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第五章 星空のステップ

21.妹たちはお使い中

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店に入ってきたその女性は、アリア様の妹の…。


「りょーちゃんさん…。」

「え?」


「いっ、いえ。ごきげんよう。」


そうだ、僕はアリア様の呼び方でしかこの女性の名を知らないのだ。
以前集会で怒られたことはあるが、相手は僕のことを覚えてないみたいだしここは軽く挨拶して退散しよう。


「待ちなさい。あなた、確かいつかの集会でアリア様を侮辱した…。」

(げっ、覚えてた。)

「姉も姉なら、妹も妹ね。」


第一印象悪すぎたせいか、僕に向ける目線に嫌悪感がたっぷり詰まっている。りょーちゃんさんはそれだけ言って、カツカツとヒールを鳴らして行ってしまった。
こんなあからさまに嫌悪を向けられることは初めてでちょっとショックだ。


「気にしないほうがいいよ~。アリア様のこととなると過保護になるだけだから。」

「そうかな?名前すら知らなかったし、また僕失礼なことして怒らせたみたいだけど…。」

「チカって気にしいだよね。」

(うっ。)


ローズの言葉がグサッと胸に刺さる。


「あのひとはリョーコ様だよ。りょーちゃんさんって呼んだとき、思わず笑いそうになっちゃったー。」

「アリア様がそう呼んでたからつい口から出ちゃって。リョーコさんって言うんだ…。」

(ん、リョーコ様?)

「ローズはどうして様付けで呼ぶの?」

「リョーコ様は下級生だもん。アリア様が下級生の時から妹で、その後リョウコ様も昇級したらしいよ。だからただの妹の私たちより先輩なの。」


長くアリア様の妹をしているということか。それならなにかと過保護になってしまうのもわからなくはない。


「ローズはよくそんなこと知ってるね。」

「私そういうお話大好きなのー!学園は噂話だらけ…いるだけでご褒美だもん。」


ローズは弾むようにそう話しながら、手を組み、目をキラキラ輝かせている。
僕はローズの暴走する姿を思い出して、ゴシップ好きが高じた姿だったのかと納得した。


「この前の集会でダンスパーティーなんて単語を聞いた瞬間、これはドラマが絶対巻き起こるって予感がしていたの!」

「まだ何も起こってないからね?よだれ拭いて。」

「うふふふふ。」


僕の手渡したハンカチでは、ローズの滝のように流れるよだれを拭いきれない。目が完全にイッている。


(これはヤバい…。)

「ほらほら、今から布屋さんも行って、自分達の衣装も見に行かないといけないんだから。早く行こ?」


僕は別の話題を出してなんとか気分を変えさせようとしてみた。


「わかってるよ~。チカを大変身させてあげるんだから!」

(ん、なんかまた違うスイッチを押してしまった気が…。)


僕たちは布屋で仕立て屋のおじさんがくれたメモを店員に手渡した。
用意されるのを待つ間、椅子に座ってぼーっと店内を眺める僕とは正反対に、ローズは店内を物色している。


「チカ!年寄りじゃないんだから座ってばかりいないでこっちに来てよっ。」

「はいはい。ローズは若いねぇ。」


わざと老人っぽく言いながらローズのそばに行くと、フリージアの花びらような淡い黄色が可愛いらしいオーガンジーの布を抱えていた。


「この布可愛い~。」

(確かに、ローズのふわふわした雰囲気にぴったりの可愛い布だ。)

「いいんじゃない?これでドレス作ったら絶対似合うよ!」

「だよねだよね!こっちの色はチカって感じかな。」


ローズは同じ生地で色違いの布を指差す。晴天の空と深い海の中間のような、綺麗なターコイズブルーだ。


「あ…、僕この色好き。」

「そうだと思った!ねぇ、チカもこれでドレス作らない?」

(綺麗なターコイズブルーのシンプルなドレス…それならいいかもしれないけど…。)

「うーん、お姉さまから貰ったお小遣いじゃ仕立て屋に頼むのは無理だし…。」

「あ、そっか。私たちのお金合わせても一着作れないくらいだもんね…。でも、この布可愛い~。」


「お客様、ご用意が出来ました。」


店員が布を裁断し、包んで持ってきてくれた。
どうやら自分達のドレスに夢をはせるのもここまでらしい。
布を届けに仕立て屋のおじさんのところへ戻った頃には、もうリョーコ様の姿はなかった。

僕は布屋で受け取った生地をカウンターに置いた。


「おじさん、布を持ってきたよ。」

「お、ありがとねぇ。じゃあ衣装合わせのときはこっちからお姉さん達に連絡するから。」

「わかりました。」


カウンターには僕とローズが持ってきた布の他に、ピンクと白、そして黒の布が置かれていた。素人目でもわかるくらいの、明らかに高級感のある布だ。


「おじさんっ。この布はもしかしてアリア様のドレス用ですかっ!?」

「ローズ!」


リョーコ様もつい先ほどこの仕立て屋に来ていたし、この布でドレスを頼んだのだろうと簡単に想像はつく。
それをミーハーなローズが見逃すはずがない。目を輝かせておじさんに詰め寄っているし。


「おっ、おお。そうだよ。白とピンクのがアリアさんで、黒いのが妹さん用だよ。」

(リョーコ様は妹でも、仕立て屋に頼めるくらいの財力があるんだ…。さすが下級生?)

「やっぱりぃ~!ねぇ、チカ聞いた?私たち一足先に生徒会長姉妹のドレス見ちゃったよ!」

「まだ布だよ?」

「想像力を膨らませるの!ほら、見えるでしょ?お二人がドレス姿で優雅に踊っているところが…。」

「ま、まぁ…?」


色的にはいつもの二人の服装のイメージそのままだから、ドレスにしたところもイメージ出来ないことはない。


「元気なお嬢さん、わしもそろそろ作業に入りたいんだけど…。」


おじさんは完全にローズに圧倒されている。
僕がローズの暴走列車っぷりを初めて目にしたときと同じだ。


「ローズっ!僕たちのドレスも見に行くんでしょ。日が暮れちゃうよっ。」


なんとかローズを仕立て屋から出したときには、実際に日が傾き始めていた。


「最近早く暗くなるし、少し冷えるし、冬って感じだね。」


見たこともないくらい大きい月が青白く光っている。すぐそこにあるようだ。
冷風を通さないよう、僕は上着の首もとをきゅっと握った。


「不思議よね。天界には季節感もあるし、私のいた世界にそっくり。」

(ローズのいた世界もここに近いんだ。)

「僕のいたとこと見た目は違うけど、根本的な暮らしぶりというか…、元いた世界にあっても違和感ない世界だと思う。」

「…チカは、自分がいた世界を恋しくなることある?」

「うーん、どうだろ。ローズは?」

「私はあるよ、寂しいなって思うもん。…なんか私たちまで暗くなってきちゃったね。さぁ、行こっか!」


僕たちは乾いた風のなかを小走りしながら、服屋を探した。
薄暗くなり、街灯が灯火を揺らし始めている。

そのなかで一際キラキラと輝くウィンドウがある。惹かれて近寄っていくと、そこは色とりどりのドレスが飾られたブティックだった。


「わぁ、チカこれ似合いそう~。あ、こっちも可愛い!」

「お客様お目が高いですわ。こちらもいかがかしら。」

「わーっ!それは私が着たい!」


ローズの腕にはたくさんのドレスがかかっている。僕は自分に合うドレスがわからず、何も決められていない。


「ローズ?どれだけ試着するつもりなの?」

「そりゃあ、これ!って一着を見つけるまでだよ。あと、選んだの私だけのじゃないからね?」

「え?まさか…。」

「迷ってるみたいだから、チカのドレスもたくさん選んでみたの!」

「さぁ、お客様こちらへ。」


店員に促され、いつの間にか試着室に押し込められてしまった。


「チカのドレス姿楽しみだなっ。」


ブティックの店員という強い味方をつけたローズの圧勝。僕は白旗をあげ、制服のボタンを外した。
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