狼と人間、そして半獣の

咲狛洋々

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獣語 躍動編

掛け引き

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 ルルバーナは近侍からナナセや、ルイゼンス達の現状の
仔細を聞くと、ある者を呼んだ。その者はバシャールで随一と言われる魔術科学者で医師であるオルベール•ムルヤナであった。登城したばかりの彼が部屋に訪れると、唐突にルルバーナはナナセの診察と万が一の為の生命維持を厳命した。しかし、


「陛下ー無理無理ー!界渡の肉体と魔力構成はこっちの人間とは違うからさー。ヤン君の生命維持もギリギリなんだよ?」


リンにも似た軽薄さがあるが、この男はリンよりも質が悪く、魔獣や人間、獣人の人体実験を表立って平気で行う為、変狂魔術師マッドマジシャンと呼ばれていた。そんな彼がこの国で許されているのは、単にその実験成果が世界にとって平和利用出来る物であったからだが、もし彼がルルバーナの管理下に居なければただの殺人鬼としてとっくに処罰されていたであろう。そんな人物を頼らなくてはならない程なのか、ルルバーナの側近達はオルベールに登城命令が出た時に何とも言えない不安に駆られた。


「オルベール。今期お前は結果を出せておらんが……なんならお前の命を結果として差し出してくれても構わんぞ」

「了解ー!魔力補給と妊娠安定剤準備しときます!いやー!助かりますぅ、今期のテーマだったんですぅ。人助け」


ヤンのベッドサイドに座り、その折れそうな手を握るルルバーナの、今にもオルベールと呼ばれた少年を殺しそうな目に、オルベールはビクリと肩を震わせるとルルバーナに背を向けそそくさと部屋を出て行った。


「う~くわばらくわばら!怖いわ~!凍結させられるかと思ったよ~俺も資金もぉ。さてさて、界渡2人目か。しかもまた傷んだ奴とはねー。せめて健康体ならなぁ!あぁ~しかも侵入者の解析もしなきゃだよ。忙しいなぁ今日」



オルベールは、ヤンから採集したサンプルを詰めたバットを抱え、研究所へ向かいながらナナセの魔力補給について考えていた。


「でもなー。おかしいよねぇ~1Magi(1Mgの1000倍)超える程の魔力があったのに、今は枯渇?何に使えばそうなるんだよ。いくら胎児が成長期だったとしてぇ、そんなに魔力食ってたら破裂しちまうよ……闇属性持ちだからなぁ……もしかして僕の論文通りだったりして?ナナセだけが異空間と繋がれるっての?あぁ……だからウィラーは狙ってる?いやぁそんな偶然あるぅ?まぁ、後で調べればわかるか」


まだ検視の済んでいない近衛詰所の慌しい現場を横目に、オルベールは研究室のある第二地下施設へと向かった。ナナセ達はこの後、彼に命を救われるとは夢にも思っていなかった。








「陛下、黒雷の御二方がご到着でございます」

「分かった。通せ」

「はっ!」


ルルバーナはヤンの手をそっと離すと、その痩せこけた頬にそっと触れた。


「戻れると……良いな」


ヤンが出会った時の様に、笑って帰れるのならそれで良い。その為に私にできる事があるのならば……何を差し置いてでも叶えてみせる。それがナナセの命と引き換えであってでも。

ルルバーナは立ち上がり部屋を出ると、隣の執務室へと入り濃紺のローブを羽織りアーティファクトの嵌った装飾品を手首や指に嵌めた。氷結王と城内では揶揄されるルルバーナ。自身が呼び付けたにも関わらず、ナナセ達への警戒を一切怠らない所からしても、ナナセ達が一番に味方に付けなくてはならない王であった。


「黒雷の御二方をお通し致します」

「うむ」

「どうぞ、お入り下さい」


眠るナナセを抱いたまま、ファロは堂々と執務室に入ると軽く頭を下げた後、ルルバーナを見た。各国の策、サリフの策。既にどちらも動き出していて、ファロはそのどちらの動きも把握せねばならぬ事がこれからのナナセを守る為には必要である事は分かっていた。しかし、サリフがトーマス達の策を潰す算段も付けている以上、深入りはすべきでは無いと考えていた。


「良く来たな」

「遅くなり申し訳ございません」

「ナナセはまだ眠っているのか?」

「ポーションを飲ませましたが、魔力の消耗が酷く……眠っております」

「そうか……ならば、ファロ。お前に問う」

「はっ。何なりと」

「ヤンは戻れると思うか?」

「分かりません。もし、戻る方法があったとしても、ヤン殿の鍵が奪われたままでは戻れぬ可能性は高いかと」

「……そうか。やはりウィラーを直接叩く訳にはいかぬか」

「叩いた事で鍵を壊されたら、界渡達の命は神の国への門を開く以前に失われる可能性はあるでしょう」


ルルバーナは、ファロのその青い瞳を見つめながら真偽を探っていた。そして、ファロもルルバーナの精神攻撃にも似たその探りを黙って受け入れた。



「サリフが動き出した事は聞いているか」

「はい」

「どうせあの者の事だ。裏で我々とは別に策を立ててあるのだろう?大方我々の策を囮にでもするのだろうがな」


流石の一言だな。伊達に智慧の王などと呼ばれているわけでは無いか。
そうファロは考えながら、うつらうつらとしながら目を開けたナナセを見た。



「起きたか」

「ファロ、陛下?」

「大丈夫か……ナナセ」

「陛下……神の国を壊さないと……2度と何処へも帰れなくなる」

「?」

「ナナセ?また、門を見たのか?」



ファロの腕の中で、ナナセは夢か現か分からなくなっていた。
しかし、ガザンリードで経験したあの夢の中で見た、消えた界渡達の言葉が何度も繰り返しナナセの夢の中で響いていた。


「命を落とした界渡の魂は囚われています……そして今も彼等は助けを待ってる……私は帰る術を失った。理由は分からないけれど、失った。それだけが事実です……あぁ……ファロ、眠りたく……ない」


「ナナセ‼︎」


そしてまた、ナナセは気を失うかの様に眠りに落ちていった。


「子を諦めれば魔力も安定するのではないか?」

「陛下⁉︎……そんな事、俺もナナセも認め無い‼︎」

「ウィラーとの戦いの為に言うのでは無い。ナナセの命の為に言うのだ」


ルルバーナは執務用の椅子に座ると、大きく溜息を吐いて顳顬に手を当てた。そして『何を優先させるべきか決めろ』、そうファロに言った。


「最優はナナセの魔力の安定。次は……界渡の命を守る事」

「私の最優先はヤンの命だ」


その言葉に嘘も偽りも無かった。ルルバーナにとって神の国などどうでも良い話で、今回の件にヤンの命が関わっていなければ、当の昔に界渡をウィラーに渡し、早々に問題の終結を図っていただろう。


「ならば、敢えてウィラーにヤン殿を渡すべきです」

「何を言っているのか分かっているのか」

「決してその命を与えろと言うのではありませ。鍵である茶器がウィラーの手元にある……ならばヤン殿をその側に置いた方が延命出来る。ただそれだけです。ナナセもヤン殿と共にウィラーの元に行くと行っています」

「それはヤンを守る為か?」

「はい」


ファロの言葉を、冷静なルルバーナであれば理解出来たかもしれない。しかし、ヤンの命の灯火が消え掛かっている事に誰よりも不安と焦りを抱えていたルルバーナは怒りを露わにした。紫と青白い魔力を身に纏い、席を立ったルルバーナはファロに近寄ると、ナナセの髪を引っ張りファロの腕からナナセを引き離した。


「何をなさる⁉︎ナナセに触れるな‼︎」

「ヤンをウィラーの元へやるのなら、この男を殺してウィラーに叩きつけてやるわ」

「貴方は分かっていない‼︎我々では界渡の命を守れないと!」

「ふん、SSランクとなってもウィラーとは戦えぬか獣よ」

「ウィラーが望むのは界渡達のスキルだ!ナナセ、ヤン殿、ケード……この3名のスキルが何よりも重要なんだ!命を奪えば極聖魔法を使う……ヤン殿のスキルをウィラーは既に手にした!だから何としてもナナセとケードは護らなくてはならない……ヤン殿のスキルは奪われた。だから今も彼はここに居る……彼の命がどうなろうとウィラーにとってはどうでもいいんだ!」


「ナナセの代わりにヤンの鍵を返して貰えば良いだけだ」


「3名のスキル、どれが欠けても神の国へは行けない!だからこそ、まずは命を守る為に言っているんだ!俺だってみすみすナナセをウィラーの所へやったりはしない!策は既に整っている……ヤン殿の命がどうなっても構わないのであれば……俺はこのままナナセと共にウィラーに会いに行く」


その言葉に、ルルバーナはナナセの髪をぐっと引っ張り上げ、その眠るナナセの首に手を掛けた。


「やめろ‼︎」


「……まさか、お前達。サリフと手を組んだのか?」


ダラリと身体を床に横たえるナナセを気にしながら、ファロは頷くべきか考えた。決して策をルルバーナに言う訳には行かない。しかし、ルルバーナもこちら側に引き込まなくてはナナセの命は無い。その綱渡りの様な駆け引きの中でファロは悩んだ。



















































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