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第一章 セレナお姉さま

3.悪魔な女神さまは学園生

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「チーカー、肩もんでー。」

「チカ、眠い、子守唄歌ってほしいわぁ。」

「お腹すいたわ。何か作って~。」

「なぁに?これ、ふれんちとーすと?おにぎりがいいわぁ。ツナマヨね。お味噌汁も!」



…なんなんだ。
僕は何をしているのか。

「何って、お手伝いでしょぉ。」

「これじゃ子守りです!セレナお姉さま!!」


この女神とも思えぬワガママな子供のような身振りでソファに寝転がるのは、僕のお姉さま、女神のセレナさんだ。

女神もツナマヨおにぎりとお味噌汁を好むんだなぁ。逆になんでフレンチトーストを知らないでそれは知ってるのか。
いや、このワガママさは、もはや女神とかじゃないよね。悪魔…

ボスッ。

「誰が悪魔よっ!」

まあるく頬を膨らましてクッションで僕を叩く。

「それに、セレナさんじゃなくてセレナお姉さまでしょ?」

「呼び方にこだわりますね、セレナお姉さま。」

僕はクッションをはたき落としながら、お姉さまが呼び名にこだわるのは何故か考えていた。

「この学園では、身の回りのことをする…つまりお手伝いね。その代わりに衣食住や勉学をお世話してくださる方をそう呼ぶのが通例なのよぉ。
逆に、お世話して色々教えてあげる子のことを妹って呼ぶの。」

(逆に、僕がお世話してる気もするけど…。)


「…きっと、孤独が続くこの場所で、互いに繋がりを持つためよね…。」

「え?」

お姉さまは何かポツリと呟いたようだが、声が小さくて聞き漏らしてしまった。



学園。
お姉さまに連れてこられた先は、全寮制の女神養成学園イヴ、の学生寮だ。天界に学園があるのも驚きだが、天界でイヴってのもベタで可笑しな名前だ。
女神養成なのに、神に造られた女性の名とは。


お姉さまによると、お姉さまはここの学生で厳密にはまだ女神ではなく、勉強中の身。
僕がたどり着いたあの場所で自殺者の行き先を選別し、手続きするのも学びの一環なのだとか。


「皆色んな理由で、ここに来るのよぉ。それでも、入学できるのは一握り…。つまり私は優秀な未来の女神様ってわけなの!」

「はいはい。」

優秀な学生は良い部屋を与えられる。
お姉さまの部屋はベッドルーム、キッチン、お風呂、リビング…と一人部屋にしては十分な広さがあった。

リビングのソファの上でふんぞり返るお姉さまに毛布をかけてあげる。
いつまでもそんな乱れた格好でいられると、目のやり場に困ってしまう。

「ふふ。」

お姉さまはそんな思いも知ってか知らずか(たぶん知っている。)、こたつに入った猫のようにぬくぬくとしているのだった。



そういえば、気がついたらもう学園に着いていた。
あの真っ白な空間とは反対に、ここはまるで普通の世界のようだ。

大きな古いお城のような建物。家具、本、食べ物まで。生徒と思われる女性達も。ここにあり、存在する。やっとこれが現実なのだと実感し始めた。

窓から外を見下ろすと街並みが広がる。その奥に森も。

(なんか不思議だなぁ。)

空だけは違う。空も雲も近く、まるで空のなかに浮かぶ世界のようだ。

(天界ってこんな近いところにあるんだな。)

「元いた世界のようであって、そうじゃない。ここはどの世界とも違う空間なのよ。」

お姉さまは毛布にくるまりながら、教えてくれた。僕のことさっそく扱き使うし、傲慢ですぐ手も足も出るけど、この天界のことを優しくひとつひとつ教えてくれる。
だからなんだか憎めない。

(悪魔で女神だ…。)

「ひどいわぁ、だから悪魔じゃないってば!」

「ごめんなさ、ぅわぁっ!」


いきなりガバッと毛布を広げ、僕に覆い被さる。抱きつかれるような形で、お姉さまの腕のなかに捕まった。
僕の服の上からでも伝わる素肌の生暖かな感触は、自分が死者であるということを忘れさせるようで戸惑った。


「ふふ、逃がしはしないわよぉ。」

(えっ。)

今、逃がしはしないって言ったか?
毛布の薄い暗がりのなか、お姉さまの目が光る。
なんでそんな獲物をみるような目で見るんだ。


「……ここにいるのは行き先が見つかるまで、ですよね?」

確かにそう言った。いつの間に死んだとか、ここにどうやって来たとかはあやふやだけど、僕はこの女神の言葉だけはしっかり覚えている。

「そうよ、あなた自身が行き先を見つけるまで。」

「それってどういう…」

「だから、それまでは私の元から逃がさないわ。」


(お姉さまが行き先を導いてくれるんじゃないのか!!!)

バッと毛布の暗がりから抜けでても、お姉さまの腕はヘビのように僕の体ににまとわりついたまま。

僕は、ずっと藻掻いていた。あの動き出せないところから僕を引っ張って行ってくれると思ったから、ついてきたのだ。
あの慢性的な苦しみから解放してくれると…。
その先を示してくれると。


「私も他の子みたいに妹が欲しかったのよねぇ。誰も恥ずかしがって妹になってくれないしー。」

きっと、いや、絶対に恥ずかしがってるわけじゃないと思う。うん。

「やっとできた妹だもん!たっぷり可愛がって…間違えたわ、たくさん色んなこと教えてあげる。」

いやいや、絶対間違えてないよね…。
きゅっと絡みつくお姉さまの体に、恥ずかしさと恐ろしさが交わりじんわりと冷や汗がでる。



「よろしくね、チカ♪」


パッと咲いたような笑みで頬擦りする、この一見まばゆいほど美しい女性から、僕はもう逃げ出したくなっていた。
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