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帰路

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キャサリンはエスターとエドワードと共に家路に急ぐ。

空は暗い。みぞれは雨に変わっていた。

寒い……。頭に布を纏っているが、布はぐっしょりと濡れている。


街中は寂れている。

以前、ここには何件か民家があったが、今はどこも空き家になっている。

人間の代わりにいるのが魔物だったり、野犬だったりするのだ。


魔物は主にゴーゴンやガーゴイルといった魔物だ。

辺りは静かだ。

キャサリンたちの足音だけが聞こえる。


「キャサリン様。アンドリュー王太子殿下も酷いですわ! 馬車も用意してくださらないなんて」

確かにそう思った。

自分たちの足で帰ったら、何日かかるかわからない。


馬車で辛うじて3日。

「王太子殿下は自分のことしか考えてないわ。まさかイザベラがいたなんて思わなかったわ」


青天の霹靂だった。

側妃にするなど聞いた覚えはない。

イザベラが仮に本当にアトキンス男爵に暴力を振るわれていたとしても、正妃にする必要はあるのか?

「イザベラ様はなぜ王太子殿下のもとに?」

「イザベラはアトキンス男爵から暴力を受けているみたいなの。それで、アトキンス男爵にいつか殺されてしまうのでは? と王太子殿下か危惧して保護したみたいなの。でも、正妃にする必要はある?」

「イザベラ様を保護するのは確かにありかもしれません。でも、正妃にする必要はありませんわ」

それに、机を殴る、蹴るのアンドリューの姿。

暴力を振るいそうなのはむしろアンドリューのような気がした。

「そうだよね、エスター」

エスターはキャサリンの気持ちを理解していた。


「でも、むしろ王太子殿下の方が暴力的ですわ」 

「騎士団長から聞いた話だが、やはり王太子殿下は瞬間湯沸かし器だと聞きました」

と、エドワード。

瞬間湯沸かし器。滑稽だった。

騎士団長はなぜそんな事まで知っていたのか?

「瞬間湯沸かし器なんて初耳だわ」

「そうみたいです、キャサリン様」

キャサリンは思わず吹き出してしまった。

「キャサリン様。むしろ、他のやさしい王侯貴族の方と一結ばれた方がしあわせになるような気がしますわ」

そのような気がする。

アンドリューと別れて正解だったのかもしれない。


「でもね、ヌケヌケと正妃になろうとしたイザベラ様もイザベラ様ですわ」

「イザベラ嬢が王宮に出入りしていた話は有名です」


やはり。

「でも、大丈夫ですわ。いつか二人には罰が当たりますわ。神様は見ていますから」


と、そこへ後ろから物音がした。

なんと、ゴーゴンの群れだった。


「きゃあ!」

「キャサリン様、大丈夫です。僕がお守り致します」


エドワードは槍を、エスターは杖を構えた。


エスターは呪文を唱えると、杖の先からイカヅチを呼んだ。



イカヅチはまたたく間に魔物たちに直撃した。


魔物たちは地面へと落ちていった。

ガーゴイルたちをやっつけた。


キャサリンはこんな時、自分も魔法が使えたら……と思った。


代わりのキャサリンのスキルは錬金術。

石を宝石に変えることだ。


しかし、錬金術は戦闘で役に立たない。




兄のレックスは魔法が使えなかった。

一人で森に入ったまま行方不明になった。


恐らく、魔物たちに食べられたのだろう……と言われている。



雨粒が大きくなってきた。

そこに1軒の空き家があった。


廃墟の町。

魔物たちによって滅ぼされたのだろう。


「今日はここで野宿をしよう」

エドワードが言った。


3人は家の中へ入った。

家の中も寒かった。


それもそのはず。

窓は半開きになっているのだから。


「キャサリン様。貴族令嬢が野宿など屈辱でしょう」

「はい」

これも、アンドリューとイザベラによって仕組まれた事。


「ねぇ、エドワード」

「何ですか? キャサリン様」

「私はアトキンス男爵が暴力をふるうようには思えないんだけど」

「どうなんでしょうか。アトキンス男爵は野犬を駆除することに躍起になっている……と風の噂で聞きましたが」

「え!?」

キャサリンは一瞬固まってしまった。


「何でも野犬の肉を食らうみたいですよ」

「そんな!!」

なんというゲテモノ食らい。

キャサリンも面白半分で友達と野犬の肉を食べたが、とてもではないけれど食べられたものではなかった。

「ゲテモノ食らいなのね、アトキンス男爵は」

「はい。アトキンス男爵は国の要職に就いていた事もあるみたいですよ」

随分なエリートなのだな……と思った。

しかし、その娘とくれば……。


「ねぇ、キャサリン様。イザベラ様のお母様ってどうされているんですの?」

「亡くなったみたいよ」

事実、流行り病で数年前にこの世を去ったと聞いた。


「そうなんですか。イザベラ様も気の毒ですわ」

「気の毒は気の毒でも、だからと言って他人の婚約者を奪うのは余りにもイレギュラー過ぎる」 

その通り。

いつの間にか正妃になっていたのだから……。


「でも、いいの。王太子殿下との婚約は所詮政略結婚なんだから」


王侯貴族の間では既に幼少期より婚約相手が決まっていたりする。


みな、地位と名誉のために……。


そして、フレミング家と王室との関係は深く、よく交流を続けていた。


そんなキャサリンも物心がついた頃から既に王太子との結婚が決まっていた。












雨は更に強くなりだした。

屋根を勢いよく叩きつけている。


人生で初めての野宿。

その野宿は春先に降る冷たい雨の中だった。


まだまだ凍死の恐怖との隣合わせ。 



しかし、キャサリンは疲れていて、そのまま寝込んでしまった。
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