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太陽の国 獣語
剣舞(2)
しおりを挟むナナセとファロが振り向くと、そこにはドルザベル王とドーゼム、
護衛三人とカサムードが立っていた。
ドルザベルの姿をみたバシャは慌ててファロの腕から降りると、服を
パンパンと叩き左手を右胸に当てて頭を下げる。
「父上」
ドルザベルは穏やかな微笑みを浮かべながら、バシャの脇に手を滑ら
せるとぐっと持ち上げその細い腕に乗せた。
「バシャ、私はついにお前と言う息子を失ったのだろうか?」
その言葉に、バシャはあたふたと狼狽えながら「いえ、ちがうのです」
と繰り返すだけで、その瞳はカサムードの険しい顔から、この後言われ
るであろう苦言やら、嫌味を想像してか恐怖に揺らいでいた。
ナナセはそんなバシャを後ろから抱き上げるとクロウと共に両腕に
抱えてドルザベルに詰め寄った。
「子供を嚇す親がありますか!ドルザベル王、そういう所ですよ?あなたが親に向かないのは」
「な!…すまない。私は焦ってしまったのだ」
ナナセの胸にしがみつくバシャの手を見たドルザベルはシュンと項垂れ
溜息を吐く。
こんな筈では無かった。
出会って2日しか経たぬというのに、バシャはこのナナセという人間に
懐いた上に…陰でこの者を『母』と、ファロ殿を『父』と呼んでいると
いうではないか。
確かに、バシャが生まれる前からこの国はいつも緊張状態にあって、
親子としての時間を持つことも許されなかった。けれど、決してバシャ
が可愛くないなどという事は無く、日々執事から上がるバシャの報告を
聞いては成長を嬉しく思ったものだ。だが…バシャにはなにも届いてい
なかったのだ。確かに…想っているだけではな…届くはずもない。
今更ながらに己の無力さに胸が痛む。
何も言い返せないドルザベルはただ黙ってナナセの顔を見ていた。
ドーゼムは参ったなとドルザベルの肩に手を置くと、ぼそりと呟いた。
「まぁまぁ、ゆっくり行きましょうや。なんならバシャ殿下の教育係にでもしたらどうだ?」
その言葉に、ドルザベルはムッとして肩の上の手を払いのけた。
「バシャには次期当主として獣人の教育者を付けるつもりだ」
「…はぁ…あんた、さっきの会談で何を話し合ったか覚えてねぇのかよ」
「そうではない、どうやってもこれからは人間と関わり繋がり無くして生きてはゆけぬ…しかし、我々が獣人である事は変わらない。だからこそ、獣人としての矜持だけはあの子にしっかりと持っていてもらいたい…恥ずべき存在ではないのだと…胸を張って世界を渡って良いのだと…獣人の師から世界を学び取って欲しいと思っている」
「だったら猶更、ナナセだと思うけどな?あいつは界渡だし、獣人と人間双方に偏見が無い…面白い事を教えてやろうか?ファロには…運命の番がいたんだよ…ロートレッドに」
「な!なんだと?界渡?異世界の者なのか⁉︎先日彼が言った事は事実なのか…てっきりバシャの気を逸らす為の戯言と思っていたが…本当に存在したのだな…しかも運命の番が別の者だったのか?」
「くくく、でもな…その相手にファロを奪わせない為に部屋に閉じ込め、餌付けして、いよいよ体調にも異変が出始めたファロを国外に連れ出したのがナナセだ」
ドーゼムはバシャとクロウと共に戯れるナナセを見ながら、ドルザベル
の肩に手を置いて笑い出した。
「信じられるか?他の男にファロを渡したくねぇって半年以上仕事も出来ねぇファロを世話していたんだと…その間も番のフェロモンに当てられてファロは相当苦しんだようだがな」
「苦しい物なのか?」
「そりゃあなぁ、訳も分からず強制的に発情させられて、でも理性は失えず、半身が近くに居るのに番えねぇじゃな。ファロは吐いて毛を掻きむしって、頭痛に耐えれず壁に頭をぶつけたりしていたらしい。俺は幸いすんなり受け入れたし、ナナセ達の理解もあって毎日が幸せだがな」
「ドーゼム、お前…運命の番持ちなのか?」
ドルザベルは驚いてドーゼムを見上げると、金の髪を靡かせながらその
男らしい顔をクシャリと崩して笑っていた。
「あぁ、クロウだよ。ナナセとファロの息子だ。俺が取り上げたんだがな、触れた瞬間に分かったよ…あぁ、俺はこの子の為に生まれたんだと」
「あの幼児にか!?」
「仕方ねぇだろ?年の差はどうしようもない…あの子が成長してゆくのを俺は傍で見守るだけだ。手を出そうなんて事は考えていない…いつか俺が認めた男と結婚してくれたらそれで良い、その頃には俺もフェロモンを感じる事は出来なくなってるだろうしな」
すこし、寂し気で嬉し気なドーゼムの顔にドルザベルは悲しくもあり、
幸せなのだなとドーゼムの背をパンッと叩いた。
「痛ぇな、おい。それになぁ、ナナセはそこらの獣人よりもよっぽどおっかねぇ獣だよ、それこそファロすら食い殺すような獣を内に飼ってるよ…」
「……そうか」
ドルザベルは、クルクルとバシャとクロウを抱き上げてはダンスでも
踊るかの様に回るナナセを見つめた。
「バシャ王子、私達の剣技が見たいですか?」
「ナナセ?」
「クロウも母さんと父さんの剣舞がみたいかい?」
「ままとぱーぱの?いつものやつ?」
「ちょっと違う」
ナナセは人差し指を立てると、左右に振ってウィンクをする。その
姿に、ファロはナナセを抱き上げ首筋を甘噛みした。
「あれは嫌だぞ…疲れる」
「良いじゃ無いか、息子達に良い格好したいのさ!」
「はぁ…」
ファロは、ナナセを抱えたままドルザベルの元へ向かうと訓練所の
一角を使わせて欲しいと頼んだ。
「あぁ、構わぬ」
ナナセはやったね、と言ってスルリとファロの腕から抜け出すと
屈伸やジャンプをして体を慣らし始めた。
「ファロ、今日は私が下でもいい?」
「ん?構わんが大丈夫か?」
「大丈夫だよ、それより私の腕を離さないでね!」
「当たり前だ」
そういうと、ナナセとファロはポーチや装飾品を外して武器だけを
携えて訓練所の端へと移動した。
釣られる様に皆二人の後ろを付いて来たが、何が起こるのか誰も分か
らなかった。
二人は背中合わせで立つと、息を整え呼吸のタイミングを合わせた。
トントントントンとナナセが爪先を鳴らすと、ファロが飛び上がり、
その下をナナセが地面スレスレに足を払うかの様に地面を削る。
ファロは空中で剣を抜くとくるりと一回転して剣をナナセの背面に
沿う様にして地面に突き刺した。
ナナセはその剣に背を預けて左足を蹴り上げ、右手を地面に付けると
右足を天に突き上げる。その足裏目掛けてファロが空から落ちて来る
と、トンと一瞬だけそこに右足を乗せるとまた跳躍した。
ナナセはファロの剣を軸にまたも地面を抉りながら足払いをしている。
その姿に、クロウはきゃーきゃーと声を上げて手を叩いた。
チラリとその姿を見たナナセは剣を振りならがら、バシャとクロウに
ウィンクした。
「まま!ぱーぱすごーーーい」
「そうだね!クロウ、ナナセとファロ殿はすごいな!」
クロウはその言葉に、バシャの顔を見るとコテンと首を傾げ聞いた。
「ままとぱーぱは にーにのままとぱーぱでしょ?なんでおなまえでよぶの?」
「えっ⁉︎」
クロウの言葉に、慌てて振り返りドルザベルを見るがナナセ達に気を
取られ、こちらの言葉は届いていなかった。
「内緒なんだ。だから、私達だけの時しか…言えないんだ」
クロウはびっくりして、声を落とすと拳を作り口に当てた。
「わかった!しみつ!いっちゃだめ!」
「ふふふ、クロウはいいんだよ?さぁ、母さん達を見よう?」
バシャはクロウを後ろから抱き締めるとナナセ達に目を向けた。
宙に舞うファロは腰から下げた双剣を抜くと、剣を回転させたりと、
対空戦に合った動きを見せた。そして地面に着地した瞬間、ナナセと
向き合い、剣を絡めて立ち位置を交互に変えては斬撃を繰り出して
ゆく。互いの腕を掴んだままに剣技を繰り出す姿は、二人なのに
まるで一人の武人が戦っている様な錯覚を見る者に与えている。
それはまるで曲芸の様でいて、黒い蝶が羽ばたき舞う様な光景だった。
バシャは瞬きもせず、黒髪を靡かせ舞うナナセとそのナナセを自由自在
に動かすファロの力強さに見惚れていて、ドルザベルやファルファー
タ、レイガス、獣戦士も無言でその姿を見つめていた。
「ファロ!」
距離を取った二人は向き合い駆け出すと、ファロが双剣をクロスさせ
ナナセの股下目掛けてスライディングする。ナナセはその場で軽く
宙返りをすると、その双剣を踏み台にして高く飛ぶ。
くるりと宙返りをしたナナセは、ファロの大剣の遠心力を使って斬撃と
足技を空中で披露し、双剣を鞘に戻したファロの腕の中にふわりと着地
した。
駆け出したクロウとバシャ以外、誰もその場から動けなかった。
ドーゼムも、初めて見る二人の剣舞に驚いていてゴクリと唾を飲み
込んだ。
「こりゃ、SSに上げるかゴールドクラスに入れた方がいいな」
そう呟くとドルザベルの肩に手を置き「どうだった?」と尋ねた。
「ドーゼム…獣人と人間は…あの二人の様になれるだろうか?」
ドーゼムは真剣な眼差しで二人を見つめながら答えた。
「愚問だ…答えがそこにある」
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