フリンダルの優しい世界

咲狛洋々

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「フリンちゃん!これ食べる?」

研究室の片隅に置かれた机と椅子は子供には高すぎて、
フリンダルは顔と手を出すだけで精一杯だったが、
研究員達はその姿を微笑ましく見ていた。
そんなフリンダルに、研究員のメル•マクラールが声を掛けた。


「メルお姉さん、おやつの時間はまだだよ?」

「ふふっ。可愛いフリンちゃんにお裾分けだよ!おやつの時間まで
待っても良いけど、皆んな食べてるしお一ついかが?」

メルは机の上にレポート用紙を広げると、バラバラと
沢山のお菓子を置いた。
個包装されたキャンディにチョコレート、クッキーや
ティダーと呼ばれる柔らかいゼラチンでジャムを包んだ
お菓子は色鮮やかで、フリンダルの目は輝いた。

「メルお姉さん、このお菓子…お家に持って帰ってもいい?」

「食べないの?」

「母さんと兄妹達にもあげたいの」

「…グスッ…ふぇっ…もぢろんよぅ!これもあげる!」


勝手にフリンダルの家庭環境を想像して泣き出した
メルは、山の様に大量の菓子を袋に詰めてフリンダルの
机に置いた。


「メルお姉さん、何で泣いてるの?」

「うぅっ!フリンちゃんが…良い子だからよ!」


泣きながら、バタバタと研究室を出て行ったメルを
不思議そうに見つめ、お菓子を本当に貰って良いのだろうかと
フリンダルは悩んだ。

とても美味しそう…母さんや兄さん、妹に分けても私の分は
あるよね?


「フ、フリンダルさんっ、い、いいん、ですよ」

「リアムお兄さん?」

「フ、フリンダルさんは、と、と、とても、優しい子、です」


リアムと呼ばれた研究員は、吃音症で何を言っているのか
偶にフリンダルは聞き取れなかったが、いつもこうやって
ゆっくり優しく声を掛けてくれるのでフリンダルは彼が
大好きだった。そんな彼がフリンダルの手に飴を一つ乗せると、
同じ味の飴をパクリと自分の口に入れた。


「だ、だ、だっ、大丈夫。こっここならお菓子をたっ食べて
いいから。ぼ、ぼくもっほらね!」

ニコリと笑ってリアムは頬から飛び出す飴を指で指した。

「へへっ!おんなじ飴っ私も食べる!」


リアムお兄さんはとっても優しくて、私の質問にも
沢山応えてくれるから教授の次に大好き!
でも不思議なの。
お兄さんは魔石の研究をしてるとっても頭が良い人だって
先生は教えてくれたけど、いつも土ばかりいじってる。
何でだろう?

 飴を舐めながら、二人ニコニコと微笑みあっていたが、
フリンダルはふと思った疑問をリアムに問いかけた。

「リアムお兄さん、なんでいつも沢山の土を調べているの?」

その質問に、リアムはフリンダルを自分の机に呼ぶと、
沢山のガラスケースに入った土を見せた。

「こっ、こっ、これは、イミュッ、イミュール土。
あ、あれは、あれ、ナルナール土、ほ、他、他にも
この地上のっ土っつつ、土があるんだ。ま、ま、魔石は
つっ、土のま、魔力が固まって、で、出来てるんだよ」

「だから土を調べているの?」

不思議そうに土を眺めた後、リアムを見上げると、
彼はとても嬉しそうにフリンダルを見下ろしている。
何故嬉しいのだろうと思ったが、何も聞かずに
彼女は土に視線を戻した。


不思議。
皆んなが使う道具の素が土にあるなんて。
その素はどうやって固まるんだろう?


「リアムお兄さん、なんで魔力は固まるの?」

「い、いいっ、し、質問です」


褒められて、穏やかな笑みを溢すリアムにフリンダルは
照れながらも同じ様に笑みを返した。


「へへっ!私、リアムお兄さん大好き!」

「え?ど、ど、どどうしたのきゅ急に?」

「リアムお兄さんの笑顔、先生みたいに優しいんだもん!
もっと聞いていいよって言ってるみたいで嬉しいの!」

「フ、フ、フリンダル、ダルさんはい、い、いつ、いつもっ
ぼ、ぼくの、はな、はな、話をき、聞いてくれる、るから
ぼ、ぼ、ぼくも嬉しいんです」


見つめ合い、ニコニコと笑い合う二人に別の学生が声を掛けた。


「なんだぁ?リアム、お前こんなガキンチョと恋愛ごっこか?」

「ヨ、ヨ、ヨルヒム君。ま、ま、また、君は、そ、そ、そんな
ひ、ひ、ひど、酷い事を」

「ひひひひ酷くてわわわわ悪かったな」


リアムを揶揄いながら、ヨルヒムはフリンダルの頭を
ガシガシと乱暴に撫でた。


「ヨルヒムお兄さんはリアムお兄さんが大好きね!」

「はぁ?なんだ突然(笑)ウケるんだけど」

「だってリアムお兄さんが私とお話ししてるのが嫌なんでしょ?」

「はぁ、これだからガキンチョは。いいか?俺はコイツを揶揄って
遊んでるだけ!」

「ううん、違うもん。ヨルヒムお兄さん、リアムお兄さんとお家で
ゆっくりしたいって言ったもん」

「ヨ、ヨ、ヨ、ヨルヒム君⁉︎」


慌てて吃ったのか、元々か。リアムは顔を真っ赤にして
ヨルヒムを睨み上げた。
しかし、ヨルヒムは手を振り否定する。


「ばっ!馬鹿言え!俺は何も言ってねぇよ!え?俺
言ってないよなフリン?」

「んーん?言った」

「ヨ、ヨ、ヨ、ヨルヒム君‼︎い、い、い、言ってるじゃ、じゃない!」

「嘘だよ!俺は何も言ってねぇって!」

「大好きって言ったもん」

「…言ったのか?俺…いややっぱりいってねぇし!」

「廊下あるきながら言ったー!聞いたもん私!」

「えぇ~…マジでぇ?」


疑心暗鬼なヨルヒムは、リアムの肩に手を置きながら
顔を見合わせ、そして思い出した様に顔を真っ赤にしながら
周囲を見渡した。
だが、皆授業の準備やフォンラードの為に資料集めをしていて、
その声は聞こえていない様だった。


「馬鹿っ!声を落とせよ!」

「なんで?」

「なんでって…みんなに聞かれたく無いからだよ」

「どうして聞いたらだめ?」

「…男同士っていうのは難しいんだよ」

「男の人が男の人を好きなのが難しいの?」

「そうだっ!だから良いか?俺達の事は黙ってろ?」

「言わないよ?だって母さんが言ってたもん。人の秘密を
知ったら誰にも言わないで、お水を飲みなさいって」

「み、み、水をの、の飲むの?」

「そう。お水を飲むの!コップ!そうだっ!先生に貰ったコップ!」


机の一番大きな引き出しを開けると、フリンダルは
ピンク色にチューリップの絵が描かれたコップを出して、
流しに向かった。
魔石から湧き出す水、皆当たり前に使っているがフリンダルは
それも不思議でならなかった。
土から石が出来て、石から水が生まれる謎。
そして、謎だと思いながらもそれを当然としている
自分にフリンダルは可笑しくなった。
水をコップに注ぎ、フリンダルは席に戻るとゴクゴクと
飲み干した。

「なぁ、何で水を飲むんだ?」

「あのね、秘密はね?その人にとってはとても重い物なんだって。重すぎるから、誰かに本当は一緒に抱えて欲しくなるって母さん言ってた。でも、重い物は皆んなも持てないからお水を飲んで浮かして、溶かしておしっこにして遠い場所に運んでもらって軽くするんだって!不思議ね!」


その言葉を聞いて、ヨルヒムはリアムの肩に頭を乗せた。
俺はこいつが恋人だって言うのが恥ずかしい訳じゃない。
何ならここで大声で言ったって良いんだ。
でも、こいつは曲がりなりにも男爵家の跡取りだ。
こんな醜聞があって良い訳がない。


「……俺は飲まないよ。重くても大切な秘密だから」

「うん!だから私が飲むの!」

「何でお前が飲むんだよ」

「大事だけど、重い物は疲れちゃうもん!お手て痛くなる。なら心も痛くなるかもしれないでしょ?だからヨルヒムお兄さんの重いのお水沢山飲んで軽くしてあげる!また重くなったら言ってね!」


土には魔力がある。そして魔力は結晶化して恵みを与える。
それはまるで俺達の様だと思う。
互いを引き寄せ合い、繋がって一つになった。
まだ何も生み出せない魔石の核の様な俺達だけど、
フリンダルが力をくれた。そんな気がする。
いつか、想いが…状況が重過ぎて…手離したいと思うかもしれない。
そんな時はフリンダルに水を飲んでもらおう。
世界に流れて、流れ着いた先で魔石になって形として
残ってくれるかも知れない。

 ヨルヒムとリアムは穏やかな笑みでフリンダルを見ると
笑い出し、その目尻には薄ら涙が滲んでいた。


「どうしたの?ヨルヒムお兄さんとリアムお兄さん。
痛くなったの?ならもっと飲まなきゃ!」

「いい、いい!腹がパンパンになっちまうぞ!いいんだ…
いいんだフリン。ありがとな?充分軽くなったよ」

「そうなの?でも、次重くなったらご飯の時に教えてね!」

「あん?何で飯時なんだ」

「お水だけ飲むのきついもん!だからご飯と一緒に飲んじゃうね!」


その純粋で、優しい言葉にヨルヒムとリアムは
お腹を抱えて笑い、その笑い声に周囲はやっと三人に
視線を向けた。
窓の隙間から風が吹き、一欠片の淡い黄色の花弁が舞った。
フリンダルは窓に駆け寄ると、リアムに抱き上げて貰い
窓を開けた。外はまだ寒い物の、柔らかい陽射しに花火に
使われる火薬の香が風に運ばれて三人の鼻腔をくすぐっている。
後数日で一年が終わろうとしていた。














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