女王様と貴石の花園

はるきたる

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最終章 純粋な輝き

76.痛みと芽吹き

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「やっぱりアリーは丈夫でいいわね!泣いたり喚いたりしてくれないのは残念だけど」


ピシャッとした音が空気を切ると同時に、素肌に鋭い痛みが走った。

目隠しされ、立て膝で絨毯のうえにいるアルマに、エリザベートは嬉々として話し続ける。


「いい眺めだわ。でも、私にした無礼を思えばまだ足りないわよね?」


そうしてまた身体を打つ音が薄暗い部屋に響いた。
エリザベートの扇子が振り下ろされるたびに夜伽用の薄いドレスが破れ、素肌が露になってゆく。

かつてクラリスと愛しあった部屋で、アルマは何晩にも続く恥辱に耐えていた。
どれだけの貴石を生み出したのだろう。部屋のあちこちに破片が転がり、大きく美しい輝きの石はすぐさまエリザベートが力を吸収する。



スカーフで視界を塞がれたアルマは、感覚を頼りに紐で縛られた両手をほどこうと身をよじらせた。


「はぁ……抵抗しても無駄なのに、馬鹿なのね」

「こんな格好じゃエリザベート様に触れられませんから」

「恐ろしいこと。乱暴されたこと忘れてないわよ」


扇子がひた、と頬にあたる。


「光栄ですわ。私と溺れた感覚を覚えていらっしゃるなんて」


アルマはそう言って口の端をあげた。
扇子を持つエリザベートの手を頬でたどり、口づけをする。


「ふざなけないでっ!!」


鈍い感覚が頬に伝わる。
エリザベートを刺激し、彼女が激昂して打つ。繰り返しのことで口内には鉄の味が広がり始めていた。


(遊びはこの辺で満足かしら……)



痣だらけで熱を持った身体とは反対に、頭のなかは冷えたまま。緩んだ手首の拘束を気づかれないようにしてほどくと、打たれる瞬間エリザベートの手首を掴み、引き寄せた。


息を飲む声が近くで聞こえる。
ぴたりと重なった彼女の細い身体からは、大きく打ち付ける鼓動が伝わってきた。


ほらね?
あなただって感じないわけじゃない。

ただ、人が痛みに苦しんでいる姿を見ないと満足しないだけよ。


アルマは目隠しを取ると、エリザベートの凍りつくような冷たい瞳と桃色に染まる頬を見た。


「……なっ、なによ」


たじろぐが離れようとはしないエリザベートに、アルマは腕をまわす。
上下する胸にキスを落とすと、彼女の身体はピクリと跳ねた。

口づけは胸、鎖骨、首、耳と順番にしてゆき、待ち焦がれるように小さく開かれた唇にたどり着いた。

とろりと溶けるように舌を絡ませ、エリザベートの身体を掴んでいた手はするすると下へと降ろしていく。


少しずつ、ゆっくりと堕とすのだ。
彼女に植え付けた快楽の種は、今では芽吹いてその根を張り巡らせている。

今までの仕事と違うのは、私も快楽と苦しみを伴うということだけ。

苦しくてもいい。もっと、もっと、私から貴石を奪うがいい……。
そんな考えが頭のなかを支配する。


(奪いすぎたその先は、お互いどうなるのかしらね)




朝陽が昇りかけ、部屋が徐々に明るくなってくる時間。
そんな夜の名残を感じる朝早く、扉を叩く音でアルマは目が覚めた。


腕のなかではエリザベートが目を擦っている。下ろされ広がった豊かな髪の毛は彼女の顔を半分隠していた。


「なんなのぉ。煩いわねぇ……」

「さぁ、何かあったのでしょうか」


アルマがそっと腕を離すと、エリザベートは半身を起こして扉のほうを見た。
「エリザベート様!エリザベート様!」と、何度も名を呼ぶ侍女の声が扉のむこうから聞こえてきた。


「まだ寝てたいの!もう、煩いわよ!」

「それが、今すぐお伝えしなければならないことが……」

「なんなの?私の言ったこと聞こえなかった?」


エリザベートは低い声で鋭く言うが、いつものように侍女が引き下がることはしなかった。
でも、と粘る侍女の声に舌打ちをし、エリザベートはシーツを一枚素肌に巻きつけ身を起こした。

入ってきた侍女が青ざめた顔で恐る恐るあるものをエリザベートに手渡す。

それを見たエリザベートの顔はサッと陰り、後に沸いた湯のように上気し始めた。


彼女がベッドのほうを振り向いたとき、アルマはもうそこには居なかった。ベッドのそばの窓からは朝の冷たい空気が流れ込む。
エリザベートが寒さに身体を震わせると、手に持っていたその日の朝刊が滑り落ちた。

フェレの醜聞が1面に大きく書かれた灰色の新聞は、鮮やかな絨毯の上で朽ちたもののように横たわっていた。
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