63 / 235
太陽の国 獣語
秘密(1)
しおりを挟む「ぱーぱ、にーに、あのおはな!あのおはなはなーに?」
バシャはクロウの手を引きながら、後宮内の野草園を散策していた。
ファロの背後には獣人戦士がと近侍五名が護衛に付いていて、先の
内乱がまだ燻っている可能性もあるからと、城外に出る事は叶わな
かった。
「クロウ、あっちにはね美味しい果物が成る木があるんだ。行ってみるかい?」
「くだもの?くろうはね、アプーがすき。にーにはなにがすき?」
バシャは可愛がれる弟分が出来たのが嬉しいのか、クロウ相手に上機嫌
で話をしていた。普段は「はい」や「いいえ」といった返事以外に
言葉を発する事があまりなかった為、護衛達は驚いていた。
そんな二人を眺めるファロの背後から、護衛が声を掛けた。
「ファロ殿…貴殿はバシャ殿下と以前よりの知り合いだったのだろうか?」
鷹の獣人がファロの左横に立ち、バシャとの関わりを聞いてきた。
ファロはその獣人を横目にすると、前を向き直してクロウ達を見つ
めた。
「…いや。つい昨日お会いしたばかりだ」
「なっ!昨日…ですか?」
「あぁ。妻がバシャ殿下に助けられた…それが縁でな」
「‼︎そうでありましたか!バシャ殿下はどの様にお救いになったのですか?」
別の鷹の獣人が、目を輝かせさながらファロの右横に立つと、その時の
様子を聞かせてほしいと強請り、ファロはまたチラリと右を見て溜息
を吐いた。そしてナナセから聞いた話を聞かせてやった。
「なんと…バシャ殿下…それ程までに…お苦しみでしたか。我々では…御心を御守りする事は出来ませんでしたか…」
背後に立っていた豹の獣人が悔し気に声を出した。
鷹の獣人二人も、クロウとバシャの背を見つめながら嘴をぎゅっと
閉じて己の不甲斐無さを喉に詰まらせた様に、無言になっていた。
「ファロ……父さん、クロウに戦士団の訓練所を見せてあげたいのですが…良いでしょうか?」
上目遣いで、未だファロを父と気軽に呼べず両手をモニモニと動かす
バシャの頭の上にポンと手を乗せると、ファロは「あぁ」と言って
二人をその腕に抱き上げ、バシャの指差す方へと歩き出した。
ファロ達は一度、後宮へと戻るとドルザベル王の侍従カサムードに
バシャが声を掛けた。
「あ…あの…あ、カ…カサムード侍従長…」
オドオドとカサムードにバシャが声を掛けると、忌々しそうな顔で
カサムードはバシャに近付いた。
「何ですか?王子。私は今、王の執務の準備で忙しいのですが」
「す、すまない…その…あの…」
カサムードの威圧に気圧され、バシャは上手く話を切り出せずにいた。
すると、ファロがバシャを背に隠すと前に進み出でカサムードを見下ろ
し、代わりにこれから戦士団の訓練所へと行く事を伝えた。
「失礼だが、貴方は?」
「俺はロードルー王国、S+ランク冒険者ファロ•ファリーシャ。本日はバシャ殿下の指南役として参った。私に不満があるのならリン大臣と、ギルドマスタードーゼムに文句を言うと良い…私はこの国の者では無い…礼儀は求めるな。報告しに参っただけだ」
「なっ!なんて言い草ですか!仮にも私は王の侍従ですよ?待ちなさい!」
ファロはカサムードの言葉を無視して、バシャの背をそっと押しながら
訓練所へと向かった。
王の間では、ドルザベルがドーゼムと向き合い自身を見てほしいと
息巻いていた。
「ドーゼム殿…まだ私に信を置く事が出来ぬのは分かっている。しかし、私は…もう二度と…希望を手放したりはせぬ。そして、その為にドーゼム殿達の力を借りたい…どうか、手を取ってはくれぬだろうか」
ドーゼムは差し出された手の指先だけ、スルリと触れると席に座り直し
て軽く頷いた。その対応だけで、ドルザベルは満足だった。
「分かっている…これからだという事。しかし、感謝する」
「良いって事だ…しかし、シュン…彼をどう扱うつもりだ」
「私は決めた…シュン宰相には、ファルファータと共にロードルー領主代行…駐在員として獣人協同組合のサポートしてもらう。当然、ロードルー王の手足としても働いてもらう」
「……」
シュンはその言葉にチラリとドルザベルを見たが、また窓の外に視線を
向けて沈黙を貫いた。
その姿に、ドーゼムは両手を頭の後ろで組みながら笑う。
「それが罰と言えるのか?」
「この男には死刑よりも苦しい罰となろう。何よりも憎んだ人間の元で働くのだ…しかもリンの元で働く事となるだろう…これはシュン宰相には苦痛でしか無いだろうな」
ドルザベルはシュンを見つめるが、シュンは何も言わずただ座って
いた。
「なぁ、シュン宰相さんよ…あんたはこの罰を受けれるのか?」
「…受けるつもりはない。処刑されぬのならば自害するのみよ」
「それはあれかい?自分の非は認めないって事か?」
「我は我の正義を貫いたまで。それを否定するのであればそれで良い、だが、我はそれに従わぬ」
「なら、ファルファータはどうする?誰も面倒は見ないぞ」
「……あやつは…生きて行けるだろう」
「どうだろうな?俺は思うんだよ…アンタ、ファルファータに惚れてるだろ」
ドーゼムの言葉に、それまでの無気力だったシュンの瞳に炎が宿るのを
王とドーゼムは見た。
「惚れる?ふんっ馬鹿馬鹿しい…あやつを我が家へ迎えたのはユーリンドの存在があったからだ。万が一の保険であり、人質だったのだ。それに、あやつは我の存在を認識出来ていない。故に我が死しても何の問題はないだろう」
「そーか?アンタが何でボルチェスト家を潰さなかったのか…それだけがなぁ、ずっと疑問だったんだよ…どこをどう考えてもボルチェスト家はアンタの目の上の瘤だ、だったらファルファータを殺してユーリンドへ刺客を放てば良かったはずだ…ましてやリルドの子を生ませるなんてな…惚れてなきゃそんな危険な賭けに出ないだろ」
「何を言い出すかと思えば…下らん」
「そうか?お前さんは賭けたんだろ?彼の意識が呼び戻される事を…それに…ファルファータとアンタは元恋人だったろ」
その言葉にドルザベルは目を見開きシュンを凝視した。
シュンは一瞬眉間に皺を寄せたが、直ぐに目を外へと向けドーゼムの
言葉を聞き流した。ドーゼムはニヤリと笑ったかと思うと、テーブルに
両腕を着いて身を乗り出した。
「ヤリハーン…この名に聞き覚えは?」
その名を聞いた瞬間、シュンは目を見開きドーゼムを睨らむとテーブル
をドンッと叩きフーフーと唸り出した。
「彼は今…ナナミアと名を変えてロードルー王の側妃として後宮に居る」
「な…なんだと…ふざけるな!ベルシャドールは何をしていた!」
ドルザベルは頭を抱えて、ドーゼムに問いかけた。
「まさか…ヤリハーンとは…ファルファータと宰相の子供か?そして…大叔父が…その子を育てていたのか…?」
「あぁ、俺はヤリハーンと共に育った。爺さんは拾ったと言ってたがな…柄の入った白狐なんて…よっぽどの家系じゃないと産まれねぇだろ」
シュンは目を血走らせ、唸りながらテーブルを叩き続け、遂には
テーブルの端を叩き割った。
「我息子がロードルー王の側妃だと?ふざけるな!ふざけるな!」
「ロードルー王も一部の貴族も彼がアンタの息子だと知ってる。それでも尚、ヤリハーンを娶ったのは…アイツを愛していたって事と、ザーナンドの屋台骨、シュン•ジュンユエの息子だからだが、アンタが処刑されたらアイツの立場はどうなるんだろうな…」
「何がしたい…息子に手を出してみろ…我が家の総力を以てしてもロードルー王を殺す」
「その前に、アンタ処刑されたいんだろ?何が出来る」
ドーゼムはドルザベルの持っていたシュンの企画案を本人の目の前に
叩き付け、トントンと指差した。
「これで、アンタが、息子の、側妃としての立場を盤石にするんだよ!」
ヤリハーンの名を出した時からシュンには拒否権は無く、ドルザベル王
の片腕として生きなくてはならない事が確定した。
0
お気に入りに追加
123
あなたにおすすめの小説
【完結】ただの狼です?神の使いです??
野々宮なつの
BL
気が付いたら高い山の上にいた白狼のディン。気ままに狼暮らしを満喫かと思いきや、どうやら白い生き物は神の使いらしい?
司祭×白狼(人間の姿になります)
神の使いなんて壮大な話と思いきや、好きな人を救いに来ただけのお話です。
全15話+おまけ+番外編
!地震と津波表現がさらっとですがあります。ご注意ください!
番外編更新中です。土日に更新します。
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
弟いわく、ここは乙女ゲームの世界らしいです
慎
BL
――‥ 昔、あるとき弟が言った。此処はある乙女ゲームの世界の中だ、と。我が侯爵家 ハワードは今の代で終わりを迎え、父・母の散財により没落貴族に堕ちる、と… 。そして、これまでの悪事が晒され、父・母と共に令息である僕自身も母の息の掛かった婚約者の悪役令嬢と共に公開処刑にて断罪される… と。あの日、珍しく滑舌に喋り出した弟は予言めいた言葉を口にした――‥ 。
モフモフになった魔術師はエリート騎士の愛に困惑中
risashy
BL
魔術師団の落ちこぼれ魔術師、ローランド。
任務中にひょんなことからモフモフに変幻し、人間に戻れなくなってしまう。そんなところを騎士団の有望株アルヴィンに拾われ、命拾いしていた。
快適なペット生活を満喫する中、実はアルヴィンが自分を好きだと知る。
アルヴィンから語られる自分への愛に、ローランドは戸惑うものの——?
24000字程度の短編です。
※BL(ボーイズラブ)作品です。
この作品は小説家になろうさんでも公開します。
行ってみたいな異世界へ
香月ミツほ
BL
感想歓迎!異世界に憧れて神隠しスポットへ行ったら本当に転移してしまった!異世界では手厚く保護され、のんびり都合良く異世界ライフを楽しみます。初執筆。始めはエロ薄、1章の番外編からふつうにR18。予告無く性描写が入る場合があります。残酷描写は動物、魔獣に対してと人間は怪我です。お楽しみいただけたら幸いです。完結しました。
賢者となって逆行したら「稀代のたらし」だと言われるようになりました。
かるぼん
BL
********************
ヴィンセント・ウィンバークの最悪の人生はやはり最悪の形で終わりを迎えた。
監禁され、牢獄の中で誰にも看取られず、ひとり悲しくこの生を終える。
もう一度、やり直せたなら…
そう思いながら遠のく意識に身をゆだね……
気が付くと「最悪」の始まりだった子ども時代に逆行していた。
逆行したヴィンセントは今回こそ、後悔のない人生を送ることを固く決意し二度目となる新たな人生を歩み始めた。
自分の最悪だった人生を回収していく過程で、逆行前には得られなかった多くの大事な人と出会う。
孤独だったヴィンセントにとって、とても貴重でありがたい存在。
しかし彼らは口をそろえてこう言うのだ
「君は稀代のたらしだね。」
ほのかにBLが漂う、逆行やり直し系ファンタジー!
よろしくお願い致します!!
********************
その男、有能につき……
大和撫子
BL
俺はその日最高に落ち込んでいた。このまま死んで異世界に転生。チート能力を手に入れて最高にリア充な人生を……なんてことが現実に起こる筈もなく。奇しくもその日は俺の二十歳の誕生日だった。初めて飲む酒はヤケ酒で。簡単に酒に呑まれちまった俺はフラフラと渋谷の繁華街を彷徨い歩いた。ふと気づいたら、全く知らない路地(?)に立っていたんだ。そうだな、辺りの建物や雰囲気でいったら……ビクトリア調時代風? て、まさかなぁ。俺、さっきいつもの道を歩いていた筈だよな? どこだよ、ここ。酔いつぶれて寝ちまったのか?
「君、どうかしたのかい?」
その時、背後にフルートみたいに澄んだ柔らかい声が響いた。突然、そう話しかけてくる声に振り向いた。そこにいたのは……。
黄金の髪、真珠の肌、ピンクサファイアの唇、そして光の加減によって深紅からロイヤルブルーに変化する瞳を持った、まるで全身が宝石で出来ているような超絶美形男子だった。えーと、確か電気の光と太陽光で色が変わって見える宝石、あったような……。後で聞いたら、そんな風に光によって赤から青に変化する宝石は『ベキリーブルーガーネット』と言うらしい。何でも、翠から赤に変化するアレキサンドライトよりも非常に希少な代物だそうだ。
彼は|Radius《ラディウス》~ラテン語で「光源」の意味を持つ、|Eternal《エターナル》王家の次男らしい。何だか分からない内に彼に気に入られた俺は、エターナル王家第二王子の専属侍従として仕える事になっちまったんだ! しかもゆくゆくは執事になって欲しいんだとか。
だけど彼は第二王子。専属についている秘書を始め護衛役や美容師、マッサージ師などなど。数多く王子と密に接する男たちは沢山いる。そんな訳で、まずは見習いから、と彼らの指導のもと、仕事を覚えていく訳だけど……。皆、王子の寵愛を独占しようと日々蹴落としあって熾烈な争いは日常茶飯事だった。そんな中、得体の知れない俺が王子直々で専属侍従にする、なんていうもんだから、そいつらから様々な嫌がらせを受けたりするようになっちまって。それは日増しにエスカレートしていく。
大丈夫か? こんな「ムササビの五能」な俺……果たしてこのまま皇子の寵愛を受け続ける事が出来るんだろうか?
更には、第一王子も登場。まるで第二王子に対抗するかのように俺を引き抜こうとしてみたり、波乱の予感しかしない。どうなる? 俺?!
主人公の兄になったなんて知らない
さつき
BL
レインは知らない弟があるゲームの主人公だったという事を
レインは知らないゲームでは自分が登場しなかった事を
レインは知らない自分が神に愛されている事を
表紙イラストは マサキさんの「キミの世界メーカー」で作成してお借りしています⬇ https://picrew.me/image_maker/54346
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる