないでくれ

俺とグレースの朱雀を消さないで

朱雀、君の名前は心

コルなんだ

大丈夫、コルと俺達にはちゃんと

愛があるよ

愛しい小鳥 俺の側に居てよ



我に返ったコルの目の前には、両手を広げてコルを求める

都が立っていた。


「都…」


コル…行こう

俺達のグレースを助けに

行こう


「行けぬ」


駄目だよ?

心に嘘を付いたら

戻れなくなる

俺はコルが居なきゃ生きていけなかった

君の子供が欲しいよ

今も、君が大好きだよ


キラキラと光と炎に包まれる都の姿に、コルは涙を流していた。


「何故、我を愛してくれない」


愛しているから背中を預けるんだ

俺はもう君には触れられない

触れたくて仕方が無いのに

君の羽に触れたいよ


「都…行ってしまうのだな?」


あぁ。

不本意だよ

悔しくて、悲しくて、寂しくて仕方がない

だから、グレースを諦めないで

俺の最後の願いだから



朱雀はその場で膝を着いて叫んだ。


「我はお前達を離さない!」


その身を炎に変えて、朱雀は残り少ない羽を羽ばたかせて

教会へと向かった。






















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