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閑話

飼い犬に手を噛まれる。

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 俺はこの自治領の時期当主として生まれた。

生まれる前から次期当主と定められていて、俺も五つ上の兄ヤルダも

それを不服に思った事は無い。

「ビクトラ様、朝稽古のお時間です。」

寝室の戸外で側使がビクトラの起床を促す。

「わかってる。今日は双剣を使う。サリンジャーに準備させておいてくれ。」

今日は俺に全く靡かないあいつを相手にしてやろう。

まったく、この自治領で俺に従わないのはアイツと兄上だけだろうな。

俺は俺に従わない奴を絶対に許さない。それを分かって従わないのは、

俺に構って欲しいって気持ちの裏返しなんだろうな。馬鹿馬鹿しい。

訓練用の服を着てビクトラは屋敷の裏手にある稽古場へ向かった。


「おはようございます。ビクトラ様。」

サリンジャーは稽古場の入り口で双剣を携えて跪き、ビクトラの愛刀を

手渡した。

「サリンジャー、明日から俺は予言による魔獣討伐に二週間は不在にする。ここの部隊はお前に任せる。抜かるなよ。」

「はっ。畏まりました。」

「サリンジャー、来い。」

二時間ほどサリンジャーと刃を交わし、ビクトラはやはりコイツの

双剣の腕は俺以上だな。そうほくそ笑みながらサリンジャーの左の

振りを回し蹴りで弾いて下から剣を振り上げた。

「終いだ。」

「ありがとうございました。いや、全く行儀の悪い攻撃をなさる。」

「戦時に置いて行儀もへったくれもない。」

「その通りで。では、私は部隊の定例報告を受けに参りますので失礼致します。」

踵を返すサリンジャーをビクトラは捕まえ抱き寄せた。

「まだ時間はある。ここからは体術の稽古だ。」

サリンジャーの下履きに手を差し入れ双丘の間に指を這わせ、首筋に

噛み付いた。

「はぁ。本当に貴方という方は、常時そのような事ばかり。」

サリンジャーは右腕を後ろに回し、ビクトラの尻尾をグッと掴んで

クルリと振り返りビクトラと向き合った。

「良いですか?私は貴方の部下であっても愛妾ではありません。」

更に尻尾を掴む手に力を込め、股に脚を滑り込ませて膝を折り

ビクトラの股を蹴り上げた。

「ぐっ!!!!お前!!」

「いい加減になさいませ。次期当主としての自覚はいつになればお持ちになれるのでしょうね。」

コイツ、本当に俺の事何とも思ってねーな?クソッ!

絶対落として見せる!

褐色の肌に薄緑の髪を汗に濡らし、颯爽と立ち去るサリンジャーの

後姿をビクトラは苦々しい眼差しで見送った。

 魔獣討伐から戻ったビクトラは、報告書を纏めながら領内での報告を

領地直轄の魔道部隊から受けていた。

「…が、以上です。魔道騎士隊はサリンジャー殿が率いておりましたので恙無く西部の魔粒子汚染を排除なさいました。しかし、ビクトラ様もお人が悪い。」

「何のことだ?」

「サリンジャー殿ですよ。結婚式前なのに部隊任せるなんて、しかもマロを帝都本隊に移動させるとか。鬼ですかビクトラ様は。」

サリンジャーが結婚?何だそれは。聞いていないぞ、、、。しかも、

マロだと?なんの冗談だ。

「何だ?結婚など聞いていないぞ。」

「え?嘘でしょ。ビクトラ様聞いてないんですか?」

魔道部隊長のルルダは目を見開いて驚いた。

「年末に結婚式の予定ですよ?当主からの式参列と祝賀会の予定報告が半年は前にありましたよね?え?見てなかったんですか?」

ルルダの呆れた声はビクトラには届いていなかった。

アイツが結婚?だから俺に靡かなかったのか?しかもマロ!あの

犬っころが相手?嘘だろ。

「それは予言相手か?」

俺達の世界で婚姻の大部分が予言によって決められている。斯く言う

俺にも予言による婚約者がいる。それならば表の相手としてマロを

認めてやってもいい。だが、アイツは俺が貰う。

「いや、あそこは予言無かったみたいですよ?付き合ってもう四年は経つんじゃないですかね?サリンジャーさんの公開プロポーズもすごい盛り上がって凄かったじゃないですか!」

は?付き合って四年で、公開プロポーズだと?何だそれは!何で俺の

知らない所でそんな事になってるんだ!

「マロを呼んで来い。今すぐだ。」

俺の物に手を出した奴は許さない、サリンジャーは俺の男だ。

あの駄犬には躾が必要だな。

ビクトラの覇気に押されてルルダは慌てて部屋を出た。そしてマロに

連絡を入れつつもサリンジャーの所へ走った。



「サリンジャー!ヤバいぞ!」

またビクトラ様か?本当にあの方はいつになれば落ち着くのやら。

困ったお方だ。今度はなんだ?胃が痛い。

「ビクトラ様、お前らの結婚の事を知らなかったみたいでめちゃくちゃキレてる!」

頭が痛い。ものすごく痛い。なんで知らないのかはこの際置いて

おいて、もしかしてあのバカ次期当主は知らずに俺を誘っていたのか?

確かに、婚約者の居る俺に粉をかけるなんてこんな非常識な男が

次期当主だなんて、と思っていたが。ここまで馬鹿だったとは。

「で、私をお呼びなのか?」

何と言い含めるか。何なら制約でも使って黙らせるか?

「いや、その。マロが呼ばれた。今本隊に連絡してこっちに向かわせてる。」

「な!何で彼に連絡した!する前に私に連絡しないか!?普通!」

クソっ。マロに手を掛ける様な事があれば俺は次期当主でもあの

クソガキを殺すぞ!

「まだ来てない!とりあえず簡易ポータルの座標を伝えてるから!宿舎に迎えに行けよ!」

「ちっ。助かった。」


「マロ!大丈夫か?」

ポータルに現れたマロを俺は抱きしめた。何も知らないのか、

キョトンと見上げるマロに俺は事情を話した。

「成程ね!あははは!ビクトラ様相変わらずだねぇ!ね?サリ。」

「笑い事ではない!結婚が邪魔されたら俺はアイツを殺すぞ。」

マロは笑いながら俺の背中を撫でては笑った。何で笑えるんだ?

不安は無いんだろうか?

「大丈夫だよ?ビクトラ様はね、予言から抜けたいだけなんだよ。」

「サリに執着してるのは、自分の思い通りにならないからさ。」

「恋とかじゃない。ただ少し拗らせてるだけ。僕がなんとかしてあげるから、心配しないで?僕等は結婚するんだ。ビクトラ様位遇らえないと、これからの結婚生活大変だよ?僕は今の仕事辞めるつもりはないしね!だから、僕に任せておいて!」

やはり俺の婚約者は素晴らしい。あの馬鹿をすでに手懐ける術を

持っているなんて。


「失礼します。マロ只今帰還しました。」

「入れ。」

不機嫌を押し出し雷電を纏ったビクトラが執務卓でマロを待っていた。

「失礼致します。」

マロはそんなビクトラに臆する事なく入室し、卓前で敬礼した。

「招集に応じ参じました!」 

「マロ、お前サリンジャーと結婚するのか?」

「は!延月第ニ、十五の日に良縁を結ばせて頂く事となりました。」

「俺のサリンジャーと結婚か?」

「は?ビクトラ様、サリンジャーといつから年ごろな間柄に?」

「そんな事は関係ない。この領地の者は俺の物だ。」

「俺の許可無くして結婚など許さん。」

「既に当主より許可を得て、帝都神殿より族譜の追記は済んでございます。」

「手回しがいいな?マロ。」

上官と部下との遣り取りに疲れたマロは溜息をついて笑い出した。

「ビクトラ様、一つ良いですか?」

「何だ。」

「ビクトラ様って受けですか?」

「は?何言ってるんだ?俺が受けな訳ないだろう。」

「サリは攻めですよ。生粋のタチです。しかも極Sです。」

「なら俺が躾直してやるだけだ。」

ビクトラは引かず居直りマロに威嚇した。

「ビクトラ様、私がサリと番った時の事お教えしますね?これを知ってもサリを手に入れたいと思われるのなら、熨斗を付けて差し上げます。」

この駄犬、俺に喧嘩を売る気か?なら買おう。

白虎の末裔たる俺様が犬に負けるわけがない!

「ほぅ、俺よりお前の方がアイツを満足させられると?良いだろ。聞いてやる。」

マロはニヤリとマズル口を歪めると、サリンジャーの性癖や癖などを

余す事なく教えた。

「いいですか、彼は蛇の獣人です。獣体でのセックスしかしません。身体で締め上げ、制約紋で半隷属させて自我が飛んでから嬲るように行為に入ります。まず、ビクトラ様では制約紋は解除出来ないと思います。そして、体内に卵袋を大量に入れてきます。これ、死ぬ程苦しいですからね?息出来ないですから。それから、舌を口から入れて胃袋の、」

「ちょっ!ちょっと待て!もういい!もういい!辞めろ!」

ビクトラはゼーゼーと息を切らして机に突っ伏した。

「あれ?もういいんですか?まだまだあるんで、これ知らないとサリとの行為はキツいですよ?」

「はい!次行きますね?胃袋蹂躙されたら次は尿道から…」



 それから三時間ほどのレクチャーを受けたビクトラは、マロを敵に

回すのをやめようと心に誓った。そして、知らぬ間の初恋は犬に

手を噛まれて終わりを告げた。二人の結婚式を心から祝福して、

自身の身の安全に安堵した。彼が本当の恋を知るまで後一年。

































































































































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