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望月来夢

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オメガと太陽

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 <オメガ・クリスタル・コーポレーション>。現社長のガイアモンドが、たった一代にして築き上げた、世界最大手のゲーム会社である。彼はその類稀なる頭脳と経営手腕、そして人望を用いて、オメガ社を今日まで牽引してきた。しかしながら、最初から全てが上手く運んだわけではない。若くして才能を開花させた彼は、多くの者たちの妬みや嫉み、憎悪の対象となった。時には命まで狙われたほどだが、彼は決して屈することなく、鋼鉄の意志と確固たる信念を持ち、立ち塞がる壁の悉くを突破し続けた。そうして、会社を拡大しここまでの規模に成長させたのだ。
 無論、それだけの偉業を一人で成すことは出来ない。栄光の裏には、表立って言えない秘密の組織の存在があった。統率者を守り、あるいは邪魔者を排除する役割を担う、後ろ暗い者たちが。
 名付けて、十一番目の太陽ヘリオス・ラムダ。社長のガイアモンドが私費で立ち上げた、独立諜報機関である。惑星の名が付けられた特級エージェントたちは、書類上は警備員等の雑多な社員として扱われながら、影では社長の手足となって、極秘の任務に当たっている。
 ムーンはこの一員だった。つまり、スパイなのだ。ムーンという呼称も実は、ただの識別記号に過ぎない。
 彼らエージェントたちの主な活動は、社長を含めた要人の警護、街の治安維持、それらを支える情報の収集など、多岐に渡る。そこには地元の警察機構、アメジスト地域警察ALPDの補助も入れられていた。先程のガイアモンドからの電話も、その一環だ。アメジストという街自体、オメガ社の存在によって発展した都市であり、人口の八割が本社や関連子会社の従業員だからこそ、必要な措置である。
 加えて、そもそもゲームなどの商材は、一般的に娯楽である以上、世の中が平和でなければ売れないという側面を持っている。故にこそ、企業としての利益を確保するためには、まずユーザーの安否を保証しなければならなかった。故に、ガイアモンドは早期から街の将来を予測し、己が身を守るための組織の拡充に注力してきたのだ。決して、犯罪を許せないだとか、市民を助けたいだとか、ご立派な大義名分に基づいていたわけではない。ただ、顧客と従業員を守るため、会社としての収益のために、始めた活動だった。
 とりわけムーンは、狙撃や暗殺を得意とするエージェントとして活躍している。彼はどんな仕事でも、文句一つ言わずに淡々とこなす、優秀な人材であった。また、機関の結成当初から生き残り続けている、稀有な者でもある。特に、高い視力と聴力、その他鋭敏な感覚器官と、あらゆる銃器に関する知識と経験は、組織内でも群を抜いていた。いくつかの魔法を並行して発動することによって、銃の性能以上の射程を実現し、敵を暗殺することも可能だ。
 だが、当の本人の人格ときたら、怠惰というより他にない。確かな実力を持つにも関わらず、決して本領を発揮しようとはしないのだ。毎日フラフラと漂ってばかりで、やる気のある言動はゼロ。命令を無視し、定期連絡を怠り、会議は遅刻か無断欠席が常である。あろうことか、仕事そのものをすっぽかすこともある。その都度ガイアモンドは、喉が焼き切れるまで咆哮するのだが、効き目があった試しはない。何なら、居眠りだって平気でしてみせる。
 こんな男が、何故大手を振って特級エージェントの地位を保ち続けていられるのか。機関の幹部たちは何度も囁き合ったものだ。曰く、旧友である彼を社長が贔屓しているのだとか、弱味を握られているだとか云々。噂や考察は数多あるが、真相は不明のままだ。ガイアモンド本人からしてみれば、彼以上に優れた狙撃手が存在しないから、という非常にシンプルな理由でしかないのだが。
 とはいえ半ば以上温情で飼われ続けているムーンだったが、彼は別段現状に、不満も何も抱いていなかった。元々野心は乏しい方だし、他人に白い目を向けられても気にする性質ではない。秘密の組織にいるだけあって、給料は高いからむしろ満足さえしていた。後は、キーキーと口やかましい社長を合法的に黙らせる手段があれば、完璧なのだが。
「あっ、ムーンさん!」
 上層階直通のシャトルエレベーターを降り、一階へ通じるローカルに乗り換えようと、彼は歩き出す。その背中を、誰かが呼び止めた。名前は忘れたが、多分この前アドバイスをしたプログラマーの誰かだ。
「この前はありがとうございました」
「大したことじゃないよ」
「ムーンさん、ここがちょっとおかしくて」
「あぁ、後で見とく」
「ムーンさん、今度またテストお願い出来ますか?」
「いいよ、もちろん」
 彼を皮切りに、フロアにいた多くの社員たちが続々と話しかけてくる。彼らの大半は、ムーンの本業を知らない。にも関わらずやたらと愛想がいいのは、片手間にやっているテストプレイや、プログラムの補佐が功を奏しているからだろう。あるいは、彼が社長の友人と知って媚を売っているのか、もう一つの”趣味”の影響かも知れなかった。
 ともかくも、大勢から雑多に投げかけられる挨拶を、彼は適当にあしらっていく。
「大人気だな、ムーンさん?」
 いつの間にかそばに来ていた男が、にやにやしながら彼を見上げた。
 至って平均的な体格の、地味な男だ。セピア色の髪に、亜麻色の瞳。チェックのネルシャツにベージュのパンツを合わせた、つまらない服装をしている。顔立ちも凡庸で、すぐに忘れてしまいそうだ。唯一目を引くものは、やたらと重そうな、黒色のショルダーバッグだけだ。
「マティーニ。来ていたのか」
「社長の厳命でね。今日こそは君を会議に参加させろ!って。全く、せっかく美女が微笑みかけてたのに……恨むよ、ムーン」
 このまるで変哲のない彼もまた、諜報機関の一員だった。表向きは週刊誌の記者として働きつつ、ムーンの相棒的な役割を担っている。因みに、マティーニというコードは勝手に付けられたもので、本人は酒より賭博を愛する男であった。
「どうせ君の言う美女なんて、競馬のレートとかだろう?」
 友人に無遠慮な軽口を返して、ムーンはスタスタと歩いていく。マティーニは憮然とした表情をして、彼の後を追った。
「全然違う!今日のは格好のネタだったんだ!誰とは言えないが、著名な俳優の不倫の証拠を……おっと、駄目だぜ、ムーン。いくら君でも、教えられない。そんな顔したって無駄さ。スクープのチャンスを逃すわけにはいかないからな」
 コンパスの差を埋めるため、マティーニは小走りになってついてくる。重いバッグを左右に揺らし、懸命にマシンガントークを続ける姿は、何だか微笑ましいものだ。
「いやもちろん、君の気持ちも分かるんだけどね?誰だって、有名人のスキャンダルやゴシップには興味があるものさ。だけど僕だって記者の端くれだ。重要な情報は簡単には……」
 彼の話を右から左へ聞き流しながら、角を曲がってトイレに立ち寄る。当然のように、マティーニもそれに倣った。
 二人で横並びになって、それぞれ個室へと入った。タンクの中に隠された金属スクレーパーを取って、壁面を埋めるタイルの一枚を剥がす。奥から現れたのは、小型のレンズだった。つぶらな瞳のようなそれを覗き込むと、わずかに青い光線が出て、見る者の瞳孔をスキャンする。数秒で認証は完了し、隠し扉が起動した。
 壁が音もなくスライドし、ぽっかりと暗い空間が口を開ける。床がくるりと回転し、トイレの便器ごと、彼らを闇へと吸い込んでいった。
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