狼と人間、そして半獣の

咲狛洋々

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太陽の国 獣語

日記(1)

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 ナナセが日本に戻った翌日、靖三郎は吉野義親の実家へと向かった。

「ご無沙汰しております。清流会、時枝です」

「時枝先生!まぁ、新年早々にお会いしたいと思っていた方からお越しくださるなんて!」

「どうぞ、お上がりください」

「失礼致します」


靖三郎は義親の仏壇に線香を上げると、手を合わせ目を瞑った。

吉野先生、君が待ち続けた東藤君が戻ってきたよ。
君に会いたいと、泣いているよ。
せめて、夢の中だけでも会ってやってくれないか?
もしかしたら、君は彼を許せずにいるのかな?
だとしたら…それは違うよ。彼は彼で、どうしようもなかったんだ。

彼に会ってあげてくれ…頼んだよ。吉野先生。


「先生?お茶をどうぞ」

「あ、これは失礼。久しぶりに彼と話がしたくなりまして…私も、そろそろ彼方に行く準備をするべきかなと」

笑って義親の母親と話しながら、日記について切り出した。

「実はお願いがあって伺いました」

「えぇ、実は私もなんです」

「え?」

「昨日…年末の大掃除をしてましてね?義親の荷物を…やっと解く事が出来たんです」

「はい」

「あの子の剣道雑誌の間に…こんな物が挟まっていたんです」

母親は、靖三郎に一通の封筒を手渡した。

「中身は見てません…もし、自殺の理由が書かれていたとしたら、私は今度こそ生きていく自信がないんです…最近あの子の弟に子供が生まれまして…孫を抱いてようやく…なので…これを先生に預けたくて」

靖三郎は封筒を受け取ると、口を開いた。

「あと、一つ…お願いがあります」

「何でしょう?」

「彼の日記をお貸し頂けませんか?彼の記憶と…酒が飲みたくて」

母親は薄ら涙を浮かべながら、頭を下げた。

「勿論です…ありがとうございます。忘れずにいて下さって…東藤君がもし何処かで生きていたなら…彼にも会いたいのですけどね」

「……恨み言の一つも言いたいでしょうね」

「いえ…私は彼も息子同様に思っているんです。彼はあの子の良いストッパーだったんですよ」

「ストッパー?」

「先生はご存知なかったかもしれませんが、あの子…ずっとイジメに合ってたんです」

「え?吉野先生が?」

「えぇ…会社でね…酷いイジメに遭ってたんです。家ではそれはもう…手の付けられない程荒れてね。でも、あの子は東藤君が居たから…見栄を張って…頑張れていたんです。彼が居なければ…会社も、剣道も辞めて…落ちる所まで落ちていたかもしれないんです。だから、私は彼に謝りたいんですよ。重たかっただろうと思って」

「…東藤先生は…そんな風には思っていないでしょうね。吉野先生同様、東藤先生も吉野先生無しには剣道を続けていなかったでしょう」

「今…東藤君はどこで…何をしているんでしょうね…」

「そう…ですね」


母親は、日記を取ってくると言い二階に上がって行ったのを見送って、靖三郎は宛名の無い封筒の糊付けされた口を丁寧に開くと、中の手紙を開いた。




七瀬へ


今、お前はどこにいるんだろう

この手紙をどこへ送ればいい

届かないかもしれない

だったら俺の想いを書くよ


お前が好きだ

ずっとお前が好きだった








靖三郎は手紙を開いた事を後悔した。

「私が読むべき手紙では無かった…申し訳無い。吉野先生」

ちゃんと、東藤先生に渡すから…吉野先生、許してくれよ。

二階から足音が響き、靖三郎は慌てて封筒に手紙を戻すと
懐のポケットに手紙を入れた。


「先生、こちらを」

二冊の日記を手にした母親は、愛おし気に表紙を撫でてから
靖三郎に渡した。


「こちらも…差し上げます。ちゃんと私の中にはあの子が生きているから…そして、良ければ…東藤君に会えたら…渡して下さい」

「分かりました。責任をもってお預かり致します」


靖三郎は遠回りして家に向かった。
途中皆で毎年参拝した、人の少ない神社に寄って、賽銭を入れ鐘を鳴らした。

「神様…願わくば…彼の想いが吉野先生に届きますように」

一礼の後、御堂の裏手の梅の木の下に座ると懐の手紙を取り出した。


「七瀬へ…か…」


ポツリと靖三郎は呟き、冷たい風に息を吐いた。
すると急に誰かが声を掛けた。


「ナナセ?ナナセと言ったかい?」


靖三郎はビクリと肩を震わせ立ち上がると、辺りを見渡した。すると、御堂の中から一人の男が顔を出した。


「おや、あんたどうしたね?そんな泣きそうな顔をして」

「たまげたな……あ…あんた…ファル…なんとかさんか?」

「あぁ、私がファルファータだけど?もしかしてナナセの知り合いかい?良かった、ナナセに会わせておくれ?」


靖三郎は余りの驚きと、ナナセの話が真実だと知り笑い出した。


「あはははっ!なんてこった!こんな事あるんだなぁ」

「どうしたのさ、大丈夫かい?君」

「えぇ、えぇ、大丈夫ですよ。彼は私の家にいますから、どうぞご一緒しましょう」

「助かるよ、この国は何だい?こんなに寒いなんて…信じられない」

「お寒いでしょう。私ので申し訳ないが、このコートを着てください。あとマフラーも」

「おや、親切な人間だね?ありがとう。恩に着るよ」

「いいえ、どういたしまして。狐のファルファータさん」

「おや、私の事を知ってるのかい?なら話は早い!さぁ、行こうじゃ無いか!ナナセの所へ」


カラリとしたファルファータの性格に、靖三郎は沈んでいた心が軽くなったのを感じつつ、日記を抱え靖三郎とファルファータは家路についた。
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