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獣語 躍動編
界渡の危険性
しおりを挟む刺客が捕縛されたニュースは、翌朝にはロートレッドの騎士隊や暗部
に齎されていて、ナナセ捕獲の密命を受けていた暗部の面々は頭を
抱えた。
「クソっやっぱり簡単には行かぬか」
「結が今回抜かったと聞いたが」
「いや…あの獣人にやれたらしい…勘も嗅覚も鋭い様だ」
そもそも、何故王族と国民を守る騎士隊や暗部が、一介の冒険者を捕獲
するなどといったふざけた任務を遂行しなくてはならないのか、その事
を疑問視する声もあった。
だが、宰相モルモードの私室に呼ばれ、ナナセを捕獲しなくてはなら
ない理由を聞かされてからは、騎士隊も暗部も、宰相に同調する様に彼
の捕獲を最重要案件と改た。その理由とは、ナナセのスキルだった。
『各国が明確に、界渡を捕獲する動きを見せている。それまでは、カイサンの不可解な動きを牽制する為であったが、今回は違う。その理由はナナセ、彼の持つ剣聖のスキルだ。それは新たなる攻撃魔法の創造…そして生み出されたスキルは一個師団を一撃の内に壊滅させると聞く。だが、先日…彼はロードルーの国籍を取得した。この事が意味する事は…分かるな?』
今回のナナセ捕獲の実行部隊責任者のアルバンティアは、モルモードの
言葉を思い出しながら、集められた部隊を前に、覇気を纏い睨みつけ
た。
「次は無い!必ず捕獲せよ!」
「「はっ!」」
初動の失敗を受け、騎士隊上層部も、ありとあらゆる情報網を駆使し
て界渡の情報を集めたが、現在この世界に存在する界渡はナナセを含め
て6名、内2名は既に死んでいて、ナナセ以外の3名はカイサンに匿わ
れていると言う情報だけであった。スキルや、その生態、生活拠点や
仕事内容などを探るも、大きな成果は無く、皆焦っている。
界渡はいつ現れるか分からない。
しかも、その全員がスキルや加護を保有している訳でない。
ナナセで無くても良い、何処かに目ぼしい界渡が居れば良いのだが。
だが、何故か各国はナナセにポイントを絞り囲込みに入っている。
そうなると、あのスキルだけが理由では無いのかも知れない。
各国は躍起になってナナセ確保の動きを見せ始めていると、アルバルテ
ィアは、騎士隊本部最上階の元帥ナムドの執務室で報告書を広げた。
「ならば、いっその事その界渡…始末した方が早いのではないか?」
西部ルイヤードの騎士隊の大隊長ライトは、タバコに火をつけ、煙の
輪を作りながらナムドに視線を向けた。
「それはなりませんよ、皆様」
ナムドは、目尻に深く刻まれた皺を更に深くする様に笑うと、撫で付け
られた白髪の上に乗せていた眼鏡を外して、その鷲鼻の上にちょこんと
乗せると、細めた目を開いた。
「必ず、五体満足で捕獲です」
その言葉に、皆ざわついていた。その中で黙っていた一番歳の若い、
北部トルッセンの大隊長モーガンが手を上げた。
「元帥、その理由を伺っても?」
皆、モーガンの質問に興味深々でナムドに目を向けた。
「この国の王妃となるからです」
「「‼︎」」
「そ…それは…無理…なのでは?」
「えぇ、分かっていますとも…皆さんの言いたい事は…斯く言う私も、陛下のお考えが解らぬのです」
「元帥閣下でもあのヤンチャ小僧の考える事は分かりませぬか!」
南部ケシャンドルの騎士隊、大隊長ビルファラードは、ギチギチに盛り
上がった筋肉の腕を組みながら、その熊の様な体を揺すりガハハと豪快
に笑いだした。
「えぇ、ビルファラードさん。私は早く貴方に席を譲りたいと心から思っている所ですよ」
「そりゃ困るなぁ~俺は断固拒否しますよ!あんなののお守りはアンタにしか無理だろう?」
その言葉に、他の大隊長も頷くと、視線をナムドから外して天井や足元
に目をやった。
「はぁ…陛下は…ナナセ殿をお慕いしている様ですが、お子様もいるお方に懸想するなど…嘆かわしい事です。ただ、その事情を差し引いても、ナナセ殿の持つスキルは、我が国を脅かす物だと言えます」
「ならなんでもっと早くに捕まえておかなかったんだ?」
東部騎士隊、大隊長カズラは可笑しそうにケラケラと笑いながら、
恋人であるライトのタバコを奪い吸い出した。
「7年前、陛下がナナセ殿をお見初めになりましたが、一介の冒険者ではお側に置く事が出来ず、また貴族議員の妨害もあり騎士隊に引き抜く事も出来ませんでした。そうこうする内に、ナナセ殿に伴侶が出来て、出奔させてしまった…ただ、ギルド会員籍であったあの方を連れ戻す事はまだ可能だと思っていたので、今回の国籍取得は陛下にとって痛恨の極みであったのでしょう」
「だっめだなぁー!陛下ともあろう者がびびって手の一つも出せやしなかったのか!」
「ライトさん。そんな簡単な話では無いのです…」
「と、言うと?」
「ナナセ殿と陛下は…一昨日、初めて顔を合わされたのです…」
「「は⁉︎」」
モーガンは、手を振りながら首を傾げ、パチパチと瞬きをした。
「ちょっ…え?陛下はナナセ殿に会った事がなかったのですか?」
「…えぇ。故に、今回の暴挙とも言える手に出たのです」
「「…」」
「おいおい…あちらさんからしたら、俺達は誘拐犯って事じゃ無いか…そりゃ、いくら何でも酷すぎやしねぇか?」
ビルファラードの意見に、皆頷き、ナムドに苦々しい顔を向けた。
「ですから…私も…胃薬が手放せないのですよ!」
「元帥閣下…下手したら、そのスキル…我々にぶつけられやしませんかね?」
ライトは手で顔を覆いながら、最も現実的で、確実となるだろう未来を
憂いた。
「…それだけではありません…ご夫君の獣人は、この度ゴールドクラスのSS冒険者とランクアップされた猛者です…数で押したとして、かなりの激戦となる事は覚悟しておかなくてはならないでしょう」
「元帥閣下、ナナセ殿を捕獲したとして…その、王妃に、とするのでしたら…旦那の獣人と子供は?」
ライトの言葉に皆、無言となり手元に視線を落とした。
そう、殺…す…しか無い。
生かしておいても、遺恨が残るだけだ。
出来れば子供は殺したく無い所だが…そうも行かぬだろう。
「ロードルー内で事を終わらせるのです」
ナムドは、顔色一つ変えずに皆を見ると、4つの魔道具をテーブルの
上に置いた。
「メルメーター?それって…ナナセを傀儡にするつもりですか?」
ライトは、メルメーターと呼ばれる拷問器具に目をやると、唖然と
して皆を見回した。
流石にやり過ぎだ。
たかが界渡如きの為に戦争を仕掛けるつもりなのか?
元はロートレッドの民だろ…しかも子供もいる母親。
いくら獣人なんかを伴侶にした愚か者でも、その人生を陛下の
執着の為に狂わせて良い訳が無い。
それに、俺達が手を出した事は直ぐにバレる。
その後の事をどこまで陛下達は考えているんだ?
「なぁ、ナムドさんよ。今、ロードルーと事を構えて良い事なんか一つもありゃしないだろ?まさかと思うが、陛下はナナセを抱きてぇ為だけにこんな事をしようとしているなら、…俺は手を引かせて貰うぞ」
ビルファラードは、ナムドを睨みつけ立ち上がった。
正義感が人一倍強く、人情味溢れる彼は、ナナセのスキルが祖国を
脅かす物だと判断したから今回の任務を受け入れたが、それがまさか
色恋沙汰が発端で、何の罪も犯していない一家を離散させ、幼児までも
殺して構わないとするナムドや、マリエリバに怒りを顕にした。
「一家をロートレッドの国民にしたいってんならまだ分かるがな…横恋慕した上に家族を殺せって…俺達を何だと思っているんだ」
「そうですよ!しかも、こんな情報を今更出すなんて!ナナセは温厚で人柄も良いと聞きます。メルメーターなんか使った事が露見すれば、ギルドや世界中の冒険者が黙ってはいない!」
「友好的に界渡の共同保護なんかに持ち込めないのか?」
カズラにライト、モーガンも、次々に不満を口にして、ナムドは
目を瞑り耳を傾けた。
「…私とて皆さんと同じ気持ちですよ。ですがね…界渡は保護対象でもあり、戦禍の種火でもあるのです…カイサンは既に3名の界渡を保護している…それは我々のみならず、この世界に生きる者の首を押さえたに等しい…自国で保有できれば安泰、出来なければ…。ですから、必ず捕獲してください…無理なら殺して構いません…最悪の芽は早いうちに摘んで損はありませんからね…カイサンに奪われる位なら…それが決定事項です」
「ナムド、あんたって人は…俺達は恥ずかしくて騎士だと胸を張れねぇよ」
「ビルファラードさん…我々が悪に染まっても、守るべき物があるのです」
「ナナセもその1人じゃねぇのかよ。それに、情報がこんなにも少なくて誤報も混じってる…それなのに強行して大丈夫かよ」
「…界渡である事が残念でありませんよ…黙って陛下のお側に居てくださる事を選択してくれると良いですが」
既に動き出したナナセ捕獲のミッションに、今一歩踏み出す事を
大隊長達は躊躇いながら、次々と部屋に齎される現場の情報に、
彼等はもう後戻りは出来ないのだと、溜息を吐いた。
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