狼と人間、そして半獣の

咲狛洋々

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太陽の国 獣語

秘密(1)

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「ぱーぱ、にーに、あのおはな!あのおはなはなーに?」


バシャはクロウの手を引きながら、後宮内の野草園を散策していた。

ファロの背後には獣人戦士がと近侍五名が護衛に付いていて、先の

内乱がまだ燻っている可能性もあるからと、城外に出る事は叶わな

かった。


「クロウ、あっちにはね美味しい果物が成る木があるんだ。行ってみるかい?」

「くだもの?くろうはね、アプーがすき。にーにはなにがすき?」


バシャは可愛がれる弟分が出来たのが嬉しいのか、クロウ相手に上機嫌

で話をしていた。普段は「はい」や「いいえ」といった返事以外に

言葉を発する事があまりなかった為、護衛達は驚いていた。

そんな二人を眺めるファロの背後から、護衛が声を掛けた。


「ファロ殿…貴殿はバシャ殿下と以前よりの知り合いだったのだろうか?」


鷹の獣人がファロの左横に立ち、バシャとの関わりを聞いてきた。

ファロはその獣人を横目にすると、前を向き直してクロウ達を見つ

めた。


「…いや。つい昨日お会いしたばかりだ」

「なっ!昨日…ですか?」

「あぁ。妻がバシャ殿下に助けられた…それが縁でな」

「‼︎そうでありましたか!バシャ殿下はどの様にお救いになったのですか?」


別の鷹の獣人が、目を輝かせさながらファロの右横に立つと、その時の

様子を聞かせてほしいと強請り、ファロはまたチラリと右を見て溜息

を吐いた。そしてナナセから聞いた話を聞かせてやった。


「なんと…バシャ殿下…それ程までに…お苦しみでしたか。我々では…御心を御守りする事は出来ませんでしたか…」


背後に立っていた豹の獣人が悔し気に声を出した。

鷹の獣人二人も、クロウとバシャの背を見つめながら嘴をぎゅっと

閉じて己の不甲斐無さを喉に詰まらせた様に、無言になっていた。


「ファロ……父さん、クロウに戦士団の訓練所を見せてあげたいのですが…良いでしょうか?」


上目遣いで、未だファロを父と気軽に呼べず両手をモニモニと動かす

バシャの頭の上にポンと手を乗せると、ファロは「あぁ」と言って

二人をその腕に抱き上げ、バシャの指差す方へと歩き出した。



 ファロ達は一度、後宮へと戻るとドルザベル王の侍従カサムードに

バシャが声を掛けた。


「あ…あの…あ、カ…カサムード侍従長…」


オドオドとカサムードにバシャが声を掛けると、忌々しそうな顔で

カサムードはバシャに近付いた。


「何ですか?王子。私は今、王の執務の準備で忙しいのですが」

「す、すまない…その…あの…」


カサムードの威圧に気圧され、バシャは上手く話を切り出せずにいた。

すると、ファロがバシャを背に隠すと前に進み出でカサムードを見下ろ

し、代わりにこれから戦士団の訓練所へと行く事を伝えた。


「失礼だが、貴方は?」

「俺はロードルー王国、S+ランク冒険者ファロ•ファリーシャ。本日はバシャ殿下の指南役として参った。私に不満があるのならリン大臣と、ギルドマスタードーゼムに文句を言うと良い…私はこの国の者では無い…礼儀は求めるな。報告しに参っただけだ」

「なっ!なんて言い草ですか!仮にも私は王の侍従ですよ?待ちなさい!」


ファロはカサムードの言葉を無視して、バシャの背をそっと押しながら

訓練所へと向かった。







王の間では、ドルザベルがドーゼムと向き合い自身を見てほしいと

息巻いていた。


「ドーゼム殿…まだ私に信を置く事が出来ぬのは分かっている。しかし、私は…もう二度と…希望を手放したりはせぬ。そして、その為にドーゼム殿達の力を借りたい…どうか、手を取ってはくれぬだろうか」


ドーゼムは差し出された手の指先だけ、スルリと触れると席に座り直し

て軽く頷いた。その対応だけで、ドルザベルは満足だった。


「分かっている…これからだという事。しかし、感謝する」

「良いって事だ…しかし、シュン…彼をどう扱うつもりだ」

「私は決めた…シュン宰相には、ファルファータと共にロードルー領主代行…駐在員として獣人協同組合のサポートしてもらう。当然、ロードルー王の手足としても働いてもらう」


「……」


シュンはその言葉にチラリとドルザベルを見たが、また窓の外に視線を

向けて沈黙を貫いた。

その姿に、ドーゼムは両手を頭の後ろで組みながら笑う。


「それが罰と言えるのか?」

「この男には死刑よりも苦しい罰となろう。何よりも憎んだ人間の元で働くのだ…しかもリンの元で働く事となるだろう…これはシュン宰相には苦痛でしか無いだろうな」


ドルザベルはシュンを見つめるが、シュンは何も言わずただ座って

いた。


「なぁ、シュン宰相さんよ…あんたはこの罰を受けれるのか?」

「…受けるつもりはない。処刑されぬのならば自害するのみよ」

「それはあれかい?自分の非は認めないって事か?」

「我は我の正義を貫いたまで。それを否定するのであればそれで良い、だが、我はそれに従わぬ」

「なら、ファルファータはどうする?誰も面倒は見ないぞ」

「……あやつは…生きて行けるだろう」

「どうだろうな?俺は思うんだよ…アンタ、ファルファータに惚れてるだろ」


ドーゼムの言葉に、それまでの無気力だったシュンの瞳に炎が宿るのを

王とドーゼムは見た。


「惚れる?ふんっ馬鹿馬鹿しい…あやつを我が家へ迎えたのはユーリンドの存在があったからだ。万が一の保険であり、人質だったのだ。それに、あやつは我の存在を認識出来ていない。故に我が死しても何の問題はないだろう」


「そーか?アンタが何でボルチェスト家を潰さなかったのか…それだけがなぁ、ずっと疑問だったんだよ…どこをどう考えてもボルチェスト家はアンタの目の上の瘤だ、だったらファルファータを殺してユーリンドへ刺客を放てば良かったはずだ…ましてやリルドの子を生ませるなんてな…惚れてなきゃそんな危険な賭けに出ないだろ」

「何を言い出すかと思えば…下らん」

「そうか?お前さんは賭けたんだろ?彼の意識が呼び戻される事を…それに…ファルファータとアンタは元恋人だったろ」


その言葉にドルザベルは目を見開きシュンを凝視した。

シュンは一瞬眉間に皺を寄せたが、直ぐに目を外へと向けドーゼムの

言葉を聞き流した。ドーゼムはニヤリと笑ったかと思うと、テーブルに

両腕を着いて身を乗り出した。



「ヤリハーン…この名に聞き覚えは?」



その名を聞いた瞬間、シュンは目を見開きドーゼムを睨らむとテーブル

をドンッと叩きフーフーと唸り出した。


「彼は今…ナナミアと名を変えてロードルー王の側妃として後宮に居る」

「な…なんだと…ふざけるな!ベルシャドールは何をしていた!」



ドルザベルは頭を抱えて、ドーゼムに問いかけた。


「まさか…ヤリハーンとは…ファルファータと宰相の子供か?そして…大叔父が…その子を育てていたのか…?」

「あぁ、俺はヤリハーンと共に育った。爺さんは拾ったと言ってたがな…柄の入った白狐なんて…よっぽどの家系じゃないと産まれねぇだろ」


シュンは目を血走らせ、唸りながらテーブルを叩き続け、遂には

テーブルの端を叩き割った。


「我息子がロードルー王の側妃だと?ふざけるな!ふざけるな!」

「ロードルー王も一部の貴族も彼がアンタの息子だと知ってる。それでも尚、ヤリハーンを娶ったのは…アイツを愛していたって事と、ザーナンドの屋台骨、シュン•ジュンユエの息子だからだが、アンタが処刑されたらアイツの立場はどうなるんだろうな…」


「何がしたい…息子に手を出してみろ…我が家の総力を以てしてもロードルー王を殺す」

「その前に、アンタ処刑されたいんだろ?何が出来る」


ドーゼムはドルザベルの持っていたシュンの企画案を本人の目の前に

叩き付け、トントンと指差した。


「これで、アンタが、息子の、側妃としての立場を盤石にするんだよ!」


ヤリハーンの名を出した時からシュンには拒否権は無く、ドルザベル王

の片腕として生きなくてはならない事が確定した。

































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