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婚約の総精算

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リンジーはふと婚約指輪の事を思い出した。

部屋の隅にあるタンスの中にそれは入っていた。

おもむろにタンスを開け、指輪の入っている箱を取り出した。


「この忌まわしいもの、早く処分しなきゃ!」

リンジーは箱を開けた。

中にはまばゆいばかりに青く光っていた。

サファイアだった。




☆★☆★





あの日は真冬だった。

雪が降りしきる中、リンジーはサイラスの執務室に呼ばれた。

リンジーはドアをノックした。

「あ、もしかしてリンジーか? 中に入っておいで」

「失礼します」

リンジーはドアを開け、サイラスの部屋に入った。




窓の外は一面真っ白。

庭に植えられた木々は葉を落としていて、雪を頂いている。


部屋は暖房が炊かれ中は暖かかった。

サイラスの大好きな柑橘系の匂いがする。

サイラスは中でパイプをふかしていた。


「俺の隣に来ていいよ。今日はとびっきりなサプライズをしたい」

「はい、サイラス王子殿下。隣、失礼いたしますわ」

リンジーはサイラスの隣に座った。


サイラスはパイプを置いた。

近くに来るとパイプの匂いがする。

そう。サイラスはパイプの匂いを消すために部屋に香を炊いているのだ。

サイラスはヘビースモーカー。暇さえあればパイプをふかしている。



サイラスはリンジーに「左手を出して」と言って、手を取った。

そして、指輪をはめた。

「これは高価な指輪だ。俺の妻と決めたお前に価格も惜しまず手に入れた。婚約の証だ」

左手薬指にサファイアの指輪が光っている。

嬉しかった。婚約が約束されたことが何よりも嬉しかった。



「ありがとうございます。わたくしは殿下の妻に相応しい女になりますわ」

「いや、俺には君しかいない。君以外の女性なんているわけないんだ」

そう言ってサイラスは頬にキスをしてきた。

「愛してるぜ、リンジー。この愛は本物だ」

「サイラス王子殿下。わたくしも殿下以外の男性などいないです」

本物の愛を感じた。

「浮気するなよ! 浮気したら許さないからな」

「浮気なんてしませんわ!」


「俺はリンジーの描いた絵画が気に入った。俺は絵が描ける女性が好きだ。なぜなら、俺は絵画の鑑賞が好きだからな」

そう言って左手を再び手に取った。

「指輪、似合うな」

そう言われ、胸が高鳴った。

「ありがとうございます。この指輪、大切にしますわ」

「ああ。俺と喧嘩して俺に嫌気が差すことがあるかもしれない。でも、『喧嘩するほど仲が良い』だ。喧嘩してもすぐに修復する。だから、絶対に売るなよな」

「そんなことしませんわ」

まず、喧嘩なんてありえない。

サイラスとは長年交流しているけれど、一度たりと喧嘩したことが無い。

指輪を売ること自体、あり得なかった。

「仮にもし、この指輪を売ることがあるとしたら、殿下が浮気したときですわ」

「あははは、リンジー。俺が浮気すると思うかい?」

「いいえ」

サイラスの愛は本物だ。浮気するなど微塵も感じられない。

「俺は浮気なんかしない。神に誓ってだ。もし、浮気すればどんな罰をも受け入れる」

「うふふ。本物の愛を感じますわ。わたくしはうれしゅうございます」

リンジーがそう言うと、サイラスは左手にキスをした。

サイラスは浮気をしない。そう確信した。



リンジーはサイラス王子と婚約できた事が何よりも嬉しかった。

学園時代のあの日……。

リンジーの絵を見て「君しかいない」と言われたのを今でも忘れない。

「リンジー。父上と兄上ときみの両親に挨拶をしよう」




☆★☆★







勿論両家に挨拶をした。

共に祝福の言葉をくれた。

マックス王子殿下は

「僕の大切な弟を宜しくお願いします」

と言った……。






――何よ! サイラス王子殿下の嘘つき!!

リンジーは婚約指輪を箱に戻した。


――何が「君しかいない」だ。何が「浮気するな」だ。自分が浮気したのではございませんか。







リンジーは街中に繰り出した。

「こんなもの、売り飛ばしてやる!!」


春のやさしい日差しがあるのとは裏腹に、今日は風が冷たい。

「風さえ無ければ涼しいのに」

リンジーは厚着をした。


街中は人々が忙しなく歩いている。

これがアボット領の繁華街だ。

「どこか質屋無いかしら?」

リンジーは街中を徘徊している。


たまたまそこに占い屋があった。

「占いかあ……」

リンジーは足を止めた。

結婚できるかどうか占って欲しかった。

このまま一生独身ではないか? そう思っているからだった。



貴族令嬢でも、生涯独身はいた。

それが母方の叔母だった。

母方は侯爵家で叔母は未だに独身。

何度も結婚のチャンスはあったものの、平民との結婚を望んでいた。

王侯貴族とは結婚したくない。

なぜなら、自由が無いから……。



リンジーは占い屋に入ろうとしたが、やめた。

何をしに来たのか?

それは紛れもなく忌まわしい婚約指輪を売るため、だった。



復縁なんて土台無理な話。

次の相手が見つかるまでマックス王子のご厚意に甘えてしまえ!

そう思った。


すると、眼前に『質屋』と書かれた看板が見えた。

リンジーは躊躇なく中に入った。

そこには白髪頭に白い髭をたくわえた老人がいた。

「すみせん。この指輪、売りたいんですけど……」

「はい、お嬢ちゃんはアボット家のご令嬢だね?」

「はい、そうです」

このような指輪を売りにくるのは王侯貴族しかいない。

平民には宝石は高嶺の花。なかなか手にできるものではない。

ただし、豪商を除けば。

「これはお目が高い! 値段つけるのが難儀だ」

質屋の商人は値付けに苦労しているらしい。

「じゃあ、10億ユラでどうかい?」

「買い取っていただけるんですね?」

「勿論だ!」


と言ってリンジーはお金を受け取った。

「やった! 売れた! これで婚約の総精算ができたわ」

心の中で、万歳ポーズを取った。

リンジーは意気揚々と帰宅をするのだった。
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