フリンダルの優しい世界

咲狛洋々

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「フォンラード卿初めまして……私はフリンダルの母、ファンと申します」

椅子に座った中年女性が穏やかな笑顔でフォンラードを見つめている。
私は何を見た?彼女が一瞬、狼に見えたのは何故だ。

「初めまして……ご挨拶が遅れ申し訳ありません。私は」

「王立大学の先生ですわよね?フリンダルから良くお話を伺っておりますよ」

「…はい。では単刀直入に伺います……貴方達は何者なんですか」

先程、幾つもの獣の瞳を見た気がしたが。今は何処にも無い。
それに何故か先程までの緊張も、騒ついた心も落ち着いている。
暖かい、そんな言葉が良く合っていると思うのは何故だ?

「貴方には感謝しかありませんの」

「……感謝、ですか?一体何に」

「あの子を見つけて下さった」

良く分からないな。見つけた訳じゃない…僕等はただ同じ空を見て、繋がった。ただそれだけだ。

「彼女も僕も、ただ偶然の中で繋がった…ただそれだけです。それより、貴方達は……人では無いのですか?」

「それが重要ですか?私はあの子の母で、守り手で…神のご加護を頂いている。それだけです」

「充分重要な事です……あの子は大きくなって、いずれ誰かと結婚する。それは人との間でしか出来ない」


フリンダルの母は、穏やかな笑みを絶やさずフォンラードを見ていて、何故か全てを知っている様で居心地が急に悪くなった気がした。


「えぇ、ですから重要では無いのです。あの子はもう直ぐ私達の手を離れ、ある人の元で暮らすのですから」

「なっ!どういう事ですか……誰かの養子になると言う事ですか?もしかして、フォルヤード夫人……ですか?」


恐れていた。いや、悔しい。そんな気持ちだ。
私が一番フリンダルと関わっていた筈なのに、やはり女性の方が良いのだろうか?私では君の親となる資格は無いと言う事なのか。


「いいえ、夫人ではありません。あの子は生みの親の元に帰るのです…私達もそれを望んでおりますが、本心を言えば悲しく寂しい。あの子は私達家族の太陽ですからね」

「生みの親?そんな者の元に返すのですか⁉︎彼女を孤独にした張本人に⁉︎」

「いえ、孤独にしたのではありません。あの人は、その全てであの子を生み、守る為に命を掛けた…やっと家族になるのです。フリンダルの苦しみは必要な事だった。醜さを、悪意を知り…そして世界の優しさを知って初めてあの子は人になれるのです」


 フリンダルの母だと言うその夫人の言葉は、何から何まで問答染みていて、フォンラードには到底理解ができなかった。人として真っ当な生活を送らせてやれないこの家族では、フリンダルは決してこれ以上の学びを得る事も、未来を掴み取る事も無理だとフォンラードは思った。だが、彼女の心の落ち着く場所であるこの家族と、引き離す事が最善だとも思えなかった。


「それを決めるのはあの子の筈です…本当は、私があの子の父となろうと決めてここに来ました…ですが、それは間違っていた。貴方も私も…夫人も間違っている。フリンダルを愛しいと思うのならば、あの子をただ見守り、手を差し伸べる…それだけで良かったんです」


その言葉を聞いたファンは笑った。朗らかに、穏やかに。


「その通りですわね。でも、我々はもうこの姿を長く保つ事が出来ませんの…保って後1ヶ月といった所でしょうか?」

「その…姿を、保つ…とは」


ファンは椅子から立つと、ぐんと背伸びをした。
すると、そこには白銀の毛を纏う狼が現れた。


「…白狼…伝説…では無かった」

「いえ、我々は幻。人々の生み出した獣…神獣と呼び、崇め、我々に力を与えた。願いが生まれると、我等幻獣が新たに生まれ世界を巡る…フリンダルの兄達も弟妹達もそうです…ですが、まだ幼い末の子等は人の欲を消化出来ず人の姿のままです。いずれ兄達の様に幻獣の姿を得るでしょうが」

「だから…兄達だけ、毛皮を…フリンダルはその事を?」

「えぇ。勿論…いつかは離れて行かなくてはならない事を小さな赤子の頃から教えてきましたからね…笑顔で巣立つと信じていますよ」


いや、きっと泣くだろう。泣いて、泣いて…嫌だと泣き縋るのだろうな。そんな姿は見たくは無い……あの子の笑顔を曇らせたくはない。


「その生みの親とは誰なんです」

「いずれ…分かりますよ。貴方もその人に納得するでしょう」

「私の知る人物……なのですか?」

「さぁ、先生。人の世界にお戻りなさい、これ以上貴方とフリンダルの差を広げたくありませんからね。大丈夫…フリンダルは貴方をちゃんと愛しています」

愛?師弟愛、友愛、家族愛…あの子は私を師として、時に兄の様に父の様に想ってくれている。そんな事とうに分かっている!
私だってそうだ。あの子が望むなら共に魔力の研究を領地で二人やったって良いんだ。健やかに、ただ健やかに人の優しさに包まれて生きる人生を歩ませてやりたい。私はあの子が愛おしいんだ。


「時間など問題ではありません!後少し、後少し話を!」


 気が付くと、フォンラードは貧民街の入り口に立っていて、辺りに灯りは無く、時計を見ると針は午前3時を指している。
先程までは遠くに見えていたスラムへの道は何処かに消えて、ただ壁がそこに立ちはだかっていた。


「私は何を見た?」




 穏やかな夜はグレース神の与え賜う恩寵。そして星々の煌めきは神々の力の残滓。フォンは足元で眠る愛しい我が子達をそっと撫でてキスをする。幻獣の魔力に当てられ白銀となったフリンダルのその髪を梳きながら、兄達もフリンダルを覗き込む様に見つめていた。


「母ちゃん、フリンはちゃんとやっていけるかな?」

「なぁ、やっぱり俺達が側に居てやらないと駄目じゃないのか?」

「そうだよなぁ。フリンはこう見えて寂しがり屋で兄さんっ子だ」

「おい、グレース様の御導きなんだ…黙って見送ってやらないと」


兄の一人、クインの手を眠るフリンダルがぎゅっと握った。
その姿にクインは眉間に皺を寄せると目を瞑った。

俺達は人の欲を消化してしまって、幻獣となった。人の姿になれるのは夜だけで、久しくこの姿でフリンダルとは会えていない。
それでもフリンは俺達を兄だと信じて愛してくれる。俺達の大切な妹…離したくない。ずっと俺達がフリンを守って行ける方法を探したけれど、そんな物は最初から無かったんだ。俺達に本当は実体なんて無いのだから。

「クイン、メロ、イルク、サファン…私達はいつだってこの子の中に帰れるんだ。寂しい事は何もないんだよ」

「分かってるよ。ただなぁ…もう会えなくなるのは…辛ぇよ」

「「それは辛い」」


兄弟達は、顔を歪めながら肩を組んで眠るフリンダルと弟妹達を眺めた。








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