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獣語 躍動編
あんたは強い
しおりを挟む地下倉庫を施錠した後、マグは王宮に滞在するロードルーの騎士団
詰所に連絡を取った。そして、仔細は伝えずケードの完全警護、全ての
情報を秘匿とする様にドーゼムより厳令された事を伝えた。
また、サリューの病の完治についても現段階でケードのスキルに依る物
である事は秘匿する様に依頼した。
『分かった。こちら騎士隊黄軍はドーゼム殿に従おう。それから、ケードの護衛はいつから開始するのが良いか?』
「出来れば直ぐに、と言いたい所ですが今来られると万が一にも彼の所在がバレる危険もあるので、今夜8時にギルドに来て下さい」
『分かった。俺とカリムドが行く』
「ありがとうございます。今からリン会長に会いに行きますので、仔細はその時に」
『あぁ、今リン大臣はここに居るが、話すか?』
「いえ、これも傍受されていないとも限りませんから」
『厳重だな…そんなにか』
「えぇ、そんなにです」
『ではマグ殿、また後程な』
「はい、また後で」
ギルドの表玄関の鍵を掛け、マグは全体に結界を魔道具で張ると、
副支部長のロビンを呼んだ。
「ロビン、これを嵌めろ」
「忘却?彼ってそんなにヤバいんだ」
「お前が襲われない為だ」
「分かったよ。マグも使うの?」
「あぁ、一通りの下準備が終わり次第使う」
「何処まで使う?」
「ケードの本名、スキル、属性、出身、性別、鑑定した事、今日ここに来た事、居る事…全てだ。今からここはお前だけだ。いいな、ほかには誰も居ない」
「了解。なら早速…イレーズリターナイレーズオール…ケードに関する一切の消去」
ぽわりと指輪が光り、ロビンの瞳が黒くなると、記憶が消去されていく
のか、視線は定まらずカクカク、グルグルと回っている。
消去が済み、次第にロビンの瞳は、元の青い瞳に戻っていった。
「ロビン、今から俺は出てくるが…お前1人で大丈夫か?」
「うん?いつもの事でしょ?朝からだーれも来ないし!暇すぎで寝ちゃいそうだよ!マックスに連絡しよーかなー」
ロビンの反応を見て、マグは頷くとパンッと肩を叩いた。
「はっ!程々にしておけよ?もう結婚して10年も経つって言うのに相変わらずだな」
「まぁねぇ~僕ってば一途だからね!」
「じゃあ、後は頼んだぞ。取り敢えず、誰も入れるな。これから秘匿物を持ってくるから客が居たら困る」
「何だろー楽しみぃ!客が来たらスルーしとくよー」
二階のスタッフルームに向かう姿を確認したマグは、裏口の鍵を掛け
ると、バサリとその黒くて大きな羽を広げ、空に舞い上がり城へと
向かった。
王宮では、医師や侍従、執事達に側妃達が慌しく通路を駆けていた。
「ちょっと、すみません!ギルド支部長のマグですが…何かあったのですか?」
腕を掴まれた近衛の獣人戦士は、顔を紅潮させてマグの肩をガシリと
掴んで揺すった。
「奇跡ですよ!奇跡が起きたんですよ!」
「は?奇跡…ですか?」
「サリュー様に太陽神のご加護があったのです!」
「え…」
嘘だろ⁉︎
サリュー様とカシャ隊長にはこの事は黙っていてくれと伝えただろ⁉︎
くそッ‼︎
「ケード様が、太陽の光を浴びて少しでも心健やかにすべきとご助言された所!何と!サリュー様の黒紫病が治ったのです!」
「はぁ⁉︎」
なんっ…だとっ…?まさか…ケードの事を隠すのも伝える事も出来ない
からと言って…嘘ぶちまけたのか⁉︎後先も考えずに⁉︎
「サリュー様が太陽神に一心に願った所、急に身体温かくなり気が付いたら痣も痛みも消えていたそうです!凄い事ですよ!神のご加護が誠にあるのだとサリュー様が体現されたのです!」
これはヤバい…これはヤバいぞ!
どう考えても、この話からケードに辿り着くじゃないか!
クソっ!クソっ‼︎
「そ、それは…何とも不思議な事もあるものですね…は…はは…」
「えぇ!これも皆、ケード様とリン様のお陰で御座いますね!」
「うん?リン会長がですか…?」
「はい!リン様がカイサンで得たという魔術を施すと、太陽の力と重なり黒紫病の進行を止めるのだそうです!ただ、ケード様が日々のお食事を考え作られた事が重要らしく、そのお陰で病は根治したそうなのです!あぁ!何と素晴らしい!」
待て待て待て待て!
それじゃ、この国で黒紫病に苦しむ者達が押し寄せてくるだろ!
そうなったらケードを隠して居られないじゃないか!
「あ、あの…サリュー様にお目通を願いたいのですが…その…ケードの事で…」
「畏まりました!直ぐにお伝えに参ります!」
マグは、後宮と王宮の間のサロンに通され、連絡を待っている。
内々に進めたい事が全て誰かの浅知恵によって邪魔をされ、これから
どう対処すべきなのか、そう考えると目の前が真っ黒になり、マグは
項垂れ頭を抱え込んでいる。
「おんやぁ、マグじゃないか?」
「リン会長‼︎どう言う事ですか‼︎」
「どう言うって?」
「そのっ!……ケードの事ですよ…」
「小声にしたって意味ないだろ!コソコソするからバレるのさ!堂々としていたまえよ!」
「リン会長~‼︎何て事してくれたんですか!あぁ!今、彼はとても危ないんですよ!マスターから何も聞いていないんですか?」
今にも泣きそうな顔で、リンの胸ぐらに額を預けて胸元を叩き
続けた。
マスターからの指示を無視しやがって!作戦が潰れたらどうする
つもりなんだ!この人はいつもこうだ…後先の事を全然考えてくれ
ない!そして、いつも俺達がとばっちりを喰らうんだよ!
「うんにゃ?なーんも聞いてないね?そもそもまだドーゼムと話もしてないよ?サリューの事は、どうせケードのスキルだろ?まぁナナセがナナセだからねぇ…とんでもなくレアなのが着いていたんだろうなって想像したんだよ。ウィラーの事もあるから、あの子がやったとは言わないでおいたのさ!偉いだろ?」
「…え?何も…聞いて無い…?…あ…そうですか…いや、偉か無いですけど…その、もうちょっと何とかなりませんでした?」
その時、マグは違和感を覚えていた。
ドーゼムと言う男は、常に抜かりが無く、二重三重に保険を掛ける様な
男で、人よりも先んじて手を打つ所があるのに、リンには何も連絡が
行っていないと言う事に引っ掛かった。
マグは、この違和感を放置していては危険な気がして、彼に全てを伝え
た。
「ふーん。成程ねぇ……なら逆に使えるかもねぇー」
「え?使えるって…どう言う事ですか…」
「今、ロードルーは表向きザギとロートレッドに宣戦布告されている様なもんだ…まぁザギに関しては見せかけてだけどね。ロートレッドはマリエリバがほぼ失脚して、偽の王が立った…ウィラーは次にケードを狙う為にザーナンドを襲うだろうなぁ…なら…守りの薄いここよりも、ロードルーに連れて行くべきだろうねぇ…ウィラーと共に」
「ケードを餌にするつもりですか?」
「そうさ…尻尾を出さないウィラーを巣穴から引き摺り出すには餌がいる!それがケードだ!ナナセはもう餌の役割を負えないからね!」
「しかし!どうやって…道中襲われないとも限らないでは無いですか!」
「ふっふっふっ!はぁーーーはっはっはっぁ!」
「会長?」
「生産、商業ギルドを纏める僕だってねぇ!魔道具を開発する頭位待ってるんだよ?マグ!」
この人がこんな風に目を輝かせると、碌なことが起きない。
怖いなぁ~怖いなぁ~…嫌だなぁ~この人の相手…。
「じゃじゃーーーん!転送~装置~!えっへん!ポータルさ!」
「ポー…タル」
「そう!空間魔法の応用でね作ってみたんだよ!このポータルを離れた位置に置く…んでもってこれをあっちに…マグ!そこに立って!」
「あ、はい…」
「いっくよーー!ぽちっとなん!」
リンは、ポータルのボタンをポチリと押した。
「すると、マグの身体は光に飲み込まれ、あちらのポータルへと転送されたのであった!ってな!どーーーよ!どーーーよ!どーーなのよ⁉︎」
「す、凄い…ではこの一つをロードルーに持っていけば安全に彼を運べる!」
「そゆことーー!」
るんるんと、こんな状況にあっても全く動じないリンの姿を眺め、
マグは溜息を零しながら笑った。
「くくくっ!…やっぱりあんたは強いな…会長…あー…本当に面倒な人だよ!今日の流れが全部おじゃんだ!やってくれるよ!」
文句を言いながらも、ポータルで嬉々として遊ぶリンの姿をマグは
眺めた。
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