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犯行動機
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俺の人生は、クソだった。
物心ついたときから両親がヤク中で、俺への暴力は両親にとって躾と親子のコミュニケーションを兼ねていた。良くやったと褒められるのは、かご一杯のレトルト食品を万引きしたときと、指示通り父親の腕に覚醒剤入りの注射を打てたときくらいだ。すっかりジャンキーになって腕の震えが止まらなくなっていた両親は、子どもの俺に自分で打てなくなった注射を任せていたのだ。
近所には一時期、俺と遊んでくれた少し年上のお兄ちゃんと、俺より年下の男の子がいた。兄弟だった二人は、知らない間に家族ごといなくなっていた。お兄ちゃんが死んで夜逃げしたんだという噂が流れた。別に珍しい話じゃない。世間知らずの甘ちゃんたちが知らないだけで、似たような境遇の奴はいくらでもいる。
十三のときに母親が死に父親は蒸発した。おそらく父親もとっくにくたばっているだろう。親族というものがいるのかもよくわからない俺は、児童養護施設に入れられた。施設にはいろんな子供と大人がいた。いい奴もイヤな奴もいた。本当に俺のことを親身になって心配くれる大人にも初めて出会った。
俺はここでまともな人間になりたいと思った。真剣に。でもダメだった。何かあれば、すぐ他人に手を上げてしまった。それが俺の意思表示の方法だったから。言葉を知らない赤ん坊が泣く以外にコミュニケーションの手段を知らないように、俺は暴力以外の手段で、他人とどのようにコミュニケーションを取ればいいのか知らなかった。
それでも施設の指導員や相談員、ボランティアの中には、そんな俺を見捨てようとしない人もいた。それが余計につらかった。俺を信じて期待してくれる人を、俺は毎日のように裏切ってしまう。
俺は、俺のことを真剣に考えてくれる中年の相談員のことが本当に好きだった。その人の期待に応えられないことに、死にたいくらいの自己嫌悪が膨れ上がった。俺は心底ダメな人間なんだ、「本気でまともになりたい」なんて、口先でいうだけのクソ人間なんだ、と。がっかりさせたくないから、自分から大切な人たちと距離を置くようになった。自分はもう、手遅れなんだと思った。
高校を卒業して就職し施設を出た。最初の仕事は三か月持たず、以来職を転々とした。どの職場でも「辞めてくれ」と言われた。友達なんかいない。恋人がいたことなど一度もない。悪いのは俺だ。自己嫌悪がさらに膨らむ。「お前はダメな人間だ」という侮蔑の視線を、周囲のすべてから痛いほど感じる。
ちくしょう。どいつもこいつも見下しやがって。違う俺のせいだ。俺がクソだからだ。本当に俺のせいなのか? 俺だけが悪いのか? 怒り、諦め、疑念、孤独、絶望。全てがぐちゃぐちゃになった、わけのわからない情念で身体がはちきれそうになる。
―――
「殺してやる」
誰に向かって言ったのか、自分でもわからない。誰でもよかった。誰も訪ねることのないボロアパートの一室で独り言ちた俺は、以前の仕事で使っていた用具箱から大きな金槌を取り出した。事前に買っておいた三本のシェフナイフはバッグに入れてある。俺の身体の中で錬成された呪詛の言葉が再び口をつく。
「殺してやる」
そして俺を殺してくれ。
―――
バチッと部屋の明かりが消えた。一瞬のブラックアウトののち、すぐさま瞬くように明かりがついた。遅れて「ゴゴゴオォン」という低い地鳴りのような雷の音が窓の外から響く。落雷で瞬間的に停電したらしい。
昔よく見た悪夢が、今でも白昼夢として甦る。いつか現実になるんじゃないかと、いつも不安だった。クソみたいな人生を終わらすため、いつか俺は、死刑を望み凶悪犯罪をしでかすのではないか。
しかし、夢は夢だ。どんなに酷いイメージでも、現実ではない。俺は踏みとどまったんだ。
物心ついたときから両親がヤク中で、俺への暴力は両親にとって躾と親子のコミュニケーションを兼ねていた。良くやったと褒められるのは、かご一杯のレトルト食品を万引きしたときと、指示通り父親の腕に覚醒剤入りの注射を打てたときくらいだ。すっかりジャンキーになって腕の震えが止まらなくなっていた両親は、子どもの俺に自分で打てなくなった注射を任せていたのだ。
近所には一時期、俺と遊んでくれた少し年上のお兄ちゃんと、俺より年下の男の子がいた。兄弟だった二人は、知らない間に家族ごといなくなっていた。お兄ちゃんが死んで夜逃げしたんだという噂が流れた。別に珍しい話じゃない。世間知らずの甘ちゃんたちが知らないだけで、似たような境遇の奴はいくらでもいる。
十三のときに母親が死に父親は蒸発した。おそらく父親もとっくにくたばっているだろう。親族というものがいるのかもよくわからない俺は、児童養護施設に入れられた。施設にはいろんな子供と大人がいた。いい奴もイヤな奴もいた。本当に俺のことを親身になって心配くれる大人にも初めて出会った。
俺はここでまともな人間になりたいと思った。真剣に。でもダメだった。何かあれば、すぐ他人に手を上げてしまった。それが俺の意思表示の方法だったから。言葉を知らない赤ん坊が泣く以外にコミュニケーションの手段を知らないように、俺は暴力以外の手段で、他人とどのようにコミュニケーションを取ればいいのか知らなかった。
それでも施設の指導員や相談員、ボランティアの中には、そんな俺を見捨てようとしない人もいた。それが余計につらかった。俺を信じて期待してくれる人を、俺は毎日のように裏切ってしまう。
俺は、俺のことを真剣に考えてくれる中年の相談員のことが本当に好きだった。その人の期待に応えられないことに、死にたいくらいの自己嫌悪が膨れ上がった。俺は心底ダメな人間なんだ、「本気でまともになりたい」なんて、口先でいうだけのクソ人間なんだ、と。がっかりさせたくないから、自分から大切な人たちと距離を置くようになった。自分はもう、手遅れなんだと思った。
高校を卒業して就職し施設を出た。最初の仕事は三か月持たず、以来職を転々とした。どの職場でも「辞めてくれ」と言われた。友達なんかいない。恋人がいたことなど一度もない。悪いのは俺だ。自己嫌悪がさらに膨らむ。「お前はダメな人間だ」という侮蔑の視線を、周囲のすべてから痛いほど感じる。
ちくしょう。どいつもこいつも見下しやがって。違う俺のせいだ。俺がクソだからだ。本当に俺のせいなのか? 俺だけが悪いのか? 怒り、諦め、疑念、孤独、絶望。全てがぐちゃぐちゃになった、わけのわからない情念で身体がはちきれそうになる。
―――
「殺してやる」
誰に向かって言ったのか、自分でもわからない。誰でもよかった。誰も訪ねることのないボロアパートの一室で独り言ちた俺は、以前の仕事で使っていた用具箱から大きな金槌を取り出した。事前に買っておいた三本のシェフナイフはバッグに入れてある。俺の身体の中で錬成された呪詛の言葉が再び口をつく。
「殺してやる」
そして俺を殺してくれ。
―――
バチッと部屋の明かりが消えた。一瞬のブラックアウトののち、すぐさま瞬くように明かりがついた。遅れて「ゴゴゴオォン」という低い地鳴りのような雷の音が窓の外から響く。落雷で瞬間的に停電したらしい。
昔よく見た悪夢が、今でも白昼夢として甦る。いつか現実になるんじゃないかと、いつも不安だった。クソみたいな人生を終わらすため、いつか俺は、死刑を望み凶悪犯罪をしでかすのではないか。
しかし、夢は夢だ。どんなに酷いイメージでも、現実ではない。俺は踏みとどまったんだ。
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