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春
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しおりを挟む「ビクトールのおじちゃん」
フリンダルは手に持ったマグカップをテーブルに置くと、その小さな身体にある全ての力を振り絞り、ビクトールに抱きついた。そして、自分の知る全ての言葉から、今にも溢れ出そうな気持ちを表せる物を探した。でもその言葉を探せずに彼を見上げた。
「どうしたフリンダル」
「駄目だよって言われたの」
「?」
私…沢山ご本を読んだわ。
ご本が私を呼ぶから。
僕を読んで!
私が力になるよ?
誰も俺を読んでくれない。
あの人が一生懸命私を生み出してくれたのに。
皆んな何故か望んでた。読んで欲しいって。
だから私はご本を読んだの。
そしたらね?ご本は沢山お話しして教えてくれるんだよ?
私の知らない事、知りたい事全部…全部。
だから私のお友達はご本だけだったの。
でも、ご本達でも教えてくれない事があったんだ。
なんで私は皆んなが話しても無い言葉が、気持ちが分かるのか。
でも私には聴こえていたの。聴こえていたんだよ…皆んなの声。
ご本達は皆んな言うの…『気持ちが悪いに決まってる』って。
他の人と仲良くしたら駄目だよって。私が、皆んなが傷付くからって。
私はそれを信じたの。
だって、それは本当だったから。
でも本当はお友達も、私の事を大好きだよって言ってくれる、
家族じゃ無い誰かがずっと、ずっと欲しかったの。
『そのままでいいよ』って言って欲しかったの。
私が誰かを傷付けてしまうその理由や、みんなの仲間になれない理由をビクトールのおじちゃんが教えてくれた。理由が分かれば対処は出来る…でしょ?先生。
でも、どうしたらおじちゃんに伝わる?
〈大好き〉…違う。〈ありがとう〉それじゃ足りないの…。
「フリンダル…何か言いたい事でもあるのか?」
ビクトールの静かで柔らかなその赤みを帯びた金の瞳に、フリンダルは
強く願った。
〈伝われ〉と。
すると、ビクトールはビクリと身体を震わせ、驚きの余りにフリンダルの肩を掴む手に力が入った。
先程までここは部屋だった。
なのに…なんだ…ここは。
漆黒の闇の中、見上げれば満天の星空がビクトールを包み、遥か遠くの星々を見せている。足元にはサワサワと柔らかい新芽の草花がその身体に擦り寄る様に揺れていた。少し冷たい風は彼の髪を棚引かせ〈此処はどこだと思う?〉そう聞いた。
「ここは…何処だ…」
すると、遠くで声がした。ビクトールは視線を地平線へ向け耳を澄ませる。
嬉しい、嬉しい。ありがとう、ありがとうおじちゃん。先生。
私二人の事が大好き‼︎
『そのままで良い』
『お前はそのままでいろ』
『君は醜くなんてないよ』
『小さなレディ、私と友達になってくれますか?』
『魔力は私達と良く似ているね』
小さいが、でもはっきりとした言葉の声がビクトールには聴こえた。
そして、目の前で繰り広げられる目を塞ぎたくなる様な光景に、これはもしやフリンダルの過去なのかと口を手で覆った。
塵の山に投げ捨てられた赤子。
その上から被せられた土砂。
大人達は無言でその土を踏み固めている。
「やめろ!やめろ!」
ビクトールは思わず駆け寄ったが、その幻影に身体はするりと通り抜け、何の感触も無かった。
呆然として未だ見せられている幻影に眉を顰めた。
そして幻影はニヤリと笑う大人の顔を映す。
土の中からは、次第に泣き声がしなくなり、その事に大人達は安堵すると何処かへ消えた。
雨が降っている様な気分だった。
身体の芯は冷え切り、心が震えて止まらない。
暫くすると、そこに現れたのは一人の美しい女性。
彼女は土砂を払い除け、土に塗れ息をしない赤子を抱いた。
その漆黒の長い髪は、揺れる度に星を生み出し、その足跡からは月見草が咲き乱れている。
ビクトールは人ならざる者であろう事に恐怖し、尻餅を付きながらその人を見上げた。次第に女性の腕の中の赤子はどんどんと大きくなり幻影の中の街を駆け巡る。しかし誰も彼もがその子を疎み、言葉で傷付け暴力でも傷付けた。そして一人の老婆の振り下ろした杖がその子の額を掠めた。
「フリンダル‼︎」
血を流し、泣きながら歩くその子をビクトールはもう見ていられなかった。何故こんな事が起こる。この子が何をした⁉︎
雨風に晒され、弱り行くその子を今度は一匹の狼が助けた。
荒屋に連れ込み甲斐甲斐しく子供の狼と共に世話をし始めていて、その光景は不思議な気分であった。
人が捨てる物を拾う獣。どちらが一体獣なのだろうか?
「愛しい私の子よ…」
「…フリンダルは本当に神の子なのか⁉︎」
ビクトールの言葉に、その女性は振り返ると頷いた。
そして笑う子供を指差し言った。
「あの子は世界。私の子であり、貴方の子…いずれ私の元に帰るまで…貴方の元で育てなさい…夏がくれば…この子の加護は消えます」
「は⁉︎いや、ちょっと待ってくれ‼︎何故俺なんだ!フォンラードでは駄目なのか⁉︎」
「彼はいずれこの子を…」
何かを言い残そうとしたその女性は、ビクトールに手をかざすと消えてしまった。暫く呆然として、花々の咲き乱れる大地に身体を預け脳裏に刻まれた物を読み解いていた。
「全く…俺が…そんな業を背負っていたとはな」
泣きながら、ビクトールは神の導きに全てを委ねよう。そう思った。
春の風は運動不足でもつれる足を軽くする様にフォンラードの背中を押した。何処まででも走れる様な気がする、そう彼は思いながらオルモンドへ向かった。
確かいつもここであの子を見失った。
この先は貧民街…迷路の様だ、だけどここで諦めるわけにはいかない。あの子は私達の所為で沢山傷付いた筈だ…何としても探さないと。
「あの、すみません」
貧民街の塵の山を漁る子供達に近寄ると、フォンラードは目線を合わせて問い掛けた。
「この近くに、フリンダルという女の子は住んでいないかい?」
「フリンダル?」
リーダー格の様な年長の男の子は、フォンラードの身なりを見るや手を出した。
「…500メリー」
「案内した後にあげよう…それが出来ないなら払わないよ」
赤毛で短髪の少年は舌打ちすると、塵の山から降りて歩き出した。
フォンラードは、ほっとして立ち上がると後を追った。
「…あんた、あの化け物に何の用だ?」
「君がそれを知る必要があるのかい?」
こんな環境で暮らしたなら、あの子もこの子の様になっていてもおかしくは無かった筈だ。やはりフリンダルの母親はきちんとしている人なんだろう。
「あんた、あの家に行くなら気をつけたほうがいいよ」
「どういう意味だい?」
「あそこはおっかない化けもんがいるんだ。今までだって何人も食われてる…気をつけな」
少年達はスラムに入ると一際瘴気の濃い場所を指差した。
「あの道に入って、一番奥の左に月見草のドライフラワーが掛けてある家がある。そこだよ」
「そうか!ありがとう。助かったよ」
そう言うとフォンラードは1000メリー札を一枚財布から取り出すと、少年の手に握らせてやった。その金額に、申し訳ない気持ちがあるのかフォンラードの服を掴んだ少年は首を振り心配そうに聞いた。
「あんた…本当に行くのか?」
「あぁ、彼女に謝らなくてはならないからね」
「…変な奴。釣りはねぇからな」
「お礼だよ。持っていきなさい」
そう言われた彼は、ぺこりと頭を下げると踵を返してオルモンドの貧民街に帰って行く。その背を見送ると、ゴクリと唾を飲み込みフォンラードは歩みを進めた。
「…まさか。防御魔法?しかもこんな高度な物見た事が無い」
フォンラードは通りの入り口に薄らと見える結界に目を見張り、そっと触れて確かめた。一つも無駄のない公式は古代魔法であり、フォンラードはいよいよこれは只事では無いと、貴族だけに所持を許された転送魔術が施された魔石を握りしめた。
「ここか…」
「ごめん下さい」
暫く反応を待ったが、誰も出て来ない。
フォンラードは簾の様な扉を押して部屋の中に顔を少し入れた。
「ようこそ…フォンラード卿」
到底人とは思えない声が暗闇から聞こえ、フォンラードは仰け反り扉から顔を離し、バクバクと鳴る心臓の音に冷静さを失いそうになった。しかし、意を決して中を覗き込んだ。
「申し訳ありません…とんだ失礼を」
「フォンラード卿…中にお入りください」
そう言われ、中に恐る恐る踏み入ると、暗闇の中から幾つもの金色に光る目がフォンラードを見ていた。
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