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エマヌエラはシモンチーニ邸に到着した。

家の前の庭の木々も秋の様相を呈していた。


「ただいま戻りました」

エマヌエラは荷物を持ちながら、邸の玄関に入った。


そこには長い黒髪をオールバックし、ちょび髭の小太りの初老の男性がいた。

執事のトーマスだ。

トーマスとは執事に多い名前だと聞いた。


「これはこれはお帰りなさいませ、エマヌエラ様。もしや、ローレンシア家で何かあったのですか? 今日戻ってくるという話はご主人さまより伺っていませんが」

「唐突にごめんね、トーマス。わたくし、ジョフレイ様と婚約破棄したの」

と言って指輪の嵌っていない左手を挙げた。

「そうだったんですか……。それはお辛いですね」

「で、トーマス。早速部屋に戻りたいんだけど」

「あ。お部屋ですが、エマヌエラ様が使っていたお部屋は現在、ルイ様向けに改装されてりまして」

(いつの間に!!)

ルイとは兄のアルバートと兄嫁のアイナとの間の子。

エマヌエラが邸を出る前までは、ルイの部屋は祖父が使っていた部屋になる……という話だった。

それが、いつの間にエマヌエラの部屋がルイの部屋に決まったのだ。


「エマヌエラ様がどこの部屋になるかはご主人さまに聞いた方がよろしいぞ!!」

「ええ、そうしますわ」

「で。お部屋が決まるまでは、この荷物は私が預かっていましょう」

「ええ、そうして!!」


エマヌエラは父、ウォルトの執務室に向かった。

と、その途中、折り悪く、アイナと居合わせてしまった。


オレンジ色のマッシュルームカット。

青い瞳を挟んだ吊り上がった目に尖った鷲鼻。

ド派手なメイクで唇を青く塗って、爪にも青色が施されていた。

ドレスはスケスケで、露出が激しい。

近づくと柑橘系の匂いが鼻を突く。


「あら、エマヌエラじゃないの。どうしたの? ローレンシア家に嫌気が差してのノコノコと帰ってきたの?」

響くアルトの声。

「は……はい。戻って参りました」

「何かあったわけ? 喧嘩でもしたの?」

アイナが笑うと八重歯が口から覗く。

まるでヴァンパイアのようだ。

そして続けた。

「ふん。あんたみたいな女は嫌われて当然よね。あんた、もうちょい我慢強いと思ったのに」

さらに厭味ったらしい顔をしながら続ける。

「あんた……戻って来ないと思ったから、あんたの部屋、ルイのために使わせてもらったわ。戻ってきても、あんたの部屋はもう既にルイのもの。あんたに与えられる部屋なんてないわ。まぁ、精々屋根裏部屋にでも住むといいわ」

エマヌエラはこの上ない屈辱を味わった。

屋根裏部屋はかつてメイドたちが使っていた部屋だ。



「これからウォルト様の元にでも行くの? そうね。あたしからも話しといてあげる。あんたはメイドとしてこれから働いてもらうの。居候する気ならそれぐらいすべきよね。おーほほほほ」

そう言ってアイナは踵を返した。


この高飛車な女、本当に苦手だ。

シモンチーニ邸を出る前から同居していたが、その時からエマヌエラには厳しかった。

エマヌエラのすべてが気に食わないという。

これこそ、嫁と小姑の関係。


ルイも勿論、懐かない。

アイナ曰く、ルイもエマヌエラを嫌っているらしい。

アイナがあること無い事ルイに吹聴したのだろう。


それが何故、嫌っている人の部屋を与えるのだろう?

という疑問も湧いてきたが、エマヌエラを完全にシモンチーニ邸から追い出すつもりでいたのだろう。


ウォルトの執務室の前に着いた。

トントン。

「はい」

勿論、今回の帰宅についてはウォルトとアポを取っていない。

滝に打たれる気持ちで、中に入った。

「失礼致します」

そこにいたのは赤髪に赤い瞳、丸い鼻に分厚い唇をした男だった。

エマヌエラは父、ウォルトに似てしまったのだ。

つまりはジョフレイはウォルトそっくりの外見が気に入らなかったのだ。


「誰かと思えばエマヌエラか。アポも無しになぜここに来る?」

案の定、雷が落ちた。

「はい。実は……わたくし、ジョフレイ様と婚約破棄をしました」

そう言って、左腕を挙げた。

「なぜそうなった? 言ってみろ」

「実は……ジョフレイ様はマーニャを妊娠させてしまったんです!!」

「何っ!? 本当か?」

「本当です」

「しかし、なぜに?」

コンコン。

そこに、アイナが現れた。


「お義父様。彼女の言っていることはでっちあげに決まっていますわ」

「ん? なんだね、アイナ」

「私、わかっているんです。ジョフレイ様がマーニャを妊娠させるわけが無い……と。そう言えば、ローレンシア家から抜け出せると思ったんですよ」

「言われてみればそうだな。ジョフレイ様は婦女子にはやさしい」

確かに、女子供にはやさしい。

でも、ジョフレイは外面が良いだけなのだ。


「エマヌエラ! お前はシモンチーニ家とローレンシア家両家を裏切ることになるんだぞ!!」

「わかっていますわ! だって、この結婚は政略結婚なんですもの」

「ふっ。家同士の決まりごとが守れないだなんて滑稽だわ!」

アイナがほくそ笑む。

「お父様、申し訳ありません!!」

エマヌエラは土下座をした。

「土下座なんかして、所詮茶番だな」

涙が溢れてきた。

涙は頬を伝い、床に落ちる。



なぜ、ウォルトはアイナの味方をするのか?

エマヌエラは納得いかなかった。


「で、お義父様」

「なんだね、アイナ」

「居候になってしまったエマヌエラをどうするおつもりですか? 部屋の用意はしていませんわよ」

なぜかウォルトに強気のアイナ。

「ああ、部屋は屋根裏部屋を使おう」

そして、続けた。

「エマヌエラ。お前の部屋は屋根裏部屋だ」

「お部屋、用意していただけるだけでもありがたいです」

エマヌエラは頭を下げた。

「で、お義父様。エマヌエラにはメイド同等の仕事を与えたらどうですか? 居候なんだから、何かしら役に立ってもらわないとです」

「そうだな。それがいい」

「はい、お父様。それでも良いです。雨風凌げる家にいられるだけで感謝です」

「勿論、報酬なんてないですよね、お義父様」

「ああ、報酬はない。タダ働きだ」


エマヌエラはそれでも良かった。

身を寄せる場所があるだけでありがたかった。


「ありがとうございます」

そう言ってエマヌエラは執務室を出た。

そこにはトーマスがいた。

「お部屋はきまりましたか?」

「ええ。屋根裏部屋ですわ」


トーマスはキャリーバッグを屋根裏部屋まで運んできてくれた。

屋根裏部屋は汚い。

壁は汚れていて、おまけに臭い。

「これからここで暮らすのね」
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